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26 事件9



 シヌガーリンの隠れ家は町の中心にあった。

 商店街のど真ん中、裏店の一角だ。


 商店街は見た目に反して、細道がいくつもある。

 多くは住宅へと通じる裏通りで、入り組んだ構造をしている。

 隠れ家はそうした細々と家が並ぶ区画にあった。


 往来が多いため人の目につく。

 だが、一度家に入ってしまえば、見つかる心配もない。


「シヌガーリンよ、貴様が俺の命を狙っていると聞いた! 本当かどうか確かめたい! いるのなら顔を出せ!」


 領主は表通りから呼びかける。

 無人の通りに声が響いた。

 領主はスカルノに命じ、予め商店街を無人にしていた。


 戦うつもりはないと言え、シヌガーリンも同じとは限らない。

 万が一のためだ。


 しばらく待つもシヌガーリンは現れない。

 もっとも、あちらに応じる義務はない。

 バレたと知れたら逃げればいいのだ。


「卑劣な奸計を企てた貴様には顔を出す勇気もないか!」


 領主は再度呼びかける。

 間もなく返答があった。


「卑劣とは聞き捨てならぬな。私は世を浄化しようとしているだけだぞ、領主殿」


 数軒離れた通りから白い影が現れた。

 奴がシヌガーリンなのだろう。


 父親譲りの純白の毛並み。

 黒で統一された着物。

 自信が滲み出る立ち姿は親子でそっくりだ。


「やっと出てきたか、シヌガーリン。貴様に聞きたいことがある」

「暗殺の件ならすべて事実だ。尋ねられるまでもない」


 シヌガーリンはあっさりと認めた。

 気負う様子もない。


「……何が理由なのだ?」

「何が? 人間を愛でるうちに目が腐ったか? 貴様の恥態は見ていて吐き気がする」

「わからぬな。俺が何をしたという?」

「啓蒙されなければわからぬのか! 奴隷たる人間を愛する貴様のあり方が穢れていると言っているのだ……!」

「天上人と人間は共に暮らせるはずだ。俺はその考えを広めたい」


 領主は訴えかけるように言う。

 が、シヌガーリンはため息で返した。


「もはや語らう気にもならぬな」

「俺はシヌガーリンの当主と腹を割って話し合いをしたいと思っていたんだが……」


「是非もない」

「ならば仕方あるまいか……」

「そうだ。初めからこうなると決まっていたのだよ、領主殿」


 やがて二人は無言になる。

 殺気が満ちる。

 音が消える。


「貴様は浄化されるべきだ」


 シヌガーリンが地を蹴った。

 数十トルメの距離がまたたく間に縮まる。


 一拍遅れて領主が手をかざした。

 空気が揺らいだような錯覚を受ける。

 領主の体が光に包まれる。


 霊術を使った決闘に人造の武具は不要だ。

 双方、刀など抜きもせず、ただ、距離を詰める。

 そして、術はほぼ同時に発動した。


来たれ(ハリカ)黄金ノ眷属ギント・カマグ・アナクよ!」


 先手を取ったのは領主だった。

 閃光が走り通りが光に包まれる。

 そのわずかな間で、領主は全身を武装していた。


「な、なんだありゃあ!?」


 目もくらむような黄金の鎧。

 手には光を放つ剣を握る。


 あれが領主の霊術……。

 何かを操るでもなく、ただ、剣と鎧を生み出しただけ。


「ただの剣ではありませんよ」


 ハービーが言う。


「あれは召喚です。領主は、ことさらに精霊に愛されたからこそ、黄金郷の精霊より、武具の貸与を許されたのです」


 黄金郷ノ鎧(ギント・アニ・アルマ)

 黄金郷ノ剣(ギント・アニ・タバク)


