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6 町2


 シャムと別れ、ジンは人間屋に向かった。

 人を探していることを告げると、シャムは人間屋を探せと助言をくれた。

 首輪のない人間が向かう先は大きく二つある。


 ひとつが人間屋。

 商品にされる道だ。


 もうひとつが収容所。

 こちらは罪を犯した人間が送られる場所で、死ぬよりつらい労働をさせられる。


 ヒヌカは争いを好まない。

 いるなら前者だろうと当たりをつけた。


「これ、持って行って」


 シャムはジンに握り飯と青い石をくれた。


「お腹が空いてるように見えたから」

「よくわかったな。この石は?」

「私とおそろい。天上人様が私を作るときに一緒に作ったんだって」


 言っている意味はわからない。

 でも、気持ちは伝わった。


「ありがとう。大切にするな」


 ジンは石を受け取り、懐にしまう。

 そして、飯を食いながら人間屋を目指した。


 移動がてら町を観察する。

 まず、建物の作りだ。

 大半が木造の家。

 全体的にバランガよりも二回りほど大きい。


 道は建物の間に作られ、十字に交わる部分が点在する。

 バランガでは考えられない密集度だ。

 そうした町並みが、見通しの利く限り続いていた。


 軒先に看板を出す家もある。

 シャムの言う”店”だ。

 あそこでは何某かの商品を売る。

 店主も客もどちらも天上人だ。


 次に天上人を見る。

 往来する天上人は皆、動物に似ていた。

 熊、豚、鳥、蛇……、数えきれない種類だ。

 普通の動物なら、それらが共に生きることはない。


 だが、天上人の場合は種族によらず、会話ができていた。

 羊と狼が談笑しているのは奇妙な光景だ。

 動物の外見をしていても、必ずしも動物と同じではないようだ。


 とは言え、それは例外かもしれない。

 犬は犬同士、蛇は蛇同士。

 同じ種族で集まっている方が断然多い。


 他の種族とも話せるが、基本は身内で仲良くやる。

 そういう感じだろうか。


 体は総じて人間より大きかった。

 男の天上人はジンと比べて二回りは上。

 女の天上人は、人間の一回り差と言ったところだ。


 女の見かけは本当に人間にそっくりだ。

 耳や尻尾、爪といった細かい部分しか違いがない。


 声も言葉も人間と大差ない。

 話している内容もわかる。

 見たところ違いは外見だけのようだ。


 しかし、シャムは人間を作り出す術がどうこうと言っていた。

 なにかあるのかもしれないが、見ただけではわからない。


 最後に人間だ。

 頭があり、手があり、足がある。

 自分との外見的な差は全くない。

 普通の人間だ。


 ただ、全体的に表情が暗い。

 天上人の後ろに従ったり、大きな荷物を運んだり。

 奴隷というのは、嘘ではないようだった。


 驚いたのは、本当に全員が首輪をしていることだ。

 首輪が奴隷の証なら、奴隷でない人間はいないのだ。


 いい加減、認めないといけないのかもしれない。

 信じようが信じまいが、目の前にあるものがすべてだ。

 この町の人間は、皆が奴隷なのだ。


 奴隷とは、つまり、天上人のために働く者のことだ。

 しかも、見ていると、天上人の人間の扱いは相当、ひどい。

 ちょっと歩くのが遅いだけで小突いたり、蹴ったりする。


「代わりなんていくらでもいるんだぞ!」と猫の天上人が怒鳴っている。

 似たような行いは、通りのあちこちで見られた。

 気分が悪くなって、裏路地へ引っ込む。


 深呼吸をする。

 頭が混乱していた。


 普段のジンは勢いで行動する。

