13 直轄地2
2019/03/03 誤字脱字修正
直轄地そのものが、俺が人間を愛している証拠。
それが一体何を意味するか。
手がかりは人口にあるという。
直轄地には十万人もの人間が住む。
対して天上人は十数人しかいない。
この広大な土地にわずか十数人だ。
それが何を意味するか?
「この直轄地は、俺が作った人間のための土地なのだ」
領主ナグババは人間の国を作ったというのだ。
直轄地では、税の徴収、土地の管理、司法、立法、すべてが人間に任される。
そこに天上人は一切の口を挟まない。
だが、なんのために。
にわかには信じられない。
人間と天上人の共生が目的だとしたら、少しずれている。
「なんで人間しかいないんだ?」
共生は人間と天上人が共に暮らすことのはず。
人間だけの国は共生とは言えない。
「あえて人間だけにしているのだ。理由は二つ、うち一つは人間の自立だ」
共生の成った世界では、人間と天上人は対等だ。
片方がもう片方の奴隷であってはならない。
しかし、現状、バサ皇国の人間はすべてが奴隷だ。
奴隷のままでは自尊心が芽生えない。
それでは対等な関係など到底無理だ。
故に、まずは人間だけで暮らし、人間であることに誇りを持ってもらうこととしたそうだ。
「二つ目は天上人側の問題だ。残念なことに、大半の天上人には人間の共生する意志はない。故に天上人の教育が必要だ。これには時間がかかる。共生はこの地を拠点に始めるつもりだが、入植を始めていないのはそういうわけだ」
領主は壮大な計画を語る。
第一段階で人間を自立させ、第二段階で一緒に住ませる。
直轄地はそのために使うというのだ。
「けど、実現できるのかしら? 天上人の説得はどうしてるわけ?」
「領主一族から順次交流を持つ予定だ。実は身内には話をしていてな、協力してもらえることになっている」
「領主一族から? あり得ないわ……」
エリカは絶句していた。
顔が偉いことになっている。
無理もない。
ローボーを基準に考えれば、確かにあり得ない話だからだ。
理屈の上では、天上人もいろいろな奴がいる。
全員が共生を拒否するわけではない。
言葉にすればそうだ。
しかし、気持ちが受け入れられるかは別の話だ。
ジンも領主の話を完全には飲み込めていない。
「いつからこの町はあるんだ?」
「領主になってすぐに作った。十年は前だな」
十年は長い。
植えた果樹から収穫できるくらいだ。
そして、証拠という見方をすると決定的だ。
もしジンの炎が狙いなら、十年も前から人間の国など作らない。
その頃、ジンはまだ炎を手にしていなかったのだから。
だとすると、スグリを助けたのも完璧な善意だ。
そう考えると、領主が人間と共生を望むのは本心な気がしてくる。
今まで見てきた天上人と、全く姿が重ならない。
人間を搾取し、使い潰すのが天上人のはず。
理屈ではわかっても、感覚的には納得できない。
「ダメだ。わからん」
エリカの肩を叩いた。
「何がわからないの?」
「俺にはあいつがいい奴に見えるが、本当のことはわからん。あとは任せた」
「最初からあんたに期待してないから平気よ」
面と向かって言われた。
少し悲しい。
直轄地の来歴を聞いたあとは、実際に一番街を見て回る。
領主の先導で商店街を歩いた。
少し行くと住宅が増え、人通りも落ち着いてくる。
一つ一つの家が心持ち大きめに見えるのは、元は天上人の家だったからだろうか。
聞いてみると、
「あぁ、ここは元々天上人が住んでいたからな」
「そいつらはどうしたんだ?」
「全員、追い払った」
人間の町を作るために。
何人住んでいたかは知らない。
しかし、人間のために追い払うなど、やることが大胆だ。
「どうやって追い払ったわけ? 人間の町を作るなんて、誰も納得しないと思うけど」
「それはだな。……うむ。ハービー、これ言っていい奴か?」
「普通、領内の恥部を晒すことはありませんね」
領主が尋ねると、ハービーは真顔で答えた。
