31 おでかけ1
領主と話した翌日。
エリカは一番街の外を見たがった。
領主を信用するだけの証拠がないためだという。
発言は無礼だが、領主は怒らない。
ならばと、アピョー畑の見学を提案してくれた。
見学には領主とスグリも同行した。
屋敷から馬で一日。
最寄りの畑は存外に近かった。
直轄地の北方。
木々に覆われた山には、アピョーの産地がある。
内陸にあるためか、年間を通して気温が高い。
アピョーは万能薬の原料だ。
病気の種類や怪我を問わず、飲めば痛みが消えると言われる。
ジンも一度飲んだが、効果はてきめんだった。
万能薬は直轄地の年貢として納められる。
アピョーは人口十万を支える重要な作物なのだ。
「やぁやぁ、私が村長のアカだ」
村に入ると、四十過ぎの男が現れた。
泥だらけの奇妙な服だ。
筒状になっていて、頭から被るようだ。
領主は閉鎖的だから話が通じづらい、と言っていた。
見た感じ、そんな様子はない。
二十ほどの家に、人間たちがごく普通に暮らしている。
「あんたらは、どこから来たの?」
「俺たちは人間の国から来たんだ」
聞かれたので、簡単に説明する。
「……へぇ! 外にも国があるんだね?」
「外にも?」
「ここだって国になっただろ。十年だか前に」
「そうだったっけ?」
エリカを見る。
「なってないわよ。直轄地の自治領だから」
エリカが解説すると、村長は首を傾げた。
自治領がわかってないようだ。
詳しい説明を続けると、やっとわかったようで、
「え? 天上人はもういなくなったんじゃないのかい?」
と真顔で聞いてきた。
閉鎖的の意味がやっとわかった。
彼らは外のことを知らない。
以前よりアピョーを税金として納めていた。
ここ十年はなぜか米をもらえるようになった。
そんな認識だったらしい。
村で最も博識な村長ですら、それだ。
畑いじりをしている連中は、もっと知らないだろう。
それだけ外との交流がないのだ。
そのため、一般的な知識もない。
料理や文化、畑作。
どこを取っても昔ながらだ。
だから、身綺麗にするという考えもない。
「ぎゃー!! なんで虫の湧いた服を着てるのよ!」
エリカは子供を見て叫んでいた。
「脱ぎなさい! 煮沸よ、煮沸!」
「しゃふつ?」
「煮るのよ! その虫だらけの服を! やめて、よらないで! 移るから!」
「エリカは大変そうだね」
「そうですね」
カルとヒヌカは温かい目で見ていた。
この二人は平気な顔をしている。
「まぁ、僕は忍びだからね?」
「わたしも野宿は慣れてるから」
頼もしい限りだ。
アピョー畑は山中に点々と存在する。
畑一面あたりの面積は小さく、耕してはいるが雑草は多い。
アピョーは秋の始めに種を蒔く。
発芽は翌年の春頃で、夏に収穫を行う。
今の時期だと、種まきも終わっていた。
何もない畑を見て、形ばかり種まきの真似事をしてみた。
種は蒔きすぎても問題ない。
芽が出たあとに間引くからだ。
「これが今年取れたアピョーの残りだ」
収穫したアピョーも見せてもらった。
種を蒔くと言っていたので、植物かと思っていた。
村長が持ってきたのは、黒い粘ついた何かだ。
乾燥させた葉に包まれている。
光の加減で焦げ茶にも見える。
臭いをかぐと、変な臭いがした。
「アピョーは時期になると、こんな大きな身をつけるんだ。それに傷をつけると液体が染み出してくる。そいつをしばらく放っておくとこいつになるんだ」
そして、実の表面に浮き出たネバネバをヘラでこそげ落としてかき集める。
実から染み出る汁と聞くと、大した量は取れなそうだ。
「食べたらすぐに無くなるんじゃないか?」
「食べるんじゃねぇよ。炙って煙を吸い込むんだ」
生アピョーはそう使うらしい。
万能薬にするには、これを煎じたり、叩いたり、薬草と混ぜたりと様々な行程を経る。