 精霊が鋳造したと言われる、この世ならざる武具だ。

 武具と言っていいのかも怪しい。

 精霊界の兵器だ。


 一振りで光の帯が迸り、刀身が数十倍にも膨れ上がる。

 豆腐でも切るかのような手軽さで敵を真っ二つにする。

 その数、七。

 一撃で七体を撃破した。


 いや、それはおかしい。

 敵はシヌガーリンだけだったはず――――。


「……なんで、あっちは増えてるんだ?」

「そういう術なのでしょう」


 シヌガーリンの前には天上人が何人も並ぶ。


 半分は虫の天上人。

 全部同じ顔、同じ体躯だ。

 なぜか門番や警兵も混じっている。

 皆一様に真顔で、直立不動。

 気味が悪いほどに揃っている。


 まるで人の盾だ。

 実際、領主の一撃を受けたのも虫の天上人だ。

 その身を呈してシヌガーリンをかばった格好だった。


「……そういうことでしたか」

「何かわかったのか?」

「あれは死体を生き返らせ、意のままに操る霊術なのでしょう。領主暗殺の真相も殺した内侍を操ったに違いありません」

「そんなことができるのか!?」

「こちらも稀有ですが、記録にはあります」


 霊術は本当に何でもありだ。

 ローボーも恐ろしい奴だった。

 今の当主も匹敵する力を持っている。


 内侍が放った霊術が領主を襲った。

 蘇った死体もまた霊術を使える。


 十数人が一度に霊術を使えば、攻撃の幅が広がる。

 地面がえぐれ、炎が巻き起こり、巨大化した剣が空から降り注ぐ。


 が、領主はいずれも苦もなく鎧で受ける。

 曰く、精霊が鋳造した鎧は霊術を無効化する。

 精霊の御業でなければ領主を倒す術はないらしい。


 外見こそ地味だが、防御は無敵だ。

 そして、黄金郷ノギント・アニ・タバクは振るう度に、空気が揺らぐ。

 精霊の力に、地上界が耐えきれぬためだという。


 実際、人も物も、ここにあるものはすべて地上界の物体だ。

 地上界の理に縛られたそれらは、精霊界の理で振るわれる剣を受けられない。

 硬いとか柔らかいではないのだ。

 絶対に斬れる剣だから斬れるのだ。


 鎧も剣もデタラメな性能だ。

 領主を名乗るだけのことはある。


 しかし、シヌガーリンも劣ってはいない。

 死者が霊術を行使する。

 死体を調達すればするほど、シヌガーリンは強くなる。

 個にして軍を操るのだ。


 しかも、倒した相手の数だけ手勢が増える。

 どこから調達したのか朽ちかけた死体がぞろぞろと出てくる。

 だから、天上人は火葬の文化なのだという。

 土葬では奴のような悪人に利用されるからだ。


生きろ(マ・ブーハイ)


