27 その後
それから十日が経った。
城下町から医者と呪術師がやってきた。
領主の怪我は思った以上に悪いらしい。
呪いと言っても、結局は霊術だ。
解呪の方法は術者に解かせるか、術者を人事不省に追いやるしかない。
誰がやったかわからなければ、解呪は難しい。
シヌガーリンの人脈から該当者を当たっているらしいが、時間がかかるとのこと。
それよりは自然回復を待つ方がよいとのことだ。
呪術師たちはそう判断した。
なんでも、霊術の規模を見る方法があるそうだ。
それを使えば、どんな家格の者が使った霊術かわかるらしい。
格さえわかれば、持続時間も自ずと推察される。
今回の霊術は中流と判定された。
半永久的な効能が続く霊術は上流にしか使えない。
となれば、時間と共に呪いは解けると見てよいようだった。
だが、いつになれば治るかは判然としない。
それはつまり、戦う相手を失った状態が続くというわけだ。
……宣戦布告をすべきかどうか。
直轄地を見てから決めるつもり予定だったが、領主はこの調子だ。
決闘を先延ばしにせざるを得ない。
そうなると人間国が心配だ。
今は霊公会と領主の勢力が見張っているそうだが、拮抗もいつまでも続かない。
早く状況を動かしたいところだ。
「まぁ、待つしかないんじゃない? それより、命を助けてあげたんだから、国の警護は恩と考えなくていいわよね」
エリカは楽観的に言った。
確かに、そういう考え方もある。
もう少し肩の力を抜いてもいいかもしれない。
天上人は倒すべき敵かと言うと、正直、そうは思えなくなっていた。
目的は人間だけで暮らせる国を作ること。
それが成るなら天上人を無理に倒す必要もないのだ。
ただ、現状では倒すしかない。
全員が領主のような天上人ばかりではないからだ。
その点、今回の件は都合がよい。
領主を守った代価に土地をくれと迫るのだ。
暗殺を防ぐ、とはそれだけの手柄だし、首謀者であるシヌガーリン家は完全に取り潰し。
そこの後釜にすっぽりと収まるのは、可能性がないわけでもなかった。
もちろん、人間に土地をやるなど、多くの天上人が反発する。
領主の手腕次第だが、期待はしない方がいい。
と、エリカが言っていた。
結局、動きを待つしかなかった。
待つのは苦だが、暇ではなかった。
人間王一行は、暗殺を防いだ英雄だ。
領主の屋敷で今まで以上にもてなされている。
直轄地の遠方にも見学が許された。
勝手に行って勝手に見ろ、とのことだ。
それだけ、信頼されているわけだった。
†
十一日目にして大きな変化があった。
ヒヌカがやってきたのだ。
今回の事件で決め手となったのは、外部からの密告者だ。
門番が、領主暗殺の報を告げた人間を殺そうとした。
忍びがそれを察して、スグリに伝えたのがきっかけだ。
実際、その一報が決定打となり、スグリは人間を信じ、警兵長がボロを出した。
ある意味、最大の功労者だ。
それがなんとヒヌカだった。
シヌガーリンが討たれた日から、ヒヌカはあれこれ取り調べを受けたらしい。
どこで暗殺計画を聞いたのか。
どうやってここまで来たのか。
長い調べが終わって、無罪と判断された。
労をねぎらうために、改めてスグリが迎えに行って、そこでヒヌカと判明した。
それで、慌てて屋敷へと連れてきたわけだ。
「なんでヒヌカが!?」
「うん、いろいろあって……。待つって約束、守れなかったね、ごめん」
「いいよ。俺もいつ行けるかわからなかったし」
会うのはトゥレン以来だ。
迎えに行く約束だったが、王になったり、知行政を倒したり。
いろいろあって動けなかった。
こんな形で再会するとは思わなかった。
「似てるなとは思っていたんですのよ? でも、わたくし、思い直したんですの。こんなところにいる人が、ヒヌカさんであるはずがないですわ、と」
スグリは出会いの場面を語っていた。
ものすごい誇張が入っていて、スグリもヒヌカも殺される寸前で、敵を百人ほど切り伏せて逃げたことになっていた。
盛りすぎだった。
「ヒヌカさん、久しぶり! 元気にしてた?」
そこにカルがやって来る。
「カルくん! ……あのときは、ありがとね。それと、いろいろごめんなさい」
「いいって、いいって! 僕は別に気にしてないから!」
「あら、お二人は知り合いなんですの?」
「うん、僕とジンが収容所にいたときにね……」
