表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/199

29 会議1

2019/03/03 誤字脱字修正


 領主執務室には首脳陣が集合していた。

 八人が囲める応接間の机には、人間側がジン、エリカ、カル、ヒヌカ。

 領主側が、領主、ハービー、スグリ、内侍長。

 双方の代表者がそろっていた。


 出された砂糖菓子もこの日のために用意されたのだろう。

 趣向の凝らされた飴細工だった。


「……やっと話せる時間ができたな」


 疲れた顔で領主は言う。

 議題は領主の見据える人間と天上人の共生について。

 ゴタゴタがあったものの、領主は”人間と共生を望む証拠”を提示した。


 証拠は町そのもの。

 ここの人間は誰もが領主を慕っていた。

 領主は人間を奴隷として扱わない。


 十分な証拠だと、ジンには思えた。

 それを確認したところで、話は次の段階に進む。


 なぜ人間と天上人が共生する必要があるのか。


 単純な問いかけだ。

 一緒に暮らすとどんないいことがあるか?

 共生は一見してよい響きに聞こえる。

 しかし、……目指す姿は見えていない。


「本来なら酒を飲みながら話したかったのだがな……」


 領主はぼやく。

 酒を飲みながら。

 いつだったかエリカが断った酒宴のことか。

 ……わかる気もする。

 が、エリカは厳しい。


「まじめな話を酒の席でするつもりなの?」

「わかってる。この場で話す」


 領主はたてがみをいじくり、


「最初は、そう……、俺は人間も幸せになってよいのではないかと思ったのだ」


 天上人と人間は異なる種族だ。

 外見も、力も、能力も。

 同じところは一つとしてない。


 しかし、似ている部分もある。

 まず、言葉が通じる。

 意思疎通ができる。

 喜怒哀楽といった感情も似ている。


 食べ物も同じだ。

 同じ水や米で生活できる。


 一説によれば子供をなすことも可能だ。

 天上人同士でも氏族が違えば子供はできない。

 しかし、人間はあらゆる種族と子をなせると言われる。

 (卵を生む虫の天上人だけは例外かもしれないが)


