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12 直轄地1

2019/03/03 誤字脱字修正


 海沿いの街道を東へ。

 ジンを乗せた馬車は数日に渡って移動を続けた。


 見えてきたのは、何の変哲もない草原。

 何もないが、そこはもう領主の直轄地だった。


「検問もございましたでしょう? 許可のない方は入れないんでしてよ」


 馬車は一刻ほど前に検問を通過していた。

 鄙びた街道に厳つい門が作られていて、何事かと思った。

 見た目はただの田畑でも許可なく立ち入れば厳罰に処されると言う。


「結構、広いんだな。囲いが遠くまである」

「あちらに見える山まで全部直轄地なんですのよ」


 スグリが示すのは靄のかかった山だ。

 歩いて数日はかかりそうな距離だ。


「これが全部領主の持ち物なのか……」

「もちろんですわ。兄さまの国も何百個も入りますのよ」

「だろうな」


 なんなら、この草原だけで事足りるだろう。


「領主はここで何をしてるんだ?」

「主にアピョーの栽培ですわ。湿った山で取れるんですの」

「アピョー?」


万能薬(テアリカ)の原料になる植物ですわ。万能薬(テアリカ)は知ってますの?」

「一応な」


 ジンも使ったことがある。

 ソテイラに助けられたとき、奴隷の女に呑ませてもらった。

 痛みが消えて、ふわふわした気分になる奴だ。


 万能薬(テアリカ)は直轄地以外での栽培が禁じられている。

 利益を独占し、領主の力を保持するためだという。

 私有地と言いつつ、用途は金稼ぎなわけだ。


「もちろん、それだけではございませんわよ? ふふふ」


 スグリは意味深な言い方をした。

 話したいけど黙ってる感じだ。

 領主が用意した証拠というのは、見たら驚くものなのか。


 もしこれが罠なら、とジンは想像する。

 笑顔のスグリ。

 渡される箱。 

 開けたら中から穢魔がバァ!