 しかし、今ばかりはそうもいかない。


 まず、この町は早めに出た方がよいだろう。

 シャムが言うに、首輪のない人間は野良だ。

 掴まったら売られてしまう。


 次に思ったのは、どこならば人間だけの町があるか、だ。

 ヒヌカを見つけられても、この町で暮らすのは無理だ。

 違う場所に行かねばならないが、それはどこかという問題だ。


 もし、……もしもだ。

 この町の外側も、ずっと天上人が暮らしている場所だったら……。

 その場合、最悪を覚悟しなければならない。


 なんとしても、バランガのような天上人がいない村を見つけなければ……。


 なんにせよ、ヒヌカを探すのが先だ。

 見つけられなければ話が進まない。

 ジンは首元を隠すようにして、裏路地を出る。



 人間屋はすぐに見つかった。

 町外れの寂しい場所にあった。


 天上人を基準に作られた背の高いな建物。

 往来がないのを確認して、ジンは店の中に滑り込む。

 シャムから聞いた通り、正面に番台がある。

 ここで番頭とやり取りをするのだという。


 商品である人間は奥の倉庫にいる。

 ジンは番台に誰もいないことを確認すると、奥へ進んだ……。


 ……薄暗い通路を抜ける。

 ひんやりとした風にかすかに糞尿の臭いが混じってくる……。


 間もなく窓のない部屋に出た。

 部屋というより囲いに近い。

 四方と天井を板で塞いだだけの空間だ。

 にしては嫌に広く、ジンの家が三つは入りそうだった。


 反対側が見えないほどに薄暗い。

 光源は板の隙間から差し込む日差しだけ。

 しかし、確かに生き物の気配があった。


 ジンはためらわずに歩を進める。

 …………やがて、それを見つけた。


 壁際に鎖で繋がれた人間たち。

 男も女も若いのも年寄りもいた。

 皆、別け隔てなく裸にされ、両手を鎖でつながれていた。

 ……誰がこんなひどいことを。


「お前、新しい売り物か? 鎖はどうした? 服は?」


 やがて一人がジンに気づいた。

 皆が声に驚き、続々と集まってくる。

 部屋にこもる臭いが彼らから発せられることに気づく。

 が、ジンは鼻を覆わなかった。

 それはあまりに無礼だからだ。


「俺は町の外から来た。人を探してる。首輪がない人間だ。だから、人間屋にいるかもしれないと思った」

「…………外からだと!?」


 ざわめきが広がる。

 町の外に人間がいたのかと驚いている。

 つまり、彼らは町の外を知らないのだ。


「あぁ、生まれも育ちもここだからね」


 ジンの親くらいの男が言った。

 彼らは皆、この町の生まれらしかった。

 外に出た者もいない。

 そういう資格がないからだ。

 外へ行けるのは、特別な奴隷だけだという。


「奴隷に種類があるのか」

「一応ね。賢くないとなれない奴隷もいるから」


 商人の奴隷がそうだと言う。

 彼らは計算だとか、仕入れだとか、小難しい仕事をする。

 当然、読み書きも必須だ。

 人間の中でも選ばれた者しかなれない。


 逆に読み書きができない人間は腐るほど言う。

 そういった人間は替えが利くので、天上人は奴隷が増えすぎると売る。

 ここにいるのは、そんな事情で売られた者たちだ。


 余ったから売られた……。

 人間なのにだ。

 助けたいと思う。


 だが、左手が痛み始めていた。

 無理だと自分を諭している。


「最近、女が来なかったか?」

「……いや、最近は来ていない。長らく売れ残った僕が言うんだから間違いない」

「そうか、ありがとう」


 次の店へ行こう。

 そう思って、引き返そうとしたそのとき、部屋の外から足音が聞こえた。


 ――――誰か来た!?