 客観的に両者を比べると共通点を見出せる。

 ではなぜ片方が奴隷なのか。


 天上人は精霊に愛された種族。

 人間は愛されなかった種族。

 それだけの差で、こうまで差がついてよいものなのか。


 幼い頃の領主は疑問に思った。

 きっかけを与えてくれたのは、始皇帝マナロだという。

 領主は人間について考えろ、とマナロに言われた。

 そして、自分なりに見聞を深め、たどり着いた疑問だった。


「人間と交流を持ってみて、疑問は確信に変わった。人間と天上人は本質的に変わらない、と」


 故に人間だけが虐げられる今の世は違う。

 そう思うようになったという。


「……マナロが本当に、あんたにそんなことを言ったの?」

「疑うのも無理はない。俺自身、信じられんことだった」


 マナロは気難しい人物だったそうだ。

 人間を殺せとは言っても、考えろとは言わない。

 そういう性格だった。


 人間を奴隷にした最初の天上人もマナロだ。

 なおのこと似合わない台詞だ。

 しかし、領主が嘘をつく意味もない。


「あの日の前皇帝が何をなさったいたのかも、俺にはわからなかった」


 勇者ノ日。

 つまり、自身の活躍を祝う祭りの最中に姿をくらまし、帝都の人間街をうろついていた。

 人間の葬式があったというが、……マナロがそこに顔を出すとはさすがに思えない。

 謎の多い人物らしいから、別の目的があったと見るべきだろう。


「話の真偽はさておくとして、共生である必要性は?」


 エリカが話を進める。


「共生に至るには段階があるのだ。スグリにも協力してもらってな」


 スグリが誇らしげに胸を張る。

 共生を考えたのは、ここ数年なわけか。


「でも、直轄地は十年前に作ったんじゃないわけ?」

「そうだ。最初、俺は人間の国を作るつもりだった」


 人間が天上人の奴隷であるなら、人間だけで暮らせばいい。

 領主はそう考えた。

 着想はジンと同じだ。


 ……同じだが、喜べはしない。

 領主はそれを否定しているからだ。


「人間の国だと何がダメなんだ?」

「天上人に利がないためだ」

「天上人の利なんて関係ないだろ?」

「いいや、ある。利がなければ天上人は人間国を認めない」

「認めるか認めないかなんて、それこそ関係ないだろ」

「……人間王やエリカの登場は想定外なのだ。二人がいないものと考えてくれ」


 炎もエリカもなしの人間国。

 そんな国があったとする。


 そうすると、何が起こるか。

 おそらく、エリカが危惧した通りになるだろう。

 野盗が集まり、人間を食い物にしてしまう。


「その通りだ。国を作っても意味がないのだ」


 天上人にも種類がある。

 頂点に立つような高貴なものから、盗賊で生計を立てるような下賤な者まで。

 天上人のすべてが誇り高い貴族ではない。


「いくら人間のために国を作ろうと、天上人の中には悪意を持つ者が現れるだろう」


 人間の集合体。

 天上人にとっては資源と同義だ。

 野盗を防ぐには、警備がいる。

 今の人間国がそうだ。

 領主と霊公会の軍勢に守られている。


 ……それは正しい姿と言えるのだろうか?


 確かに町の内側で人間は自由だ。

 しかし、自力で勝ち取った自由でもなければ、町の外にも行けぬ自由だ。

 しかも、天上人に守ってもらっているのだ。


 これは自由とは呼べない。

 守られる自由など本当の自由ではない。


「そうであろう? 故に人間国を作るのは現実的ではないのだ」

「けど、俺が守る」

「人間王とエリカがいれば話は違うだろう。ただ、二人はいないものと考えて欲しい」

「いるのにいないと考えるのはおかしいんじゃない?」

「……む」


 領主が言葉に詰まると、スグリが口を挟んだ。


「特別な事例で話をするのは得策ではありませんわ。ベルリカ以外の土地を考えてくださいまし。人間国は一つ作っておしまいにする話ではありませんの。国中で同じことができる方法が必要なんですの」