 それは嫌だ。


「それより、外の方は馬車に乗らなくていいんですの?」


 スグリが窓の外を見る。

 馬車と並走して数頭の馬が走っていた。

 同行した忍びが乗る馬だ。

 スグリが別の馬車を手配したが、彼らは外が見えないからと断っていた。


「残念ですわ……。忍者とお話したかったのに」

「そうだよなー! 忍者は気になるよなー!」

「えぇ、忍者ですわ!」

「忍者! 忍者!」


 楽しい旅路だ。



 二日ほど走って、馬車は町についた。

 直轄地の中枢、一番街だ。

 直轄地の町は全部数字で名付けられる。

 一番から十一番まであるそうだ。


「みんな顔が明るいな。いい町だ」


 街道を往来する人間は身奇麗で、生き生きとしていた。

 天上人の姿が見えないのは人間街だからだろうか。

 これだけ設備が整っていて人間用とは、さすが直轄地だ。


「ふふ、すばらしいでしょう?」

「スグリもここに住んでるのか?」

「えぇ、一番街には領主様の屋敷があるんですの」


 スグリが住むのもそこだ。

 まずは、屋敷を目指す。


 長旅の疲れを癒やしたら、いよいよ共生の証拠とやらを見に行く。

 領主は先に出立したので、屋敷で待っているはずだ。


 やがて馬車は屋敷の前で止まった。

 知行政の屋敷と違い石塀で囲われた頑丈な作りだ。


「兄さまは後ろを向いていてくださいまし!」

「なんで?」

「着替えるんですのよ!」


 別に妹だからいいだろと思うが、カルに首を捻られた。

 痛い。


「もう大丈夫ですわ」


 振り向く。

 スグリがえらいことになっていた。


「お前、それ……!」

「えぇ、天上人ですわ」


 スグリは頭に猫耳をつけていた。


「尻尾もございますのよ」


 着物を翻してみせる。

 尻尾を通す穴があるらしい。

 長い尻尾がひらひらしていた。


 天上人の女は男と違って毛深くない。

 臭いは衣類でごまかせるし、耳と尻尾をつけて薄布で顔を隠せば、変装としては上出来だ。

 上出来だが、普通はこんなことをしない。

 バレたら天上人が黙っていないからだ。


「なんで変装なんか……」

「わたくし、直轄地では猫の天上人として振る舞ってるんですの」

「な、なにぃ?」


 曰く、スグリは精霊が遣わせた巫女。

 そう吹聴されているようだった。

 領主とスグリの運命的な出会いを脚色したのだ。

 ただ、あくまで天上人に向けた噂である以上、巫女が人間だと都合が悪い。

 そこで変装というわけだ。


「無茶し過ぎだろ……」


 変装がバレたらスグリは殺される。

 領主だってただではすまない。

 下手をしたら暴動が起こる。


 そうまで巫女をする理由が見えない。


「運命だったから。領主様はそうおっしゃってますわ」

「運命って……。領主ってのはぶっ飛んだ野郎だな」


 領主がますますわからなくなった。

 なぜスグリを巫女にしたのかも聞いていないし、あとで深堀りしないといけない。


「ところで、一つ聞いていいかしら?」


 エリカが口を挟む。


「変装を知ってるのは誰?」

「領主様と側近のハービー様の二人だけですわ」

「……それだけ? 従者は?」

「いませんもの」


 巫女のときは、誰も近づけさせないらしい。

 そうやって秘密を守っているのかもしれない。


「ふぅん」


 エリカはそれだけ言って黙った。

 疑ってるぞ、という気をひしひしと感じる。



 馬車を降りて、屋敷の中へ。


「よくぞお帰りくださいました、巫女よ」


 門の前に蜥蜴の天上人が待っていた。

 三人組で、真ん中の一人だけ服装が違う。

 偉いのはわかるが背は高くなく、ジンよりも低い。


「あなたは?」

「申し遅れました。我が名はトゥーソン・ブトゥキー。新たに警兵長に任命されました」

「そうなのですか? 私は聞いておりませんが。オンゴイの差配ですの?」

「もちろんでございます。何分、任命が急でしたので、通達の暇もなかったのでしょう」


 スグリにとっても初対面の相手らしい。

 関係ない話なので、気にしないことにする。


 前庭は手の混んだ庭園だった。

 ローボーの屋敷に比べると努力を感じる。

 あちらを大自然とすると、こちらはきちんとした庭だ。


「一、二、三……、ふむ、結界の通りですな」


 入り口で警兵長が腕にはめた器具を眺める。


「……警兵長、いつの間に結界を?」

「先日でございます。人間がやってくると聞いて、急遽、取り付けました」


「客人をお迎えするのですよ? 無礼とは考えなかったのですか?」

「しかし、内侍長の許可はいただいております」


 警兵長はすまし顔だが、意地の悪い優越感が滲んでいた。

 誰もが歓迎という空気ではないようだ。


 その後は幾ばくかの悶着が続き、とりあえず外へ行くことになった。


    †


 屋敷の外は至って普通の町並みだった。

 人間国で言えば、人間街の雰囲気だ。


 桶に野菜を入れて売り歩く男。

 荷を括り付けられた馬の隊列。


 通りの両脇はずらりと店が並ぶ。

 呼び込みも激しく、掛け声が飛び交う。


 スグリは残念ながら屋敷で留守番だった。

 巫女が勝手に歩くことは許されないためだ。


「ねぇ、ジン。この町、どこか変じゃない?」

「やっぱりそう思うか?」


 カルの疑問にジンは肯く。

 一番街には違和感があった。

 うまく言えないが、普通とは違う。

 答えは見えているのに、気づけない。

 そんなもどかしさがある。


「……わかった。ここ、天上人がいないんだ」


 カルが正解を言い当てた。

 そう、一番街はどれほど歩いても天上人の姿を見ないのだ。

 一等地に構えられた商店街にも人間しかいない。

 領主の屋敷を町の中心とするなら、その周辺は天上人の住まう区画のはずだ。


「どうなってんだ?」


 わからぬまま歩く。

 すると、遠くから声をかけられた。


「おぉい! こっちだ、こっちだ!」


 町中で頭一つ抜けた存在がいた。

 領主とその側近だ。


 側近はガレンの城でも会ったことがある。

 領主に皮肉をぶつけていた鹿の天上人だ。


「こいつの紹介がまだだったな。こいつはハービーだ。俺の側近だ」

「ご紹介に預かりましたハービー・ボリアスにございます」


 礼儀正しく頭を下げる。


「昔からの馴染みでな。今も片腕として助けられてる。優秀だが、領主に敬意を払わないのが難点でな」

「何を言うんですか、あなたのことは尊敬していますし、一生ついていきますよ」

「こういう冗談を言う奴なのだ」


 冗談だったのか?

 部外者にはわからない。

 でも、確かに、ハービーは真顔過ぎて、考えが読めない感じだ。


「俺はジン。人間の王だ」


 手を差し出すと、ハービーはそっと握った。


「よろしくお願いします。人間であっても、歓迎するように言われています。今日から私をあなたの友だと思ってください」

「いや、友達だと思うのは無理だなぁ……。俺は戦いに来てるわけだし」


「譲歩してやってんだから、肯けよ。毛無しザルが」

「えっ!?」

「おっと、失礼。心にも思っていない言葉がなぜか口から漏れました。不思議な事もあるものですね」


 ハービーは白々しく言う。

 やっぱり、こいつは敵でいいかな、とジンは思う。


「よし、仲良くなったところで案内人のところへ行こうか!」


 そして、こいつ(領主)は全然話を聞いていない。


「案内人ってどういうことだ? お前が見せる証拠ってのはなんなんだ?」

「なに、気づいてなかったのか?」

「気づく?」


 ここに来るまでにあったのか……。

 だとすると、まさか……。


「この町こそが俺の見せたかったものだ。いいや、町だけではない。直轄地そのものが、俺が人間を愛している証拠だ」


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