そこは秘密らしく教えてくれなかった。
「……ふぅん、いろいろな使い方があるんだな」
「収穫の季節になったら、また来ればえぇ。見せてやっから」
そんな約束をする。
来年もここに来られたらそうしよう、と思う。
「満足したか?」
ひとしきり見て回ったあと、エリカに聞いた。
「少なくとも共生という目的は本当かもね」
「今更だろ」
領主は真っ直ぐな奴だ。
天上人だが、いい奴だ。
「あんたの気持ちはわかってる。けど、最終判断はあたしだから」
「知ってる。さっさと決めろ」
以前に約束してそう決まった。
エリカが戦えと言えば戦う。
その約束は破らない。
「……まだ、そのときじゃないわ」
「他に何を見たら満足なんだ?」
「全体よ。まだ見てない場所はいくらでもあるもの。そこに隠された暗部があるかもしれないでしょ」
「隠された暗部って……」
エリカの疑念は底が見えない。
疑り深いのはわかるが……。
とにかく、エリカが待てと言う以上、待つしかなかった。
見学が終わると、畑で取れた野菜をごちそうになった。
切って鍋に入れて煮るだけだ。
見かねたヒヌカが口を挟み、鍋には肉だの麺だのが入り、豪勢になった。
村人も大喜びだ。
「んむぅ、ヒヌカは料理人の才能があるな」
「本当ですか?」
「あぁ、俺が言うのだから間違いない」
領主はこう見えて上流の天上人だ。
普段から国で最高級のものを口にしているはずだ。
その領主が褒めるのだから、ヒヌカの腕前も本物だろう。
「どうせわたくしは料理などできませんわ!」
「……なぜスグリが怒るのだ?」
「ご自分の胸に手を当ててお考えくださいまし!」
領主とスグリが喧嘩を始める。
苦い顔をしていたエリカが生暖かい目で見つめる。
「……あの二人、やっぱりそういう関係なわけ?」
「何の話だ?」
「鈍いの? 馬鹿なの?」
「なんで怒られるんだ……」
「ちえっ……!」
エリカは露骨に悔しがる。
何を知りたがったのか掴めない。
しかし、領主はどこかソワソワしているように見えた。
何かを言いたくても言えないような……。
そんな気配があるのだ。
「どうだ、ちょっと吸ってみないか?」
食事のあとは、村長に生アピョーに誘われた。
興味があるので試そうと思うも、
「ダメに決まってるでしょ。依存性があるんだから」
エリカに止められた。
アピョーは薬だが、人を惑わす力も持つ。
吸いすぎればアピョーなしでは生きれなくなるらしい。
アピョーをやめたらどうなるか。
興味半分で聞くと、狂って死ぬんだ、と村長に言われた。
そんな恐ろしいものを客人に進めるとは……。
「もう帰るのか? 酒くらい呑んでけよ? な? な? 酒呑むだろ?」
村に宿泊できる場所はない。
今晩は最寄りの町に泊まる予定だ。
村長に猛烈な引き止めをされたが、鉄の意志で断る。
客が少なく、村では人が来ると宴会らしい。
もちろん、村長は宴会を口実に呑みたいだけだ。
「……そうか、また今度な」
悲しげな村長に見送られ村を出る。
山の麓近くに来た頃、左手の甲が痛んだ。
久しぶりの感覚に、思わず声が出る。
見ると、紋章が鈍く輝いていた。
「……この近く、何かあるな」
痛むのは何かを伝えようとするときだ。
経験上、そこまではわかっていた。
声が聞こえるときもある。
しかし、今は聞こえない。
紋章がしきりに主張する。
そのくせ、声は聞こえない。
「何かあるのかな」
カルが周囲の気配を探る。
「こっちだ」
何かを見つけたらしく、山に分け入っていく。
進んだ先には崖があった。
かなりの高さがある。
人間だったら落ちたらひとたまりもないだろう。
……その崖の下に天上人が三人倒れていた。
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