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8 城下町3


「うぉおぉおぉおぉ、スグリぃいぃぃい!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁああぁあ!」


 スグリを抱きしめてみる……!

 実体がある!

 生きてる!

 本物だ!


「よく生きでだなぁぁあぁ、スグリぃぃいぃ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁああぁあ!」

「スグリぃぃいぃ!!」

「いい加減に、おやめなさい!」

「うぎゃっ!」


 突き飛ばされた。

 とても痛い。


「王様になったと聞いて、さぞかし立派になったと思っておりましたのに! 少しも成長してませんわね! そこに座りなさい! いい男が泣いて情けない!」


 どつかれて正座をさせられる。

 でも、気にならない。

 むしろ懐かしい気持ちでいっぱいになる。


 涙を拭って鼻をかむ。

 スグリだ。……本物だ。


「皆様、はじめましてですわ。わたくしはスグリ。ジンの妹ですの。兄がご迷惑をおかけして、ごめんなさいですわ」


 スグリは改めて挨拶をした。

 豪華な着物に結われた髪。

 所作にも気品と威厳があった。


「わぁ、ジンの妹なのにしっかりしてるなぁ」

「そうね。こいつよりよほど王族らしいわ」


 カルとエリカが好き勝手に言う。

 けなされているが、むしろ誇らしい。

 スグリはしっかり者だったから。


 と、感傷に浸るのもつかの間。

 ここは敵地。

 敵将の居城だ。

 なぜスグリがいるのか。


「長らく領主様のお世話になっているからですわ。もう三年になるかしら」

「……そうなのか?」


 領主がスグリを世話していた。

 天上人が人間を養っていた、ということか。

 どういう事情があったらそうなるのか。


「場所を変えて話しませんこと? 今宵は部屋を用意しておりますの」

「場所を変えるって……」


 長居するつもりで来たわけではない。

 領主との話も終わっていない。


「参りましょう?」


 スグリに手を引かれる。

 領主を見やるが、引き止める様子はなかった。

 公認らしい。


 宣戦布告に来たわけだが……。

 今はそんな空気ではない。


 エリカや密将も仕方なく従う。

 当初の計画は丸つぶれだ。


    †


 天守閣は屋根に瓦を使い、八つの塔が回廊でつながる。

 そのうちの一つ、天守閣に寄り添うように建つ塔に連れて行かれた。


 広い部屋を襖で仕切り、机を一つ運び込む。

 行灯はないが部屋は明るい。

 橙色の光が壁の裏や天井から放たれていた。


 ……霊術か、あるいは、それに類する何かだろう。

 知行政の屋敷もそうだが、天上人の住居は人間とは趣が異なる。


「不思議な灯りだね」

「あぁ、違う世界に来たみたいだ」

「気に入っていただけたらなによりですわ。お茶を頼んできますわね」


 スグリだけが部屋を出ていく。

 姿が消えると同時に、エリカが爆発した。


「戦いに来た相手に頭下げてどうすんのよ!? あんた、自分が何をしに来たかわかってるわけ!? 戦争しに来たのに、へらへらと!」


 胸ぐらを掴まれる。

 カルが間に入ってくれる。


「仕方ないよ。こんなの想定してなかったし……」

「そうだけど! ……あぁ、そうか。これが狙いだったのね」


「狙いってなんだ?」

「王を懐柔できると踏んでいたから会談に臨んだのよ。肉親を人質に取ってね」

「スグリは人質なのか!?」

「そうに決まってるじゃない!」


 エリカの推理はこうだ。

 領主は人間王の正体を知った。

 肉親であるスグリを見つけ、交渉材料に使おうとしている。


「で、でも、ジンが王になったのは最近だよ? 三年前から保護してるっていうのは、おかしくない?」

「…………それは、」


 カルの言う通りだ。

 スグリを人質にする必要が生じたのは、ジンがローボーを倒したときだ。

 どんなに早くても二ヶ月前。

 三年前から世話になっている、という話と食い違う。


「だからさ、普通に助けてくれたんじゃないかな?」

「それはないわ」


 エリカはきっぱり否定する。

 天上人が何の利もなく人間を保護するはずがない、と。

 その点はジンも同意だ。


 領主は上流の天上人だ。

 位階で言えば、ローボーと同じかそれ以上。

 普通なら人間と接点すら持たない。


 そんな天上人が可愛そうな人間を一人救うか?


