20 事件3
夕方。
ジンが屋敷に戻ると、空気がざわついていた。
警兵の往来が激しい。
ジンを見るなり、何かを聞こうとして「こいつは外にいたんだった」と勝手に納得して消えた。
「なんかあったのか……?」
事件の進展だろうか。
そう思って、離れにいるエリカに聞いた。
「驚かないで聞いて。カルが天上人を殺したの」
「は……?」
いきなりそう言われた。
全然意味がわからなかった。
「カルが天上人を殺した?」
「そうよ」
エリカとカルは屋敷に残って調べていた。
別行動だったらしく、エリカもカルの行動は知らない。
聞き込みの最中に中庭で騒ぎがあり、そんな知らせを受けたという。
「……いや、そんなのあるわけねぇだろ?」
「あたしもそう思ったんだけど、……目撃者があまりに多いの。忍びすら、見たって言ってるし……」
「忍びも?」
事件があったのは今日の昼頃。
カルが犯人を見つけたと騒いだ。
内侍や忍びが集まって、逃げる天上人を見た。
そして、カルは衆目の前で天上人を殺した。
短剣で胸を刺したのだ。
一部始終を忍びが見ていた。
身内も身内だ。
嘘をつくとは思えない。
「カルはどこだ。直接、話を聞く」
「いないわ」
「なんで?」
「姿を隠してるからよ。内侍が殺されたあと、どこかに逃げたの」
逃げた。
犯行を認めるも同然の行為だ。
……いや、天上人に掴まったら、真偽に関係なく有罪にされる。
逃げるのが正解だ。
しかし、いつまでも逃げるわけにもいかない。
「警兵長に事情を説明するのが筋だけど、……望みは薄いわね」
領主暗殺を人間の仕業と決めつける奴だ。
カルの件は喜々として取り上げるだろう。
人間は天上人を殺す。
だから、領主も殺す。
そんな無茶を言い出しかねない。
任せてはダメだ。
「俺たちでカルを探すのか?」
「仮に見つかったとしてどうするわけ? 向こうはカルの死刑を要求してくるわよ」
「断るに決まってる」
「目撃者がいる以上、こっちが不利なんだけど?」
人間が天上人を殺す。
バサ皇国の規則に則ればカルは死刑だ。
それどころか親戚もまとめて死刑だろう。
しかし、カルがやってないことを証明すれば問題はないはずだ。
「証拠があったとして、向こうが納得すると思う?」
見たくないものは見ない。
警兵長はそんな態度を取る、とエリカは言う。
……話が進まない。
このままではどう転んでもカルが殺される。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
「カルを探して、匿うしかないわ。真偽を確かめないと動けないもの」
警兵長より先に見つける。
そして、目撃情報を覆さねばならない。
難題に思える。
領主暗殺の容疑だけでも重い。
そこに追加が来るとは思わなかった。
……じわじわと追い詰められている。
そんな気がしないでもない。
とにかく、並行して調査を進めるしかなかった。
†
「策は上々の滑り出しでございますな」
屋敷が騒然としている頃、警兵長の姿は古民家の一室にあった。
古びた家屋は一新され、狭いながらも絢爛な輝くを持つ部屋に変わっていた。
掛け軸の前に座るのはシヌガーリンの当主だ。
彼は過日の成果を警兵長から報告させていた。
警兵長と当主の関係は簡単だ。
当主が金で買ったのだ。
警兵長の血筋は代々領主の傘下にある。
とは言え、規模の大きな派閥である。
末端には彼のような、領主に不満を抱き、かつ、金銭に窮する者もいた。
シヌガーリンにとって、そういった者を探し出し、抱き込むなど容易いことだ。
当主が変わっても、シヌガーリンはベルリカの一大派閥であり、城下町にも多くの駒がいるのだ。
「霊術を使ったことも今のところ、露見した様子はありませぬ。領主も人間を断罪せざるを得ないでしょう」
「お前の仕事は人間を生きて俺の前に運ぶことだ。刑をそそのかすのはよいが、執行を偽って連れ出せ。わかっているな?」
「もちろんでございます。領主の隔離も成功しております。その点は抜かりないかと」
領主暗殺は元より偽装だ。
爆薬で領主が死ぬとは思っていない。
むしろ死なれては困る。
シヌガーリンの策は領主を床に伏せさせることにあった。
動けなければ、領主の耳に入る情報も制御可能だ。
内侍長を恫喝し、屋敷の主導権を奪う。
こうなれば、どんな事実も意のままに作れる。
たとえば、こうだ。
人間王の従者が罪もない内侍を殺害した。
その人間は内侍を脅迫していたに違いない。
「しかし、領主は未だ立ち上がることもできない様子。殺すなら今かと思いますが?」
「ならぬ。領主もまた人間と同罪だ。安易な死など与えるな。我が眼前に連れ出し、嬲り殺しにする」
「仰せのままに」
現当主も父上にそっくりだと、警兵長は思う。
彼らは趣向を何よりも善とする。
そのため効率や合理性を度外視した行動が多い。
……父上も、そのために破れたと聞く。
二の舞にならねばよい、と諫言すべきか。
一瞬だけ考え、言葉を飲み込む。
警兵長にとっては、当主の逆鱗に触れる方が恐ろしいためだ。
「報告が済んだのなら屋敷へ戻れ。引き続き最善を尽くせ」
「はっ。仰せのままに」
警兵長は静かに屋敷をあとにする。