「そうね……。普遍的な方策ではなくなるわね」

「まぁ、そういうことだ。とすると、天上人側が無理なく受け入れられるような方法でなくてはならんのだな」


 盗賊から皇族まで。

 天上人の幅広い層を納得させる方法。


「そんなのあるのか?」

「ある。だが、考えたのは俺ではなくスグリだ」


 スグリは喉が見えるくらい胸を張る。


「……どうすればいいんだ?」

「人間を活かした者が上に行く国にすることだ」


 バサ皇国は血族を重んじる国だ。

 精霊の血が濃い者ほど偉いとされる。


「だが、それは実情を反映していないのだ」


 今のバサ皇国で霊術を使う機会はほとんどない。

 役人にしろ商人にしろ頭を使う仕事が大半だ。

 精霊の血が濃い愚か者が上位の職に就き、賢い者が下位の職に就く。


「実力を見て役位を決めるべきだ、と俺は思う」


 血ではなく実力で判断される国。

 そこには天上人も人間もない。

 賢い者が上へと行く。

 そこには人間が入り込む余地が生まれる。

 天上人を追い抜き、人間が出生しても構わない、と領主は言う。


「そんなのできるのか?」

「価値観を変えていく必要はあるだろう」

「天上人の考えがすぐに変わるはずないわ」


 エリカがすかさず否定する。

 領主は肯き、


「それは事実だ。だが、町人は種族の矜持より利を求めるものだ。賢い人間を重用することで利を得られると知れば、皆がこぞってそうするだろう」

「理想論ね」


「そうかな? 僕は信じてもいいかなと思うよ」


 カルが言った。

 商人に重用された人間を見たことがある、と。

 人間とは思えぬほどに権限を持っていた、と。


「人間の職人を重用する工房もあるくらいだしね」


 職人の話は収容所にいた頃に聞いた。

 装飾品を作れる人間は贅沢な暮らしができる、と。


「でも、それってあくまで便利な奴隷って話でしょ? 共生とは呼べないわ」

「そうだ。だから、今までの決まりを壊さねばならん」


 目標は、人間と天上人が対等に暮らせること。

 だが、現状は人間も天上人も準備ができていない。


 人間は奴隷であることに慣れすぎた。

 天上人も奴隷を使うことに慣れすぎた。

 古い考えを持たない世代を作らねばならない。


「直轄地はそのためにあるのだ」


 領主は、人間だけの生活を実現させた。

 そして、ゆくゆくは天上人を移住させるという。

 最初は反発があるだろう。

 だが、直轄地で生まれた天上人の二世は違う。

 生まれた時から人間と共に暮らしているのだ。

 全く違う価値観を持つだろう。


 その世代が共生を実現する第一世代。

 彼らは外の天上人とは根本から異なる。

 人間を交えた実力主義の経済は、必ず直轄地の外を飲み込む。


 血族で役位が固定された国など一撃だ。

 努力を知らぬ者たちは努力で成り上がった者には勝てない。

 その流れはバサ皇国を飲み込むだろう。


「これが俺たちの思い描く理想だ」


 領主はスグリの肩に手を置いた。

 ……少しだけイラっとした。

 が、本題ではないのでジンは何も言わない。


 本題の方はどうか。

 夢物語か。

 非現実的か。


 そんなものは否定する要因にはならない。

 全部の天上人をぶっ飛ばして人間の国を作る! と言っていた奴に比べれば現実的だ。


 血で血を洗う戦いに身を投じるか。

 共に生きるか。

 その違いだ。


 選べるなら後者だろう。

 それがよいのは誰の目にも明らかだ。


「長い道のりなのは理解している。互いの違いを理解するのも難しいだろう」


 領主は語る。


「”振動を聞く”と言っても人間にはわかるまい?