「あり得ないでしょ?」


 あり得ない。

 絶対に。


「けれど、スグリは助けられたらしいんだよな……」

「だからこそ怪しいのよ! いいえ、怪しすぎるわ! まずは情報を引き出す必要があるわ。気を許すんじゃないわよ!」


 エリカは強い口調で言う。

 領主相手なら簡単だが、妹が相手だと難しい。

 そんな気持ちが顔に出たのか、エリカに睨まれる。

 ……自信はないが頑張ろう、とジンは思う。


「あら、皆様、どうしたんですの?」


 スグリがお盆を持って戻ってきた。

 人数分のお茶が配られる。


 まずは当たり障りのない話から入った。

 離れには風呂があること。

 城壁より高いため、城下町が一望できること。

 夕日がきれいであること。


「随分、詳しいな?」

「もちろん、こちらにも滞在したことがありますもの」


 そう言えば、鹿の天上人とも対等に話していた。

 領主の側近なら位階は高い。

 人間が話せる相手ではないはずだが、スグリは話せる。


 ……どういう立場なのだろうか。


「いつもは違うところに住んでるのか?」

「えぇ、普段、領主様の直轄地にいるんですの」

「直轄地?」

「領主様の私有地のことでしてよ。素晴らしい場所なんですのよ」

「そうなのか?」


「兄さまが見たら、きっと気を失ってしまいますわよ? ま、わたくしから話すことではございませんが、兄さまがどうしても聞きたいというのなら話さないこともないんですけれど!」