「まぁ、恥ずかしい部分はあえて見せねば信用は得られんからな。教えてやろう」
「今、なんで私に聞いたんですか?」
ハービーが真顔で怒る。
が、領主はそれも無視して、
「追い払う理由は単純、為政者の横領だ」
直轄地にも昔は知行政がいたらしい。
そいつが悪い奴で、先代領主の頃からアピョーを横領していたらしい。
売れば高い金になるため、かなりの額を懐に入れていたそうだ。
先代の頃は、知行政が証拠を隠滅したり、分家筋の有力者に賄賂で取り入ったりしたため、先代も裁くに裁けなかった。
それを領主が代替わりした瞬間にバッサリと切ったという。
全員を裁いて見せたあとで、領主は天上人の管理を廃した。
天上人を介するから不正が発生するのだ、と。
だったら、人間だけにやらせればいい、と。
建前はあくまで再発防止だ。
人間の自治区を作ると言えば不満爆発だが、汚職を防ぐためと言えば説得力が出る。
諸侯は領主の強い怒りに震え上がるも、ついに真の目的には気づかなかった。
「いきなり天上人がいなくなって問題はなかったのか?」
「あったとも。しかし、それは俺が語ることじゃない。本人から聞くべきだ」
領主は足を止める。
大きな屋敷の前だった。
そこは首長の住む家だという。
首長は直轄地の人間代表に当たる。
一番街から十番街までに町長がおり、首長は町長を束ねる立場だ。
つまり、事実上、直轄地を治める者と言っていい。
ハービーが家人を呼ぶ。
間もなく剥げた男がやってきた。
歳は五十過ぎ。
頭が寂しい割に眉毛がたくましい。
名前はスカルノ。
この男が首長だそうだ。
「これはこれは領主様! お元気そうで何よりです!」
「そちらも息災のようだな。こちらは客人だ。町を案内して欲しい」
「案内ですか! 見るところなんかありませんが……。それより、来るってんなら言ってくださればよかったのに。町を上げて歓迎したものを」
「ははは、いつも言っているであろう。そんなものは不要だ」
スカルノは領主とも気兼ねなく話す。
親子ほども背丈が違うし、種族も違う。
並んでいると変な感じだ。
「で、具体的に何を見たいんです? 何もなければ一周しますけど」
「それでいいだろう。道中、苦労話でもしてやってくれ」
「それじゃそんな感じで」
言って、スカルノはぶらぶらと歩く。
首長だが、偉そうな感じはない。
しかし、通行人がこぞって挨拶してくるので、顔は売れているようだ。
「兄ちゃんたちは、あれだな。偉い人間だな」
いきなりそう聞かれた。
間違ってはないので、そうだ、と答える。
「ここを見てどう思った?」
「人がたくさんいて、みんな元気だ。いいところだと思う」
「そうだろう、そうだろう」
スカルノは自慢げに肯く。
「ここは栄えてるんだ。なぜかわかるか?」
なぜか……。
そう聞かれると困る。
活気があるのは見ればわかる。
だが、なぜ活気があるかと聞かれるとわからない。
「天上人がいないからか?」
「惜しいな」
エリカも首を振る。
外見は人間国とさして違わない。
「ものがたくさんあるからだ。商品がなけりゃ、商人は暮らせない。娯楽だって生まれない。豊かさはものがあってこそなんだ。で、豊かさはどこからくるか? 年貢だよ」
「年貢……?」
「年貢がない。それだけで、こうも豊かになるんだ。だから、惜しいって言ったんだ」
直轄地には天上人がいない。
だから、年貢がない。
それが十年も続けば、蓄えに余裕ができる。
余裕があれば人間は次々と新しいことを考え始める。
その結果が今ということらしい。
人間国に似ている。
今年の年貢が免除されただけで多くの人間が救われた。
「けど、直轄地である以上、年貢が全くないわけじゃないでしょう?」
「払うものは払ってるよ。年貢はアピョーで納めるんだ」
エリカが聞くと、首長はそう答えた。
米に比べればアピョーの量は微々たるものだ。
しかし、単価が高いので、それだけで直轄地全土の年貢を賄えるらしい。
「それで米は全部自分たちで使えるのか」
