4 人間の国2
三日ほどしてエリカは設計図を完成させた。
それも二つもだ。
例によって、首脳陣の会議で発表される。
一つは超伝導金属を使った電磁砲。
太陽光パネルで発電されたデンリョクをバッテリーに貯め、それを使って使う武器だ。
設計図を見ても、外見が想像できない。
二本の金属が向かい合うように並ぶだけだ。
銃のように扱うらしいが。
「小さい弾が飛ぶのか?」
「小さくない弾が飛ぶわ」
エリカが見せたのは拳大の金属だった。
この重さだと投げるのも難しい。
投げても全く飛ばない。
「計算上、千トルメ先くらいは行くはずよ」
「そんなに? 当たったらどうなるんだ?」
「どうなると思う?」
「……死ぬ?」
「バラバラになるわ」
バラバラになるわ!
とんでもない兵器だ。
「なるほど、これならば天上人でも一撃で仕留められましょう。避けられなければですが」
「避けられるはずないわ。目に見える速度では飛ばないもの」
「……そうなのですか?」
里長もすごさがわかってきたようだ。
こんな金属が目に見えない速度で飛ぶ。
飛距離もあるし、申し分ない威力だ。
「電源はバッテリーだし、使い切っても太陽光パネルに繋げばまた使える。曇ったら使えなくなるのが難点だけどね」
「いや、それを差し引いても弓よりは強いでしょう。二つ目はなんですか?」
「規模の大きな話になるんだけどね……」
エリカは設計図を広げる。
見た目は網。
点と点がつながり、何か流れのようなものが書かれる。
木にしか見えない絵もある。
国の地図もある。
国中の木に線を巻き付けるらしい。
なるほど、わからん。
「これは一体なんですかな?」
「送電網よ。ズイレン一体に電力を供給するわ」
「ほう、例の電磁砲の動力でしたな。どこでも使えるようにすると?」
「いいえ。これは明かりのためよ」
エリカは硝子の玉を取り出した。
見たことがある。
ソテイラの屋敷で天井についていたものだ。
エリカは銅線で硝子の玉とバッテリーをつなげる。
すると、玉が光り始めた。
「おぉ、眩しいですな。なんですか、これは?」
「電球よ。電気を流すと光るの。蝋燭の代わりとして優秀でしょ?」
「確かに……。これがあれば夜でも仕事が続けられますな」
「あたしがしたいのは、まさにそれよ。バサ皇国全体に言えることだけど、明かりがないせいで、民は夜の間に仕事もしないでなまけてるのよ」
「怠けているわけではないと思いますが……。夜は休むための時間でしょうし」
「怠けてるのよ。これからは夜も働かせるわ」
首脳陣が絶句する。
「悪いことじゃないだろ。みんな、夜は蝋燭で針仕事したりしてるし。俺も本が読めるのは嬉しいぞ」
「……さすがは陛下ですな。我らも見習うとしましょう」
「なら決まりね。まずは旧天上街から送電網を整備するわ」
「送電網ってのは、どうやって作るんですかな?」
「細かい話は民を集めてからにしましょう」
電磁砲の製造にも送電網の整備にも人の力がいる。
隠里の面々だけでは回らない。
実力のある職人が必要だ。
その日は、各村や職人たちから代表者を呼ぶ日程を決めて解散となった。
†
数日後に村長や職人の頭領を集めてお披露目となった。
村長は農民の代表、頭領は町工の代表だ。
王宮となった旧知行政邸の庭に集まる。
大体、五十人ほどだろうか。
村長が最も多く、ついで金物職人。
大工も数人いる。
「今日、集まってもらったのは他でもない。王による公共施策の発表のためだ。お前たちにはその協力を頼みたい。心して聞くように」
演台に立った里長が挨拶をする。
手短に済ませ、どうぞと場所を譲る。
説明はジンがすることになっていた。
エリカが作ったのだから、エリカがやればいい。
そう思うが、民に話すのは王でなければならないと、エリカは譲らなかった。
「俺から伝えたいことは一つだ。今回の施策は絶対に国をよくする。協力して欲しいと言ったが、見たら自分から協力させてくれ、と言うはずだ」
ほぅ、と聴衆が興味を持つ。
こういうのは、大げさに言った方がいい。
期待度が高まるからだ。
……とエリカは言っていた。
「一つ目は電磁砲だ。ここに実物がある」
台詞に合わせてカルが恭しく電磁砲を運んでくる。
この日のためにエリカが作ったものだ。
簡単にできるんだなと思ったが、製作は二度目らしい。
銃身は人間の身長ほどもある。
持ち運べないので、移動は台車だ。
当初の予定通り移動砲台となった。
「弾を射出する兵器だ。飛ばす弾はこれだ」
金属の弾を見せる。
多少、調整したが大きさは拳大だ。
村長や金物職人に持たせたり、投げさせたりする。
ちっとも飛ばなかった。
「それが目に見えない速さで飛ぶ。当たったらどうなると思う? そこのお前」
「あっしですか? いや、まぁ、こんなのが当たったら死ぬでしょうなぁ」
「違う。バラバラになるんだ」
「バラバラになる!」
全員が目を丸くする。
そうだろうな、とジンは思う。
つかみは完璧だ。
次いで実演に移る。
ちなみに使うのはジンも初めてだった。
エリカは一人で調整をしていたようで、誰も完成品を見ていない。