カルが昔話を始め、スグリが笑いながら聞く。
ヒヌカは顔を赤くして黙っていた。
そして、エリカだけが遠くにいる。
「なにあれ? あたしだけのけ者?」
「そっか。エリカはヒヌカと会うの初めてか」
「そうよ。なんで、あの二人は知り合いで、あたしは知り合いじゃないの? どゆこと?」
「どゆこと、って言われてもな……」
「しかも奥方なんでしょ? どゆこと?」
ものすごく絡んでくる。
奥方の話をしたのはジンだ。
この女は誰か。
ヒヌカが到着してすぐ、誰もがそう聞いた。
村の幼馴染だ。
スグリはそう答えた。
嘘は言っていない。
いや、でも、違うよなとジンは思った。
シグラスの花を切り株に置いたしな。
だから、ジンは、妻になる予定の人だ、と答えた。
「へ~、そういうことね。理解したわ」
エリカは生暖かい目をしていた。
そう言えば、里長にはまだ言っていない。
妻が、妻がと言っていたから、喜ばれるだろうか。
†
最後に警兵長について。
警兵長は城下町へ移送され尋問の末、処刑される予定だという。
糸を引いていたシヌガーリンは権力を持つため、他にも買収された者がいるだろう。
念のため、城下町でも調査が行われるそうだ。
領主暗殺はそれだけの大事件だ。
本来なら領主が城下町へ戻り、声を掛けるべきだろう。
動けないのは痛恨事だ。
とは言え、それらは天上人の事情だ。
人間には関係がなく、土地を巡って戦える相手がいればいい。
領主とシヌガーリンの戦いを見て、ジンは改めて霊術の決闘のすごさを知った。
あんなのをあと何度やれば、土地をすべて奪い返すことができるのか。
わからないがやるしかないだろう。
奪った土地が広くなれば、守ることも考えねばならない。
すべての天上人が挟持と仁義を持つわけではない。
暗殺のように搦め手を使う者もいる。
ジンが勝てるのは一騎打ちだけと知り、多勢に無勢で国を攻める奴がいるかもしれない。
そうなったら、国は終わりだ。
決闘で領土を広げる方法は、早々に限界が来るだろう。
そのときにどうやって奪った土地を守るのか。
エリカもそれを見据えている。
もちろん、任せるつもりだが、少しは気にかけておこうと思う。
†ナグババ†
「勝手に動かないでください、と言ったのが聞こえていませんでしたか? それとも耳にも治療が必要なのですか?」
領主が縁側で日に当たっていると、ハービーが文句を垂れてきた。
「日干しくらいよかろう。呪いもだいぶ薄まったしな」
「なら、せめて前を隠したらどうですか? そんなところを日干ししてなんの意味があるんです?」
「おやっ、下帯がないではないかっ」
道理で股が熱いはずだった。
領主は下帯をつけ、改めて日なたに座る。
隣にハービーも座った。
「此度の件、どう思う?」
「人間王を褒めちぎる言葉なら聞き飽きました。もはや感想はありません」
「なんだ、つまらぬ。だが、あれはよい若者だ。当然、よい為政者となるだろう」
「何がそんなに気に入ったんですか? 私には考えなしの猿にしか見えませんが」
「情に厚い。勇気もある。何より臣下に慕われている。どれも俺にはない要素だ」
「御冗談を。ここに誰よりも忠誠心の厚い臣下がいるではないですか!」
「ははは、冗談がうまいな」
本音を言えば、手痛い失敗だった、と領主思う。
人間王とは良好な関係を結びたかった。
直轄地も気に入ってもらえる自信があった。
だが、すべては暗殺事件で台無しになった。
いらぬ気苦労をかけた。
心象も大分悪くなっただろう。
何より、臣下に疎まれる領主と思われたのが悔しい。
シヌガーリンはもっと手厚く保護すべきだった。
先代から嫌われていようと、臣下の一人なのだから。
「俺もまだまだ不勉強だな」
よい領主となりたい。
今も変わらぬ一つの願いだ。
人間王からは学ぶことが多々あるだろう。
……彼が是としてくれるなら、今からでも友好的な関係を作りたかった。
「私は特に危惧していませんがね」
「何をだ?」
「あなたならすぐに仲良くなれるでしょう。人間王もそれを望んでいるようですし」
「本当か? 本人に聞いたのか?」
「顔を見ればわかりますよ。あなたたちは等しく顔に出やすいので」
「なんと……」
事実なら嬉しい話だ。
今すぐにでも人間王と話をしたい。
ナグババはそう思うのだった。