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3 人間の国



 人間国ができて二ヶ月が経った。

 季節はすっかり秋で稲も収穫された。


 これまでは年貢で六割が知行政に、一割が地主である諸侯に取られていた。

 しかし、今年は全部人間の実入りだ。

 農民は皆、ほくほくとしていた。


 人間国の範囲は厳密には決まっていない。

 大雑把にズイレンを中心とした穀倉地帯と見ている。

 北東の森や西の山は含まない。

 森も山も収穫があるわけでもなく、人も住んでいないからだ。


 一方で南の草原は広めに見積もっている。

 南方には街道も通るし、見通しがよい。

 そこから攻められると一気にズイレンに到達してしまうのだ。


 ローボーを倒して手に入れただけあって、人間国には敵が多い。

 今も国の四方に天上人の軍が展開している。

 複数の陣営があるようで、互いににらみ合うような格好だ。


 今のところ、天上人が攻めてくる様子はない。

 しかし、いつまでも人間に占領させておくわけもない。

 いつかは戦争となるはずだった。


「今日のところも動きはありません」


 毎朝、首脳陣が集まった会議が開かれる。

 ジンの他にはエリカ、カル、里長と三人将がいる。

 人間国の決定はこの七人で行う。


 役位はジンが国王。

 エリカが宰相、カルは近衛隊長。

 里長と三人将が大臣だ。


 大臣に名前はない。

 内務に関することはすべて密将が行い、軍事は戦将だ。

 忍将は大臣職だが現役の忍びなので政治には関わらない。

 そして、里長はエリカの補佐という役回りだ。


 文官も全員が隠里の人間なので、呼称も従来通りだ。

 民から文官を登用したら、改めて名前を考える必要はあるとのことだ。


 役職を作るだけで大分、国らしくなった。

 内情はエリカが一人で全部を決めるため、ジンは政治に口を出さない。

 元々、そのつもりだったので、周囲も了解済みの采配だ。


「まだ動かぬのか……。何かわかったことは?」

「遠方から見る限りでは何も」


 報告は二ヶ月前から変わらない。

 一応、天上人の軍が二種類いることはわかっている。

 東には薄青の鎧を着た一団。

 西には赤緑の着物の一団。


 装備も違えば、旗も違う。

 明らかに異なる出自だが、どこの誰かは不明だ。

 尋ねようにも聞く相手がいない。


 おそらく、片方は領主の軍勢だろう。

 領土を奪ったのだから、真っ先に出てくるはずだ。

 もう一つは知行政に縁のある者という説が有力で、復讐のために派兵したと見られている。


 で、どちらも動かないのは天上人同士の折り合いがついていないから。

 人間が領土を盗るなど前代未聞だから、上でもめているに違いない。

 ……というのがエリカの推理だ。


 やはり正解かはわからない。

 天上人の動向、思惑、すべてが未知の状態だ。

 危うい状態なのは全員が理解している。


 とは言え、現状でできることは何もない。

 むしろ敵が止まっている間に何ができるかだ。

 この会議もその名目で動いてきた。


「他の議題は何か?」

「依頼していた人口動態調査が気になるんだけど。終わってるの?」


 里長が話を振ると、エリカが答えた。


「こちらにまとめております」


 密偵がやってきて資料を渡す。

 エリカはパラパラと紙束をめくり、何事かをつぶやく。