緊張の瞬間だ。
「こいつはデンリョクを力にして飛ぶ。デンリョクは、後ろの太陽光パネルから取って、バッテリーに保存する」
弾を所定の位置に置く。
台車の上には射手が横になる部分もある。
射手はカルだ。
横になって銃把に手をかける。
引き金は二種類ある。
充放電を管理するものと、射出用だ。
まずは充電を開始する。
……空気が焦げ臭くなる。
ピリピリしてきた気がする。
「(説明を続けなさい)」
エリカに尻を叩かれる。
うっかり見とれていた。
「今回狙うのはあれだ。ここから百トルメ離れた場所に土の山を作った。その前に木の板があるだろう」
板は十枚。
人が通れるほどの間隔を開けて縦に並ぶ。
厚さは一枚が手のひらほどで、弓矢だと貫くのがやっとだ。
今回は電磁砲がどれだけの威力を持つかの実験も兼ねる。
「準備ができたら撃っていいぞ」
「了解」
カルの周りから人が離れる。
しん、と辺りが静まり返る。
引き金が引かれた。
瞬間、爆音が響いた。
最初は銃身が破裂したのかと思った。
煙や炎が銃身から吐き出された。
と思ったら、すでに砲弾が着弾している。
土煙が上がったので遠くからでもよく見えた。
少なくとも板を割る音ではなかった。
バキではなくてドゴーンだ。
静寂が訪れる。
一拍遅れて、聴衆から歓声が上がった。
「おぉおぉおぉお!」
「す、すげぇ……!! すげぇえええ!!」
板は十枚とも砕けていた。
更には安全のために盛っていた土の山も上半分が吹き飛んでいた。
……初めて見たが、これはとんでもない兵器だ。
「見た通りだ。これなら天上人も避けられない。遠くから一方的に倒せる。お前たちに頼みたいことの一つは、これを量産することだ」
「やらせてくれ! こんな面白いものが作れるなら、いくらでも協力する!」
「俺もだ! あんたに一生ついてくぞ!」
聴衆が盛り上がる。
主に職人に響いていた。
新しい技術の物珍しさもある。
しかし、天上人に勝てるという希望が持てた点も大きいはずだ。
作れば勝てる。
勝てば、豊かになれるのは、今年の収穫で証明済みだ。
「もう一つは何なんですか!? 早く聞かせてください!」
せがまれて送電網の話もする。
こちらも全員に好評だった。
職人も農民も何だかんだで夜は蝋燭に頼る。
服を作ったり、壊れた道具を直したり。
夜は翌日の準備の時間だ。
明るくなれば、一層捗るだろう。
†
そんな感じで、発表会は盛況のうちに終わった。
全体的によい雰囲気が作れたとジンは思う。
民の王を見る目も変わった気がする。
今までは勝手に出てきた変な奴くらいでしかなかったが、具体的な策を打ち出し、初めて長として認識されてきた感じだ。
どれもこれもエリカの手柄だ。
発表会の最後に、これらはエリカが作ったものだ、と言おうとした。
しかし、他ならぬエリカに止められてしまった。
あくまでも王の手柄としたいらしい。
その理由が、まるでわからない。
発表会が終わると、エリカを捕まえた。
うるさい場所だと嫌なので執務室へ。
執務室は入って正面に豪奢な机がある。
王の机だ。
隣には二回り小さな机がある。
エリカの机だ。
おそらく、こっちの机の方が国のためになるものを生み出している。
「話って何?」
「さっきの奴もだけどな。お前、自分でやったことは自分でやったって言った方がいいぞ」
思い返すと、事例はいくつかある。
以前からエリカは手柄をジンに譲ることが多かった。
決して自分の名前を出さないのだ。
「なんだ、そんなこと」
「大切だろ。まるで俺が賢い奴みたいに思われる」
「いいことじゃない。王なんだもの」
「そんなわけあるか」
第一、他人の手柄で褒められるのは気持ち悪い。
「あのね、王には求心力が必要なの。何でもできる超人くらいに思われていた方が、都合がいいの」
「政治的な事情って奴か。なんだ、理由があったのか」
「まぁ、それは建前だけどね」
「……本当の理由は違うのか」
「あたし、あんたの役に立ちたいの」
「はぁ?」
「命を救われたし、セイジとミキも助けてもらった。あの二人は、あたしの大切な友達。だから、あんたには恩がある。あたしは、それを返すために全力を尽くしたいの」
「どうした急に、硬いこと言って……」
エリカらしくない。
ジンの思うエリカは、恩義など感じない。
恩? それって煮たら食べられるわけ?
そういうことを言う奴だ。
「あんたになら何をしてもいい。この身も心も捧げるつもりなの」
エリカは真顔で言った。
冗談の気配がない。
……頭が白くなった。
「い、いきなり、そんなことを言われてもな……! エリカは仲間だし、特別な上下関係とかは……」
「あはは、赤くなってる。驚いた?」
困っていると、エリカは急に笑い出した。
背中を叩かれる。
「からかっただけ。堅苦しく受け取らないでよ?」
「な、なんだー! お前、驚かすなよー! わはは!」
「でも、本気ではあるから」
「はぁ?」
「いいんじゃない? 絶対、裏切らない臣下がいると思えば。あたしって、いろいろ便利でしょ?」
エリカは意味深な言葉を残して、立ち上がる。
本当に変な奴だ、とジンは思う。