TIPS 黒蚊死蟲
黒蚊死蟲はバサ皇国の南方、亜熱帯地域を拠点とする暗殺専門の集団である。
構成員は全員が血族であり、女王を頂点とする階層構造となっている。
古くからバサ皇国の諸侯より暗殺の依頼を受けた実績があり、半ば伝説的な組織だった。
今も暗殺や誘拐の依頼は絶えず、常時、十件以上の依頼が並行して遂行されている。
通常の組織であれば、時期によっては人が出払い、依頼を断ることもある。
だが、黒蚊死蟲にそれはなかった。
偏に、構成員数一万の規模がそれを実現する。
黒蚊死蟲は国家を形成せずとも、それ自体が一つの軍隊だった。
本土の天上人は多く見積もって百万。
うち武官は数万人だ。
対して、黒蚊死蟲は一つの血族で一万だ。
虫氏族がいかに大きな勢力かがわかる。
さて、今回、黒蚊死蟲の一派はベルリカ領主と人間の暗殺依頼を受けた。
領主暗殺は黒蚊死蟲にとっても初の案件だ。
もちろん、人間の暗殺も同様だ。
人間は始皇帝マナロの炎を操るという噂がある。
事実なら確かに一般の天上人では太刀打ちできない。
故に黒蚊死蟲は黒絶死の派遣を決めた。
黒絶死は女王の実子のみで構成される最上位組織だ。
女王は最も濃く精霊の血を受け継ぐ。
そして、血族で最も長く生きた天上人だ。
女王は、その霊術によって、自らの霊術を子へと受け継ぐことができる。
また、女王は他者の霊術を模倣することが可能だった。
その数、実に百を超える。
もちろん、模倣が原本を超えることはないが、百を超えれば、それは一つの力となる。
黒絶死は生まれつき、百の霊術を扱える。
こと戦闘においては相当な優位を持つわけだが、虫氏族の本当の強みは、その数だ。
十を超える配下を従えた黒絶死は容易に町を滅ぼしうる。
並の天上人では、まず、敵わない。
武官を集めなければ、虫氏族は止められまい。
だからこそ、領主暗殺という途方もない案件を受けるわけだが……。
今、黒絶死は道中で人間を狩りながら進んでいた。
狩った人間は適切な時期を見て卵の苗床とする。
戦いが長期化する場合は、卵から帰った次世代の力も使う予定だ。
彼らにとって時間は味方だ。
天上人でありながら、虫氏族は人間よりも早い速度で増えていく。
その数は、そのまま力へと転化される。
始皇帝マナロをして、最後まで御することができなかった唯一の氏族。
それが虫だ。
領主は自らに突きつけられた死の宣告を知らない。
もう間もなく、彼らはベルリカ領主の元へと到着する。
依頼主と落ち合えば、すぐにでも実行命令が下るだろう。
そのときが領主と、そして、人間王の最後の日だ。