「総人口は十万少し……、大半が農村部なのね。想定通りだわ」

「エリカ殿。小生は前々から疑問なのですが、民の数など数えて何をする気ですか?」

「何をするにも、政治は民を知るところからよ」

「はぁ。知って何かができると?」

「もちろん。今日から踏み込んだ策を打っていくわ。説明する前に、前提を共有しましょうか」


 エリカが資料を広げ、七人がそれを覗き込む。

 エリカは国民を四種類に分類していた。

 農民、町民、咎人、付人だ。


 まず、農民。

 農村部に住み、天上人と縁遠い人間だ。

 首脳陣と近い常識で生活している。


 次に町民。

 工芸や接待など商用で使われていた人間だ。

 天上人の支配下にあったからか、ちょっと特殊な常識を持つ。

 技能は活かせるが、教育しないと自発的には動かない。


 咎人は罪を犯した人間だ。

 基本的には収容所か女郎宿にいる。

 解放されたあとは職がなく浮浪している。


 最後に付人。

 これは天上人の私生活の世話をしていた奴隷だ。

 位の高い天上人に仕える人間は、他よりも上等な扱いだった。

 そのため、自分を特別な存在と信じ、他の人間を見下していた。


 天上人が消えた今、彼らは廃人か危険人物のどちらかになった。

 頭はいいが国に馴染めず、また馴染む気もない。

 結局、牢に詰め込まれている。


 こんな感じだ。

 比率で言うと農民が八割、町民が一割。

 残りが咎人と付人だ。

 あとは天上街に住む隠里の二百人超を足すと人間国の全人口だ。


「分類して、結局、どうすんだ?」

「この国がすべきことが見えてくるでしょ?」

「たとえば?」

「防衛力の強化よ」


 エリカは即答した。


「人口十万は国として十分に機能するわ。徴兵しても立ちゆくはず」


 徴兵。

 つまり、軍を作るというのだ。


「適切な武装をすれば、それは天上人にとっても脅威になるわ」


 人間を倒すのは、簡単ではないと思わせるわけだ。

 すると、ズイレンを囲む天上人も攻めてきづらくなる。

 侵攻の時期が遅れれば、それだけ人間に有利だ。


「防衛力……、弓の練習をさせますか?」


 里長が聞くと、エリカは首を振った。


「いいえ、呪具(スンパ)で武装するわ」


 呪具(スンパ)

 ソテイラが持っているという不思議な技術の数々だ。

 エリカの武器も呪具(スンパ)だ。

 確かに、あれは強力だった。


「なるほど。しかし、例の天上人がズイレンを出るときに大半を持ち去ったと聞いていますが……」

「ありものを使う予定はないわ。人間国で生産するんだから」

「……ふむ、大掛かりな策ですな」

「でも、それだけの価値はある。重機関銃を持たせて重装歩兵隊を作るわ。下流の天上人では太刀打ちできない軍になるはず」


 天上人では太刀打ちできない。

 その言葉に里長と密将が首を傾げる。


「……本当ですか?」

「もちろん」


 エリカは自信ありげだ。

 二人も、そこまで言うなら、と納得した。


「だとして、誰にやらせるんですか?」

「農民よ。天上人の分まで食料を支えてきたんだから、今後、農民は余るはず」

「確かに……。だとして、戦えますかな?」

「農民にやらせるのは生産まで。戦うのは咎人よ。穢魔の討伐が罰だったんでしょ? 生き残ったのは手練のはず。 呪具(スンパ)の解析は付人にやらせてもいいわ。頭はいいはずだし。恩赦と引き換えにするか、適当な嘘で騙せばやるでしょう」


