23 事件6
2019/03/03 誤字脱字修正
ヒヌカから報せを受けた門番は、速やかに屋敷へ向かった。
そして、手紙と共に報告をした。
警兵長に。
「殺せ」
警兵長は即断した。
当然の措置だ。
領主暗殺を知る者が現れたのだから。
「人間というのは盲点だったな。奴隷にも考えられる頭があるのを忘れていた」
領主派の入れ知恵だろうか。
人間を使って警告しようとは、かなりの奇策だ。
……だが、その策が功を奏することはない。
直轄地の治安維持は警兵長の手中にある。
どんな抜け道を使おうと、情報は警兵長に集まってくる。
「今すぐ戻って、人間を殺せ」
「よ、よろしいのですか……?」
「殺せと命じたのだぞ」
「は、はっ。御意に」
警兵に命じ、屋敷を追いやる。
ふと手元の手紙が気になった。
誰の差金か調査しておくべきだろう。
包みを解いて中身を改める。
「……春画本?」
裸の女が描かれた本だ。
何が手紙だ。
馬鹿にしてるのか。
警兵長は中身もろくに改めず、春画本を庭先に放り捨てる。
†スグリ†
スグリは気配の変化に目を開けた。
時間の感覚はすでになかった。
窓の外が明るいので、朝なのはわかる。
祈りの間に籠もって、二日目だろうか。
「……?」
それにしても、窓から差し込む光がおかしい。
キラキラと強まったり弱まったりを周期的に繰り返す。
人為的な印象を受ける。
「どなたかいらっしゃるの?」
声を掛けると返事があった。
結ばれた紙が格子の隙間から投げ込まれる。
きしむ体を動かし、手紙を拾う。
こんなことが書かれていた。
直轄地の門番に領主暗殺の報を告げる者がいる。
しかし、門番は警兵長の子飼いなため、このままでは殺されてしまう。
なんとかして救い出し、証言を得て欲しい。
差出人は"零”となっていた。
零の名は兄から聞いていた。
忍びの一族の末裔だ。
彼らは兄を守るために同行していた。
結界のために屋敷に近づくことはできないが、今も周辺にいるのだろう。
しかし、何のために手紙をよこしたのか?
……兄が寄越した?
いいや、違う。
兄は自分を信用していない……。
頼ってくるはずがない。
手紙は忍びの独断なのだろうか。
あり得る。
兄と連絡を取ることができないから、スグリを頼ったのだ。
忍びは結界の外に追いやられ、中の様子を窺い知ることができない。
兄が室内にこもっているのなら、外からでは何の行動も起こせない。
……だとしたら、残念な話だ。
自分の主が巫女を信用していないと知らないのだろう。
「……ううん、そんなことより大切なのは手紙の方ですわ」
領主暗殺に関して何らかの情報を持つ者が直轄地を訪ねている。
見過ごせない内容だった。
状況を打開する手がかりになるだろう。
ただ、真実という保証がない。
暗殺計画は随分と手が込んだ策だった。
人間王に罪を着せるとは言え、すでに天上人が四人も亡くなっている。
領主直轄地でここまでの狼藉を働けば、もはやあとに引くことはできない。
相応の覚悟を持って、敵は臨んでいる。
巫女を邪魔だと判断して遠ざけるのは、十分、あり得る話だ。
信じるか否か。
いや、仮に信じたとして、自分に何ができる?
今から屋敷を抜け出し、検問に出向くのか?