「そういうわけだ。アピョーの農家には米を無償でくれてやる。そうやって成り立つんだ」
スカルノは他にもいろいろ話してくれた。
特に自治区になってからの苦労話は面白かった。
天上人の不在は多くの変化をもたらした。
第一の効果は、人間の寿命が伸びたこと。
無茶な労働が減り、食事が行き渡るようになった。
年老いても処分されないし、卵の苗床にもされない。
必然的に働ける人数が増えた。
知識も貯まるようになった。
もちろん、良い変化ばかりではなかった。
管理者の不在は混乱を招く。
規則を作り、遵守させるところが始まりだった。
町を単位に決まりごとを統一。
町には農村を紐づけ、農家は特定の町としか取引できないようにした。
町同士の連携も一つずつこなしていった。
「全然、なってないんだよ。最初の頃は。ほとんど助け合いだった」
規則にない事態は次々に起こる。
ないからといって、見なかったことにすることはできない。
本当に、助け合いの気持ちだけが頼りだった。
自分が損するとわかっても他人を助ける。
今度は他人が損してでも自分を助けてくれる。
未熟な町はそうして問題と向き合ってきた。
町の東西にある高札場もそうだ。
規則や注意事項は人目につく場所へ掲載する。
文字が読めない者には話して聞かせる。
それだけで揉め事が減ったそうだ。
もちろん、当事者で解決できない問題もある。
対策としてスカルノは番組という組織を作った。
詰め所を設置し、揉め事や事件があったら出張する。
そして、第三者の視点で解決する。
彼らは見張りや警備の役目も追うという。
「権力を集中させたら危険じゃないの?」
エリカが質問すると、スカルノは首を傾げ、
「何のことかは知らんけど、番組は問題ないよ。番組は鉄刀と縄の携帯が許されるんだ。それが誇りなんさ。皆、誇りを汚しちゃならねぇって、真面目にやってるよ」
「……! ふぅん、そういう仕組みなのね」
エリカにはわかったらしい。
たぶん、うまい仕組みなのだろう。
「天上人の奴隷はどうしてるんだ?」
興味本位で聞くと、スカルノは首を振って、
「彼らは天上人様の奴隷であることに固執した。どうにも一緒には暮らせなかったから、閉じ込めてるよ」
そこはどの町も同じのようだ。
人間国だけでないとわかって、ジンはちょっと安心した。
十年かけて、少しずつよくしてきた。
それがこの自治区だ、と首長は言う。
歩きながら解説を聞く。
田畑や職人街も少しだけ見た。
どの場所にも天上人の町にはない活気があった。
新しい秩序もしっかりと根付いている。
人間国よりよほど国として完成している。
天上人がいないだけで人間は幸せになれる。
目的は間違っていなかった。
その証拠がここだ。
人間国もやがてはここのようになるといい、とジンは思う。
「さて、難しい話はこれくらいにして明るい話でもしませんか?」
スカルノが提案して、町巡りは一旦終わりになった。
これを領主の努力と言うのなら、確かに大きな成果だろう。
まだ判断はできないが有意義な見学だった。
首長の家に戻ると、速やかに居間に通された。
頼んでもいないのに次々と料理が運ばれてきた。
「素朴な味こそが胸に染みる! うまい!」
領主は早速、杯をあおる。
明るい話とは、要するに酒らしかった。
「そっちの偉い兄ちゃん、どうよ」
スカルノが酒を勧めてくる。
エリカを見ると、お前は呑むな、と目で言われた。
なので、仕方なく果実の絞り汁をもらう。
「さ、食べてくれ。うちの自慢だ」
料理が鍋ごと運ばれてくる。
中身は肉と野菜を煮込んだものだ。
切り方が大雑把でこぶし大もある大根が入っている。
クムローという料理らしい。
「うまいな……!」
単純な味だが素材がよかった。
野菜と肉をふんだんに使った料理がまず贅沢だ。
人間国では、まだこれほどの余裕がない。
食事と言えば米が中心だ。
「いいところだろう、ここは」
首長が笑顔で言う。
その顔には、確かに町を治める者としての誇りがあった、と思う。