 蛇の天上人はな、振動を聞くことができるのだそうだ。

 そうした、違いが天上人と人間の間にはある。

 しかしな、獅子の天上人にも振動は聞けんのだ。

 天上人同士だからと言って、互いのことが完璧に理解できているわけではない。

 天上人は、種族間の差を受け入れてきた。

 そうすることでバサ皇国は成り立ったのだ」


 天上人には種族が豊富だ。

 多くの種族が異なる特徴を持ち、それらは互いに理解できない。

 認め合うことでバサ皇国は生まれた。


「つまり、天上人には実績があるのだ。違うものを受け入れ一つの国にしてきたというな。もう一度、できるはずだ」


 領主の話には力があった。

 できるかもしれない、と思わせてくる。


「……実力主義の社会は受け入れられるのかしら?」


 エリカの反論には力がなかった。

 対して、領主は力強く肯いた。


「領主一族には話を通した。

 ベルリカの血族は人間を共に暮らす仲間と認めると確約してくれた。

 変化の兆しは確かにある。

 俺はその後押しをするだけだ。

 血族で人生が決まる国などつまらぬ。

 人間の身分を向上させるだけではない。

 これは天上人にとってもよい刺激にもなるのだ。

 今のバサ皇国には競争がない。

 競争によって役位が変わるのなら、皆が努力し、国はよりよいものとなるだろう」


 領主はそう締めくくった。

 場は妙な熱に包まれている。


 やり切った顔の領主と誇らしげなスグリ。

 そこには情熱が見え隠れする。

 翳りや嘘はカケラほども見当たらない。


 だからこそ、心を動かされる。


 ジンは途中で気づいていた。

 自分たちは、領主がかつて考えた道をなぞっているに過ぎない、と。

 人間だけの国を作る。

 領主も一度は考えて挫折した。


 青い炎やエリカの頭脳。

 そういう例外がなければ、成り立たない策だからだ。


 成り立つのならやってもいい。

 そうとも言える。

 選ぶ基準は……、怒りだ。


 今更、天上人を許せるのか。

 何百年もの間、人間を奴隷にしてきた。

 自分たちだけが楽をしてきた。

 同じ目に遭うべきではないのか。


 それこそが平等というものだ。

 人間が奴隷になったのと同じ時間。

 天上人も奴隷を経験しなければならない。


 ……と言うのは、いつか聞いた話だ。

 里長だっただろうか。

 いや、里の人間は誰もが同じ気持ちだ。


 それくらいの憎しみを持っている。

 自分はどうだろうか。


 何人かの天上人を見てきた。

 どいつもこいつもひどい奴らだった。

 しかし……、天上人には幅がある。

 いい奴も悪い奴もいる。


 それも知っている。

 だから、悪い奴だけを倒せばいいと考えた。

 倒した先のことは知らない。

 人間だけの国を作り、そこで閉じようと思った。


 許す、許さない。

 ジンとしては、その二つは問題ではない。


 人間を殺す天上人と、殺さない天上人。

 それは別の天上人だからだ。

 殺さない天上人となら手を組んでもいい。

 それだけの話だ。


「あんたの考えはわかった。でもね」


 エリカは顔を上げ、


「人間という種は天上人を許せないと思うわ。

 領主個人がどれほど好意的であっても、かつての天上人が人間を虐げた歴史は変わらない。

 それを許せる人間は今はまだいない。

 人間国にすべての人間が所属し、……その上で王が許さなければならない。

 あなたのしようとしていることは、その機会を永遠に剥奪すること……。

 人間国という、かつてここにあった国の歴史を消滅させることに他ならないわ。

 あなた個人で負える責任だと、あたしは思わない。

 それができるのは人間国の王とバサ皇国の皇帝だけよ」


「……むぅ、その考え方は……」


 領主は言葉に詰まる。

 スグリと顔を見合わせ、深く考え込んだ。

 国という存在。

 そこにある歴史。


 ……その視点は、二人から抜けていたに違いない。

 無理もない。

 零の隠里にしか人間国の歴史は残っていないのだから。


 すでに存在しない国の歴史。

 人間が天上人を許すという行為。


 そこに、どれだけ意味があるかだ。

 今を最大限によくすることを考えるのか、あるいは過去を清算するか。


 国というものに拘る人間はどれだけいるか。

 王であるジンが言うのもアレだが、多くはない。

 里にいる何百人かだろう。


「だが、エリカの言うことももっともだ。

 歴史はないがしろにされるべきではない。

 残念だが、俺はただの領主に過ぎぬ。

 人間国の歴史を消す権利など持っていない。

 今、人間と天上人が共に暮らすようになれば、……人間国が天上人を許す機会は永遠になくなるだろうな」


 領主は生真面目に考える。

 そういう点は好感が持てる。

 共生……、という点については疑問だが、領主の提案は魅力的だ。


 王になった時から、ジンの目的は一つだ。

 人間が楽しく暮らせるような立派で豊かな国。

 生きている奴が一番大切で、そのために戦うかどうかは手段の話だ。

 死ぬ奴が少ない方がよいに決まっている。


「人間国を残しながら、今言ったような話を進めればいいんだろ? スグリとエリカなら考えられるだろ」

「……人間王!」

「あんた……!」

「兄さま……!」


 あちこちから視線が飛んでくる。

 特にエリカの視線が痛い。

 が、それがジンの出した結論だ。


 あとは、それをエリカがどう捉えるかだ。


 ――――戦争を仕掛け領土を奪う。


 最初の目的からは大きくずれたが、よいずれ方だ、とジンは思う。

 領主はいい奴だし、スグリもついている。

 任せておいて問題はない。


 エリカだけは首を縦に振らなかった。

 どうしても領主を信用しきれないらしい。

 疑り深いのか、それとも気持ちに整理がつかないのか。

 これに関しては待つしかないだろう。


 人間国が最終的にどう振舞うかは、エリカが決める。

 ジンは任せるつもりでいたが、……戦う方に転んでほしくない、と今では思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