馬に乗っても到着には一日がかかる。
兄に残された時間が二日だから、往復すれば、時間切れだ。
それに賭けるのか。
悩んでいると、二通目の手紙が舞い込んできた。
こう書かれていた。
『我らは王を救いたい』
……。
そう来たか。
情に訴える辺り、罠かもしれない。
罠の方が可能性が高い。
だから、行こうとスグリは決めた。
兄のあの性格であるならば。
あんな破天荒な人間に付き従うならば。
従者もまた同様の性質を持ってしかるべきだ。
この手紙から伝わってくるのは本物の熱意だ。
懸けてもいいと思わせる。
それに、犯人が外にいる、という指摘は盲点だ。
スグリは直轄地しか知らない。
そこで世界が閉じていた。
だから、気づけなかった。
悪意を持った誰かが外から来る。
その発想は犯人の不在を完璧に説明する。
行くと決まればやることは一つだ。
速やかに祈りの間を抜け出すと、巫女の変装を説く。
衣装一式を風呂敷に包むと、早朝の人手が薄い間隙を尽いて、馬小屋から馬を一頭拝借する。
乗馬は母と逃げるときに少しだけ練習した。
検問まで一日。
スグリは大博打に打って出る。
†ジン†
今日もまた夜がやってきた。
見張りをつけられ、丸一日を室内で過ごした。
依然として屋敷は静かだ。
外で何が起こっているかもわからない。
食事も離れに運ばれるようになった。
本格的な幽閉だ。
生かさず殺さず。
少し疑問だ。
死刑にするならさっさとやればいいのに。
「確かに変ね。なんで殺されないのかしら」
エリカが言う。
やはり腑に落ちないことらしい。
「罪を着せたいんだったら、さっさと殺すべきなのに」
「もう着せられてるだろ?」
「何かの間違いで覆るかもしれないじゃない。罪を着せる一番いい方法が何か知ってる? 殺すことよ」
死人は何も語らない。
対して、生きてる奴は面倒だ。
動くし、話すし、考える。
「生かしておく理由がないのか」
「それを言ったら領主もだけどね」
領主暗殺が目的なら手負いの領主を放置するわけがない。
確かにそうだ。
「結局、犯人は何がしたいんだ?」
「さぁ……。殺すのが目的じゃないのかもね」
「他にあるか?」
「今回の共生を失敗させるとか……」
「ハービーならやりそうだな」
あいつは毛無しザルとか言ってたし。
「あり得るわね。あの蜥蜴野郎と結託して一芝居ってわけ」
「……エリカ、それ本気?」
カルが聞く。
エリカはため息をついた。
「なわけないでしょ。……側近が領主を怪我させるわけないわ。警兵長と結託した、何らかの目的を持った誰かがいるんでしょうね」
それは誰なんだ。
と思うも、部屋の中でわかるはずもない。
情報が足りない。
犯行の動機も見えない。
なんにせよ、いつまでも待つわけにはいかない。
いつかは打って出るべきだ。
「問題はいつ動くかね」
選択肢は二つある。
逃げるか、戦うか。
前者の場合、スグリを置き去りにする。
屋敷の奥にいるスグリに会うのは、現状、不可能だからだ。
離れの前にいる警兵だけ倒し、逃げることになる。
逃げたあとのことは知らない。
追手が放たれるかもしれない。
多勢に無勢で襲われると勝ち目はない。
後者はどうか。
目的は警兵長を倒すことだが、それには警兵を倒す必要がある。
更に内侍も放っておけば敵になるので倒した方がいい。
つまり、屋敷の全員を皆殺しだ。
殺せば殺されないが、結局、領主が敵になると追手を放たれる。
最終的には危険な道となる。
どっちもどっちだ。
他の道を探したくなる。
「できるなら誤解を解きたいと俺は思う」
「どうやって解くわけ?」
「それは、わからん。けど、領主とはもう少し話をしたい」
共生という道を領主は真面目に考えている。
こんな横やりで話を潰すのは惜しい。
「なら、ギリギリまで待って、……直談判でもする?」
「それがいいかもな」
戦う意志は見せない。
領主と会わせろと要求するだけ。
なるべく、暴力には訴えない。
「明日の朝、行ってみるか。カルも連れて」
「……カルを殺す気?」
「領主は殺さねぇ。わかってくれる」
「あのねぇ」
「僕は行くよ。ジンが行くって言うんなら」
カルが言うと、エリカはため息をついた。
「……好きにすればいいわ」
三人で考えに考え抜いた。
そして、答えはないと結論を出した。
なら、懸けるべきだ、とジンは思う。