 ジンは慌てて壁際に張り付く。

 ほとんど同時に部屋の入口に天上人が姿を見せた。

 豚の天上人だった。


「騒がしいぞ。おめぇらは静かに待ってることもできねぇのか?」

「も、申し訳ありません……」

「んん……、何だこの足跡は……。お前ら、草履を履いてるのか?」


 気づかれた……。

 ……ジンは息を呑む。


「ま、まさか……、持っているわけがありません」

「なら、なんだこれは? まさかとは思うが……」


 豚はじっくり考え、


「ま、外から人間が入ってくるわけもねぇか」


 豚が背を向けて、遠ざかる……。

 ジンは胸をなでおろす。

 ……生きた心地がしなかった。


「助かった、ありがとう」


 小声でお礼を言う。


「なに、君を突き出しても僕らの運命が変わるわけじゃないしね。ん……、君、この石…………」


 先程の男が何かを拾った。

 シャムからもらった青い石だった。

 豚が来た拍子に落としたらしい。


「おっさん、ありがと。それここに来る途中でもらったんだ、シャムって女の子に」

「……そ、それは本当か!?」


 男が肩を掴んでくる。


「あ、あぁ、……本当だ」

「どんな子だった!? 元気にしていたか!?」

「髪は茶色で、……背はこれくらいで…………、あとは左の顔に縦に切られた傷が……」

「あの子だ……、間違いなくあの子だ……! あぁ、生きていた……! あの子が生きていた……!」


 男は唐突に泣き崩れた。

 拾った石を握りしめ、歯を食いしばって泣いていた……。


「おっさん、シャムの知り合いなのか?」


 ジンは男が落ち着いた頃に声を掛ける。

 男はぽつぽつと語った。


「あれは、僕の娘なんだ」

「なにぃ!?」


 まさかこんなところに親がいようとは……。

 …………いや待て。

 シャムはこう言っていたはずだ。


「天上人様が霊術で自分を作った。だから、親なんかいないって……」

「そう思い込まされているんだよ……。あの子が生まれてすぐ天上人様に奪われたから…………」

「じゃあ、人間が天上人に作られた生き物ってのは……」

「そんなのは嘘っぱちだよ。そう言った方が人間をできの良い奴隷にできるから、みんな人間をそういう風に教育するんだ。

腹立たしいけれど、それはもうどうでもいい。生きてくれているだけで僕は満足だ。……本当によかった。…………よかった」


 男は再度泣き崩れる。

 ジンは素直に喜べなかった。


 シャムを思うと胸が痛くなる。

 あの娘は知らないのだ……。

 父親がすぐ近くの店で売られていることも、自分に親がいることも、自分が真っ当な人間であることも。


 何も知らずに自分が人形だと勘違いしている。

 家族がいるのに。


 男はシャムのことを話してくれた。


「同じ屋敷の針子との間に生まれた子なんだ。彼女の母親はいい人だった。

 奴隷同士だから、つらいのはお互い様。彼女の存在だけが癒やしだった。

 そのうち、一緒の寝室になった。

 …………天上人様が自分たち二人に子供を産まさせるために同室にしたんだとは思う。


 けれど、なんと言うかね、……あの出会いは運命だった。

 あの子が生まれたことも、僕にとっては奇跡だったよ。

 生まれたときは、本当にかわいいんだ。

 ……こんな小さな手で僕の手を握って、…………じぃっと見つめてくるんだよ。


 それでね、僕ら二人はこの石ともう一つの青い石をお守りとして、あの子に持たせた……。

 健やかに育ちますようにって…………。

 あぁ、でも悔しいな。あの子が家族を知らないなんて。

 あの子には家族がいる。一人じゃないんだ。


 どこに行ったって、僕と母親が見守っている。

 僕が死んでしまってもそうだ。家族の縁は簡単には切れないんだから。

 僕はあの子を愛している。今もずっと。これからも。


 ……なぁ、君、一つだけ頼まれてくれないか?」


「いいぞ。助けてくれたお礼だ」

「ありがとう……。僕のことをあの子に伝えてくれ。愛していると。見守っていると。僕の願いは、それだけだ」

「わかった。絶対伝えるからな……」


 ジンは着物の袖で涙を拭う。

 ここ二日で何度めかの涙だった。

 最近、涙もろくなっている気がする。

 男は簡単に泣いたらいけないのに……。


「頼んだよ……。これは君に返すよ。君があの子からもらった石だ」

「いい、……これはおっさんが持ってろ。売られても絶対生きろ。絶対だからな……!」


 石を男に押し付ける。

 ……男はしばらく間を空けて大きく肯いた。


 ジンはそれを見届けてから人間屋をあとにするのだった……。