「……ふぅむ、具体性が出てきましたな。して、その武器の設計図はあるんですか?」

「ないわ。今から探すんだもの」

「へ? 今、持ってらっしゃるのは?」

「これは自動小銃。あたしが扱える程度の武器じゃ攻撃力が足りないわ」


 それでも数秒で土壁を蜂の巣にできる威力がある。

 人間相手だと過剰な暴力になる武器だ。

 確かに天上人相手だと足りないかもしれないが……。


「お前、どんなのを想像してるんだ?」

「台車に固定して動かす砲台よ。車輪を地面に埋めないと反動で吹っ飛んでくような奴ね。有効射程は二千トルメ超。霊術の射程範囲外から一方的に叩けるわ」


 聞いただけで危険な気配がする。

 が、今の時点では妄想だ。

 屋敷を見てあり物で考える。

 何ができるかはエリカの腕次第というわけだ。

 それはそれで面白そうだ、とジンは思う。


 あと二つほど議題を片付け、会議は解散となった。


    †


 知行政ローボーを倒し、建国。

 それから二ヶ月。

 振り返ると、様々なことがあった。


 最初の仕事は、町人に説明することだった。

 なぜ知行政を倒したのか。

 何のために国を作るのか。


 天上人の奴隷だった奴らは、反対の声を上げた。

 元々、まともな生活をしていた彼らは、生活基盤を破壊するなど暴政だ、と言った。

 筋の通った反論をするのもこの層だ。


 対して、人間街の奴隷はどうか。

 彼らは何も言わなかった。

 何が変化したのか理解できないためだ。

 学習する環境がないため、政治が何かをわかっていない。


 結果、意見を言うのはよい暮らしをしていた人間だけだ。

 民意を集めると十割が反対になる。


 町の混乱は大きい。

 鎮めるのが第一だった。

 ジンは毎日のように演説をした。


 人の集まる場所に行き、国を作った、と宣言する。

 人間だけだから年貢がない。

 税金がない。

 自由がある。

 何度言っても奴隷は理解しない。


 演説や説得は性に合わない。

 苦しい日々だった。

 全員が反対してくるというのもつらい。

 ……知行政を倒したのは間違いだったのか。

 そう思うときもあった。


 救われたのは農村を訪問したときだ。

 年貢を払う必要はない。

 そう言ったときの農民の顔は忘れない。

 泣いて喜んでいた。


 来年からは町の人間を食わせるために少し欲しいと言うと、彼らは嫌な顔をした。

 町の人間は食うだけではないか。

 自分たちに何かをしてくれたことはない、と。


 それは一つの気づきだった。

 町の人間は何をしているか。

 主に天上人や人間向けの商品を作ることだ。


 農村向けの商品もあるはずだが、流通は天上人が支配していた。

 これからは流通も人間がやらねばならない。


 足りないものはなにか。

 余っているものはなにか。


 それらを洗い出すところから始めた。

 そして、足りない部分を誰かにやらせる。

 差配は全部エリカがやった。


 いきなり町人を動かすことはできない。

 里の人間が必死に働いた。


 町や農村から代表者を集め、何度も議論した。

 自分たちの国は自分たちで変える。

 その必要性を説明した。


 この辺りは里長や密将の努力だ。

 皆、頑張っていた。


 町人からすれば人間国も天上人の支配下も変わらない生活だろう。

 だが、少しずつ変わっていくはずだ。

 大切なのは仕組みを変えることではなく、意識を変えることだ。


 ジンにもそれがわかってきた。

 ただ、相変わらず政治はわからない。

 エリカに任せきりなのが若干、心苦しい。


 外政のことも考えねばならない。

 知行政を倒し、ひとまずの土地は手に入った。

 だが、バサ皇国からすれば、ほんの一部だ。


 天上人に苦しめられる人間は未だ多く、全員を救う道のりは長い。

 次に解放すべき人間は誰か。

 どの天上人に支配されているか。

 それらを忍びが調べている。


 今、人間国があるのは、

 ベルリカ領の、

 イサン地方の、

 中心都市ズイレンだ。


 手近な土地にはベルリカ領の他の地方がある。

 それらの知行政の動向を調べ、次に倒す敵を決める。

 ジン個人としてはベルリカ領を獲ってもいいと考えている。


 ローボーの上に立つ者だ。

 領主も残虐な天上人に違いないのだ。


 なんにせよ、情報は足りず、判断は保留されている。

 外政は忍びの進捗との兼ね合いだ。

 そんな側面もあり、今は首脳部の全員で内政に力を入れている。

 天上人が攻めてくるまでにいかに国を強くするか。

 課題はまさにそこだった。


    †


 会議のあとは、ソテイラの屋敷へ向かった。

 ここはかつて様々な呪具(スンパ)が開発された場所だ。