 スグリの顔には、聞いて! と書かれていた。

 自慢したいことがあるのだろう。

 こういうところは変わっていない。


「王は先に聞いとかないといけないことがあるんじゃないの?」

「そうだったな」


 エリカに睨まれ、話題を戻す。

 何から聞くべきか。

 聞きたいことが多すぎる。

 必死に頭を整理して、無難なところから質問した。


「なんでスグリは領主に世話されてたんだ?」

「そうですわね……。まずはその話からいたしましょう」


 聞かれる覚悟があったのだろう。

 スグリは役者のように肯いて、語り始めた。


    †スグリ†


 三年前。


 十歳のスグリは焼け落ちる村を母と共に見ていた。

 火を放たれた家々は夜を赤く染め、逃げ惑う村人は次々と斬られていった。


 母はスグリに暗褐色の着物を着せ、地面に伏せるよう言った。

 伏せるのは煙から逃れる意味合いもある。

 しかし、狙いは身を隠すことだ。


 村は灼熱の地獄だ。

 一刻も早く脱出すべきだったが、母は耐える方を選んだ。

 棚田の段差に隠れて移動し、村の奥の崖へ向かった。

 そして、崖のくぼみに身を隠し、夜明けを待った……。


 村を出たのは、天上人の気配が消えてからだ。


 母は地図を持っていた。

 ご先祖が作ったものだという。


 それを頼りに川を下った。

 穢魔に会えば命はない。

 母は御守りの香袋を握り、精霊に加護を祈った。


 そのおかげか、二人は無事、森を抜け出した。

 川沿いに歩くと、町が見えた。

 当然入るものとスグリは思う。

 しかし、母は素通りを選んだ。


 町に行けば捕まるからと母は言った。

 母は外の世界を知っていた。

 ご先祖が残した書物に外の記述があったからかもしれない。


 母は他にも秘密を抱えていた。

 二人が大人になったら話すつもりだったと、母は言った。


「じゃあ、血を残せって話も……」

「えぇ、母さまが王家の直系だったからですわ。蔵に歴史書もあったそうですわ。今はすべて燃えてしまったでしょうけれど……」

「俺も見たことあるぞ。汚い書物と木簡があっただけだけど」

「でしょうね。けれど、他にも書物があったんですのよ」


 血筋は誰にも知られてはならない秘密だ。

 母が入念に隠したのだろう。


「わたくしたちは、ずっと移動し続けました」


 二人は川沿いの農村を転々とした。

 天上人は年貢の徴収以外で農村に立ち寄らない。

 潜伏するには安全な場所だった。


 二人は田畑で盗みを働き、河川で船を奪って、逃げ続けた。

 船を家として、旅をした。

 最初はとにかく南へ。

 山間部は貧しく人間の数も少ない。


 その手の場所は人間同士でもよそ者に厳しい。

 南へ行けば、人間で溢れかえった町がある。

 紛れることも容易だ。


 軌跡を地図に書き込むと、道中にはヒヌカのいたトゥレンもあった。

 しかし、二人は更に進路を南へ。

 窃盗を繰り返しながらの旅だ。

 一箇所に留まることはできなかった。


 また、留まりたいという町もなかった。

 旅は続き、やがて海にたどり着く。

 今度は徒歩で東を目指す。

 イサン地方を抜けサグナ地方へ。

 川を見つけたら船を盗んで更に南へ。


 ある朝、目が覚めたら町のど真ん中にいた。

 夜の間に船が流され、運河に入り込んでしまったらしい。

 入り組んだ運河は迷いやすく、船で暮らす人間も多くいた。


 物資も豊かで活気がある。

 母は初めて、この町がいい、と言った。

 船旅に疲れていたので、スグリも滞在には賛成だった。


 そうして、町で暮らし始めた。

 空き家を見つけ寝床とした。

 盗みはやめて働いて金を稼いだ。

 事件が起こったのは、数日と経たないうちだった。


 天上人に首輪がないことがバレたのだ。

 母は地図と知識を持っていた。

 首輪についても知ってはいただろう。


 だが、手に入れる手段がなかった。

 首輪の売買は当然、違法だ。

 後ろ暗い商人に渡りをつけねばならない。

 あるいは他人から剥ぎ取るかだ。


 母にはどちらもできなかった。

 娘との二人旅なのだ。

 後ろ暗い連中には接触すること自体が危険だった。


 そうして首輪を先送りにした結果、天上人に居場所を売られた。

 捕まったら奴隷として売られるか、収容所送りのどちらかだ。


 追ってきたのは(ワニ)の天上人だった。

 船での逃走は自殺も同然だ。


 母は退路を陸路に取った。

 山へ入り、身を隠そうとした。


 山には手付かずの森が広がっていた。

 人の足では走ることも難しい。


「スグリ、それを捨てなさい!」


 まして、二人の手には野菜が抱えられていた。

 二日働いて初めて手にした食料だった。

 母は捨てた。

 だが、スグリは諦めるのが嫌だった。


 だから、二人は当然のように追いつかれる。

 鰐の手が母をかすめる。

 体勢を崩し、スグリ諸共、崖から落ちた。


 ……死んだように見えたのだろう。

 天上人はそれ以上、追ってこなかった。

 人間狩りの魔手から逃れられた……。


 だが、代償は大きかった。

 スグリはあのときのことをよく覚えている。


 母さま、と叫びながら母にすがりつく自分。

 母の着物を赤く染めていく鮮血。

 血の気を失った指で頬を撫でる母の手。


「もっとそばに居てあげたかったのに、ごめんね……」


 母は弱々しい笑みを浮かべていた。

 母の怪我は自分を庇ってのものだった。

 自分が野菜を捨てられなかったから。