 シヌガーリンが呪文を唱えると、斬られた死体も復活する。

 真っ二つの上半身と下半身が別個に動いて領主を襲う。


 さすがに体がわかれると霊術は使えないようだが、体当たりでも今の領主には効果があった。

 虚を突かれて体勢を崩す。

 たったそれだけで、鎧の隙間から血が滴る。


 呪いがじわじわと効いている……。

 互角に見えても、時間が経つほどに領主が不利だ。


 領主は距離を取って、体勢を立て直す。

 その隙をついて、虫の天上人が前に出た。

 そして、地面に滴った領主の血を舐める。


「……穢の一族を連れてきたのか、シヌガーリン」

「正義のためだ。多少、手を汚すのもやむを得まい?」


 傍から見れば血を舐められただけ。

 だが、その一手は着実に領主を追い詰めた。


 虫の天上人たちは一斉に武具を召喚した。

 領主の者とは異なる暗褐色の槍や斧だ。


 振るう度に大気が揺らぐ。

 それは、領主の持つ剣に迫る威力を持っていた。


「蚊の一族……!!」


 ハービーが青くなる。


「なんだそれ? 強いのか?」

「強いと言うより、厄介な相手です」


 曰く、奴らは血を舐めた相手の霊術を模倣する。

 劣化版だが、虫は数で対抗する。

 個を捨て群を取る戦術は純粋に強い。


 戦況は一気にひっくり返った。

 同じ武具での打ち合いは数の勝負だ。

 領主がいくら剣を振るおうとも、暗褐色の防具がそれらを打ち消す。


 逆に虫の天上人の攻撃は、着実に領主の鎧を傷つけていた。

 多人数による攻撃。

 まして領主は手負いだ。


 一手また一手と、後退を余儀なくされる。

 そして、時間と共に滴る血の量が増えていく……。


「……お助けしなければ」

「やめとけ」

「なぜですか!?」


 ハービーの霊術は身体強化だ。

 領主にもシヌガーリンにも及ばない。

 まして、ここ数日は治療に専念したせいでろくに休んでいない。

 割って入っても、邪魔にしかならない。


「それでも、盾くらいには……」

「領主はお前を盾にするような奴じゃないだろ」

「く……」


 むしろハービーを庇うくらいはする。

 わかっているからこそ、ハービーは前に出られない。

 歯噛みするしかない。


 そうこうするうちに、領主が追い詰められる。

 下がっていたシヌガーリンが前に出る。


「随分と苦しそうだな、領主殿。不慮の事故で怪我でもしたのかな?」

「貴様に心配されるまでもない」

「では、もう少し踊っていただこう」

「く……」


 領主の剣には力がなかった。

 精霊の力を得た剣も振るわれなければ真価は発揮されない。

 まして敵が同格の武具を持つなら、なおさらだ。

 領主はついに膝をつかされる。


「領主でありながら臣下に膝をつかされた屈辱はどんな味だ?」

「戦で散る命ならそれも本望だな」

「戦とは大仰な。これは暗殺だ、領主殿」


 死体たちが領主を押さえつける。

 シヌガーリンは虫から奪った斧で領主の首を狙った。

 とどめは自分と決めていたのだろう。


 斧が振り下ろされる。

 ハービーが死を覚悟で走り出すが……。

 間に合わない。


 死体の人垣を越えられてもいない。

 領主は負けた。

 臣下に裏切られて、話そうとして、結局、暗殺される。


 ……馬鹿な奴だ。

 本当に馬鹿だ。


 でも、そういう馬鹿は好きだと思う。


「……なんだ!?」


 シヌガーリンが後ずさる。

 その手には斧の柄が。

 柄の先にあるはずの刃は消し飛んでいた。

 青い炎が斧を焼き払ったのだ。


 精霊が鋳造した兵器のはずだが、所詮は血を盗んで奪った霊術だ。

 原典ほどの力はない。


「何のつもりだ、人間!? 天上人を庇うのか!?」

「俺は領主に話があるんだ。殺されたら困る」

「貴様から嬲り殺してくれる……!」


 シヌガーリンの視線がジンに向けられる。

 今、その瞬間、シヌガーリンはジンだけを見ていた。

 それはどうしようもない隙だった。


 死体の操作が緩む。

 領主の体が自由になる。

 輝きをなくした黄金郷ノ剣:(ギント・アニ・タバク)を抱え、領主が伸び上がるように立ち上がる。


 今までとは比較にならない鮮血が領主から滴る。

 呪いの限界を超えた。

 傷が完全に開いたのだ……。


 しかし、それ以上の血がシヌガーリンの胸から吹き出していた。

 倒れ込むような一撃が胸を刺し貫いたていた……。


「父を殺めたばかりか、この私まで手にかけるか、人間がッ……」


 シヌガーリンは最後の力をジンに向けた。

 弓の間合いから死体が突撃してくる。

 恐るべき量の霊術が雨のように降りかかる。


 それらをまとめて、炎の壁で防ぐ。

 死体は返り討ちにするまでもなかった。

 領主が二の太刀でシヌガーリンの首を飛ばしていたためだ。

 制御を奪われた死体がバタバタと崩れ落ちる。


 終わった……。

 ……動くものは、領主とハービーしかいない。

 領主暗殺という壮大な謀略にしては、呆気ない終わりだった。

 息も絶え絶えのハービーが領主に駆け寄り、肩を貸す。


「なんて無茶をするんですか!」

「すまんな、……これは死ぬかもしれん」

「死んだら、死ぬまで説教しますからね!」


 領主が引きずられるように戻ってくる。

 鎧と剣が消える。

 維持することもできないのだろう。

 すれ違いざま、ハービーが言った。


「……感謝いたします、人間王」

「助けたわけじゃねぇよ」


 領主とはまだ話すことがある。

 シヌガーリンは自分を殺そうとしていた。

 共通の敵だったから倒した。


「そういうことにしておきます。毛無し猿にも考える頭があると」

「なんだ、お前。喧嘩売ってるのか?」

「別に。本心を述べたまでです」


 ハービーは最後まで考えが読めない。

 なんにせよ、助けられてよかった。

 そう、よかったと思えた。


 いろいろと理屈はつけられる。

 だが、生きていてよかったと思うのも本当だった。



 こうして領主暗殺計画は失敗に終わったのだった。


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