 目的は重機関銃の設計図を見つけること。

 なんなら本体があってもいい。

 なければ、武器になりそうなもの全般だ。


 ……とは言ったものの。


「何もないね」

「そうだな」


 無人だからか屋敷は埃臭かった。

 どの部屋も荷物が運び出され、残っているものがない。


「こんだけ広いんだもの。どこかにはあるわよ」


 手分けして探してもよかったが、エリカにしか目利きができないので、全員で移動する。


「へぇ、ここで勉強するんだ」


 机が並んだ部屋にやってきた。

 カルが眺める本棚には、結構な数の本が残っていた。

 一冊手にとってみるが、中身はちっともわからない。


「……デンリュウ? ジキ? なんだこりゃ」

「その辺は教科書類ね。中身が簡単すぎるし、置いてったみたいね」

「これが簡単すぎる……?」


 屋敷では人間奴隷が十歳かそこらでこれを学ぶという。

 ついていける気がしない。


「エリカ、そもそも呪具(スンパ)ってどういうものなの? 形がわからないと探せないよ」

「うーん、必ずしも形があるわけじゃないのよね」

「どういうこと?」

呪具(スンパ)ってのは、突き詰めると技術なの」


 霊術とは系統の異なる技。

 複雑な機構を組み上げ、自然現象を利用し、目的の効果を得る装置。

 それが呪具(スンパ)だという。


「……よくわからねぇな。誰が作ったんだ?」

「それはあたしも知らない。呪具(スンパ)はソテイラが持ってきたものだから」

「あいつが作ったのか?」

「たぶん……、霊術で作ったみたい。原理を知らないみたいだったから」


 実質、所有していただけ。

 原理を明かすのは人間奴隷の仕事だ。

 解き明かされるまでは未知の呪具(スンパ)というわけだ。

 中には原理不明のまま再生産に成功したものもあるらしい。

 変な話だ。


「誰かが精霊が鋳造した宝具だと思う、と言ってたわ」

「精霊か」


 左手の炎も精霊の力だ。

 空の囁きもそうだ。


 精霊というのは何でもありだ。

 宝具を生み出すことも簡単だろう。


「霊術の中には精霊が作った眷属や宝具を召喚するものもあるらしいし、それなんだとあたしも思う」


 戦闘には不向きだが、夢はある。

 実際、ソテイラは呪具(スンパ)を使って出世したと言われる。

 不思議な効果を持つ呪具(スンパ)は賄賂として人気が高かった。

 希少価値も高いし、実用性もある。


 ソテイラは取り入りたい天上人にだけ、呪具(スンパ)を作っていたそうだ。

 そのため、世の中には出回っていないし、滅多に見ることはない。


「部屋にはないわね。蔵に行きましょう」


 話をしながら中庭の蔵に向かう。

 用途不明の呪具(スンパ)が保管されていたそうだ。


「……空っぽだね」

「ま、研究対象だものね」

「他に調べてない場所は?」

「あとは、研究室と……、あぁ、あそこがあったわ」


 エリカは屋根を指差す。


「おー、なんか変なのがあったよー」


 屋根に登ったカルが手を振った。


「よかった。それは重いから運ばなかったのね」

「何があるんだ?」

「太陽光パネルよ。太陽の光を電力に変える装置よ」

「デンリョク……?」


 デンリョク。

 それは目に見えない霊術のようなものだという。

 雷もデンリョクの一種であり、強大な力を持つ。

 太陽光パネルは、そのデンリョクを作る呪具(スンパ)なのだ。


「よくわからねぇけど、強そうだな。武器はできるのか?」

「できないわね。戦闘用じゃないもの」

「なんだ。つまんね」


 その後も屋敷内を探し回った。

 見つかったのは、火の落とされた溶鉱炉。

 野菜の残ったビニールハウス。

 そして、運べなかった資材の貯蔵庫だ。


「やった! 金属がまるごと残ってる!」


 金属は地下に貯蔵されているようで、ほとんど手付かずだった。

 重量が凄まじいので運ばなかったのだろう。

 加工済みなのか、板状だったり、棒状だったりする。

 他にも重いものが軒並み残っていた。


「刀がたくさんできそうだな」

「これはそういうもんじゃないわ。あんたの知ってる鉄とは別物なんだから」

「じゃ、なんなんだよ?」

「抵抗値が限りなくゼロに近い超電導素材よ。非ニュートン流体性を持つ液体金属もある!」

「なんのこっちゃ」


 わからんが、これがあれば武器ができるそうだ。

 しかし、完成形があるわけではない。

 農民に生産させるのは難しいだろう。


「設計図を書くわ。似たようなものを遊びで作ったことがあるから」


 頼もしい限りだ。

 どんな武器ができるか楽しみに待っていよう、とジンは思う。


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