 全部、自分が悪いのだ。


「母さま、死なないで……!」

「ジンを探して……。きっと寂しくて泣いているはずだから」


 それが最期の言葉だった。

 何度、揺さぶっても母は目を覚まさなかった。

 スグリは散らばった野菜を集め、母に供えた。


 そこで力が尽きる。

 もう一歩も動けなかった。


 行く宛もなく生きる希望もない。

 ずっとここにいよう。

 スグリはそう思った。


 それでも、時間と共に腹は減るし、喉も渇く。

 少し歩くと滝の音が聞こえた。

 喉を潤そうと滝の方へ向かう。


 急峻な崖と滝が見えた。

 覗き込んだ滝壺はとても遠かった。

 落ちたら死ぬなと思った。


 漫然と川から水を汲もうとした。

 それだけのことができなかった。

 スグリは足を滑らせ川に頭から突っ込む。

 そこから先の記憶はなかった。


 滝は底が見えないほどの高さだ。

 運よく即死しないにしても、流されて溺れただろう。

 だが、奇跡は起こった。


 スグリは流されていた丸太に引っかかった。

 そのまま下流へと流れていった……。


 そして、幸運が続く。

 川下でスグリを見つけた者がいたのだ。


 ベルリカ領主ナグババ・ベルリカだ。

 場所的には直轄地からやや北へ進んだ街路だという。

 領主は馬車に乗り、直轄地へ向かう途中だった。

 窓から外を眺め、スグリに気づいたという。


 領主は従者にスグリを拾わせた。

 そして、自身の屋敷へと運んだ。


 上流天上人でありながら人間を拾う。

 従者からすれば奇異な行動に移っただろう。


 しかし、領主には裏の顔があった。

 それが人間との共生を望む領主ナグババだ。


「領主様は当時、つらい立場にあったんですの。人間との共生を夢に見ていても、方法が思いつかずに悩んでいたんですの」


 その途中で人間を拾った。

 何かの運命を感じたに違いない、とスグリは思う。

 無論、真意は不明だ。

 スグリを発見する過程は領主しか知らない。


 それから三年、スグリは領主の下で過ごした。

 三年の間に多くのことが起こった。

 全部を説明するのは一晩では足りない。


 今の時点でスグリが語るべきは、領主がスグリを救ったこと、本気で人間との共生を考えていること、の二つだ。

 兄にはそれが伝わればいい、とスグリは思う。


    †


 スグリの話は簡潔だった。

 特に気の利いたオチがつくでもなく、運よく助かったというだけの話だ。

 事実なら領主には感謝したい。


「腑に落ちないわね。ただ、助けられただけのに人間がなぜ三年も領主のそばにいるわけ?」

「……長い話なのですが、わたくしには精霊の巫女(アニー・サセルドーテ)という役割が与えられています」


 巫女は精霊と天上人をつなぐ橋。

 つまりは、祈りや占いを行う役職だという。


 スグリが城に入れるのは、巫女としての役割が与えられたから。

 鹿の天上人とも対等に話せるのも、領主の意向があってのことらしい。


「嘘くさい話ね……」


 エリカは正面から疑ってかかる。

 しかし、苦しい反論だ。

 スグリが豪華な衣装を着ている事実は領主に重宝されている証拠だ。


「自分でも話していて嘘くさいとは思ってるんでしてよ。都合がよすぎますもの」

「ううん、僕は信じるよ。スグリさんは、導かれたんだと思うから」


 カルは言う。

 スグリはたどり着くべくして、あの日、あの場所に至ったのだ、と。

 それは精霊による導きだ。


 人間との共生を願う領主が人間王の妹を救うのだから、導かれたと言われても信じそうになる。

 ジンは左手を見る。

 こいつは、燃やせ、殺せしか言わないが……。

 別の精霊が何らかの気を利かせた、という考え方もある。


 いずれにせよ、わかったことはいくつかあった。

 スグリが領主に救われたこと。

 これは間違いない。


 巫女の話は詳しく聞いていないので判断できない。

 けれど、本当だとジンは思う。

 綺麗な着物を身に付け、領主の側近とも平然と会話ができるからだ。


 とすると、領主が人間との共生を考えている部分も真実だろうか。

 そう思いたいが、エリカは疑っている。


 何もかもが領主の策略! と言いたげな顔だ。

 疑う気持ちもわかる。


 スグリの立ち位置は領主に近い。

 きっと共生を考えてくれ、と言うだろう。


 領主に言われただけだったら、考える余地もなかったはずだ。

 けれど、スグリに言われたら……。

 少しは考えてしまうかもしれない。


 だから、怪しい。

 すべてが突飛過ぎる。


「兄さま、折り入ってお願いがございます」


 考えていると、想像通りのことをスグリが言った。


「と思いましたけど、今日はもう遅いですわね。今日はこの部屋で泊まっていってくださいまし。明日、もう一度お話いたしましょう」


 敵陣で寝ろ。

 里長が聞いたら、白目になって倒れそうな提案だ。


「いかがいたしますかな?」


 密将に聞かれたので、「当然、泊まる」と答えた。

 殺すつもりならいくらでも機会はあった。

 今更、暗殺もクソもない。はずだ。


「危険ですが?」

「怖くて逃げたと思われる方が嫌だ」

「なるほど、明快ですな」


 スグリに伝えると、すぐに布団が運ばれてきた。


「ちょっと話があるんだけど」


 エリカが外を指さしていた。

 楽しそうな話ではなさそうだった。



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