    †


 シャムと出会った通りに戻る。

 あの場所がシャムにとって馴染みのある場所かは知らない。

 しかし、あそこ以外に会えそうな場所を知らない。


 通りには案の定、誰もいなかった。

 見回しても人影一つない。


 代わりに血が点々と残っていた。

 まだ乾いておらず、地面にも染みていない。

 今しがた流されたものに違いなかった。


 血痕は表通りまで続いていた。

 ……まるで血の滴る何かを運んだかのようだ。


 寒気がした。

 何かに突き動かされるようにジンは表通りへ向かう。


 …………そして、見てしまった。


 シャムは宙吊りにされていた。

 首を天上人に掴まれ、足が宙に浮いていた。

 じたばたと苦しそうにもがくが、天上人の手はびくともしない。

 シャムを持ち上げている天上人は、面白くなさそうにその顔につばを吐きかける。


「勝手に食料を持ち出すとはなぁ。赤ん坊の頃から育ててきたのに、人間ってのはつくづく使えない生き物だなぁ」

「ご、ごめんなさ、……」

「いやぁ、一度悪さしたら何度もするっていうしなぁ。うちは信用第一の商売だからなぁ」

「も、もうしませ……」

「うーん。最近、また赤ん坊が増えたし、誰かに上げてもいいんだよなぁ。そうするか」

「や、やだっ……!」


 天上人が手を離す。

 地面に落ちたシャムは苦しそうに咳き込んだ。

 顔がこちらを向いた。

 ……目には何も映っていなかった。

 しかし、ジンの姿を見ると、すがるような色が宿った。


『生きなさい』


 母の言いつけが脳裏をよぎる。

 そうだ。確かにその通りだ。

 生き残ることがすべてだ。

 だが、こうも思うのだ。


 ――――ここでやらなきゃ男じゃねぇ!


「この野郎ッ……、よくもシャムをッ!!」


 裏路地から飛び出していく。

 天上人に向かって全力で走る。

 勝てなくてもいい! 一発でいいからあいつの顔をぶん殴るッ!!


「なんだぁ? ……なッ!? 首輪がない!?」


 天上人がジンに気づく。

 熊の天上人だった。

 無造作に左手を伸ばしてくる。

 それをかいくぐって熊の腹に思い切り拳を叩きつける。


 ……岩でも殴ったのかという衝撃が来た。

 指の骨が嫌な音を立てる。

 目尻に涙が浮かぶ。

 しかし、止まるわけにはいかない。


 右がダメなら左の拳。

 拳がダメなら蹴りを。

 打ち込めるだけ打ち込む……!

 こいつが痛いと思うまで……!


「あなた、どうして……!」

「おい、シャム! 俺はお前の父親に会ったぞ! 人間屋にいた! お前は人間の子だったんだ! 作られたなんて嘘だったんだ!」

「こ、こら、人間! 余計なことを吹き込むんじゃないんだな……!」


 熊はジンの首を掴むと、あっさりと地面から持ち上げる。

 手も足も熊に届かない。

 首を締め付ける腕を叩いても、叩いた手の方が腫れ上がる。


「お前の親父は言ってたぞ!! 愛してるって――――!!」

「お、お父さんが……」

「あぁ、お前には親父がいる! ずっと見守ってるんだ!」


「いい加減に黙って欲しいんだなぁ……!」


 反対の手で顔を掴まれる。

 頭が潰れそなほどの力で握られた。

 叫びたいが口をふさがれて声も出せない。


 けれど、伝えるべきことは伝えた。

 ――――この喧嘩は俺の勝ちだッ!


 熊は口を押さえたまま、ジンに縄を巻いた。

 絞め殺されるほどきつく巻かれ、口に猿ぐつわを噛まされた。


「はー、乱暴な人間だったなぁ。人間はやはり扱いが難しいんだなぁ」


 そして、芋虫のように転がされる。

 熊はしゃがみこみ、ジンの顔を覗き込んだ。


「お前は天上人に反乱したんだなぁ。これは罪だから、お前が首輪をつけていれば持ち主がお前を殺すだろうなぁ。だが、お前には首輪がない。死ぬよりつらい収容所送りというわけだなぁ」

「んんんんんんん……!!」

「そこで頭を冷やして死ぬんだなぁ。それが罰ってもんだからなぁ」


 やがて別の天上人がやってくる。

 熊は彼らにジンを引き渡す。

 引き換えに熊は幾ばくかの銀を受け取っていた……。


 売られてしまった。

 収容所とやらに送られるらしい。

 喧嘩には勝ったが、勝負には負けていた。

 担ぎ上げられ、小さな箱に押し込められる。

 これは、本格的にまずい。


 ――――ありがとう。


 箱の中でそんな声を聞いた。

 だから、まぁいいか、と思えた。


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