1 会議
第二部始まりました! 今回から、三日に一度の更新ということにします。
茶室には八人の天上人が集まっていた。
部屋の中央にはジリジリと音を立てる蝋燭があった。
窓はなく、湿気った苔のような臭いが充満している。
「で、誰が主催者だ?」
犬の面を被った男が言った。
「……さぁ、私は召集令状に従っただけですから」
七人が顔を見合わせる。
ややあってから猿の面を被った男が答えた。
「お前は?」
「ぼ、僕もです。霊殿に来るよう言われて……」
獅子の面を被った男は懐から書状を取り出す。
霊殿から届く召集礼状だった。
犬もまた全く同じ書状を受け取っていた。
「では、全員が呼び出されたというのか? しかも、仮面を被れなど、茶番にすぎる」
「意図が見えませんな。どんなつもりでそうさせたのか」
猿が探るような目を犬に向けた。
犬は鼻を鳴らし、
「今宵の主催者は私ではないぞ」
「……おや、そうなのですか? てっきりシヌガーリン殿が主催かと」
「私なものか。私なら召集令状など回りくどい真似はせん」
「となると、首魁は皆目見当がつきませんね」
場が疑念に包まれた頃、唐突に声が聞こえた。
『皆様、お集まりのようですね』
部屋の入り口に面を被った天上人が立っていた。
口を尖らせた人間の面だ。
声を変えているのか性別も判然としない。
「何者だ」
犬が問うと、人面は首を振った。
『その問いにはお答えしかねます。この場に集まった者は、互いを知らぬのが決まりですから。ここは本心を語らう場なのです』
「本心を語らう場だと?」
『えぇ、本日お招きした八名の方々は、同じ思いを胸中に秘めてらっしゃるのです。しかし、その思いは決して表沙汰にはできないもの。押し殺してらっしゃる方もいるでしょう。ですが、ここでは隠す必要はありません。思うままに語ればいいのです。仮面を用意したのもそのため……。ここに集った八名は互いが誰だかわからない』
最後の一言は芝居がかった口調だった。
そういう体で話せという指示だろう。
実際、仮面くらいで正体を隠せるはずもない。
事実、犬の面がシヌガーリンだとは、すでに知れている。
天上人にとって視覚は大した情報ではない。
話し方、臭い、皮膚の質感。
遮断できていない情報は無数にある。
シヌガーリンを含め、八人全員が互いが誰かを認識している。
ただ、九人目の天上人だけは依然として正体が知れない。
「要するに、ここでの話は誰が話したかわからない、……噂話程度に考えろということですな」
『そうお考えいただいて結構です』
猿が確認すると、人面は認めた。
残る七人は苦笑を漏らす。
非公式の場とは言え、胸の内を吐露することは大いなる危険をはらむ。
一つの噂は地位を揺るがす。
狭い世界ならではの話だ。
だからこそ、諸侯は身奇麗さに気を配る。
「くだらぬ茶番だ。私は帰らせてもらう」
犬は早々に席を立った。
『せめて話を聞いていかれてはいかがですか?』
「くどいぞ。私の力を利用したければ、相応の手順を踏むのだな」
犬が退場すると、場が静まり返る。
気を取り直したように人面は言った。
『他に不服のある方はいらっしゃいますか? いなければ、このまま始めますが?』
人面は犬のいた位置に腰を下ろす。
「……始めるとは、話し合いをですかな?」
『いかにも。ここにおられる七名は誰しもが心の中で不満を抱いている』
人面は不満という表現を使った。
途端、七人の間に共通した空気が流れる。
この人もそうなのか。
同情とも納得とも取れる雰囲気だった。
「もし仮に。七人が私の想像する人であったなら、確かに不満はあるでしょうな、と思う方も多いですな。特にそちらの方は、日々、苦労してらっしゃるでしょう」
「ぼ、僕……? ぼ、僕はその……」
「隠すことなどありませぬぞ。仮面の下は誰にも見えぬのですから」
牽制するように猿が口を開くと、獅子は怯えたように口ごもる。
「なら、俺から言わせてもらおう」
そこに熊から横槍が入る。
「正直、不満を感じる場面は多い。俺の家が、とある役位から外れたのは納得がいっていない」
熊は自身の気持ちを吐き出した。
初めはポツリポツリと。
それこそ、どうとでも言い訳ができるような言い口だった。
「なら、私からも話させてください。実は……」
しかし、時と共に勢いは増していく。
やがて細部を隠さず、直接的な単語を使う者も現れた。
七人は時間も忘れて議論にふけった。
場が十分に温まったところで、人面が手を叩いた。
七人の注目が集まる。
『やはり私の目に狂いはありませんでした。皆様は同じ気持ちを共有していらっしゃるのです。どうでしょう、その思いを形にするために、私からよい提案があるのですが』
「ほほぅ。どのような提案ですかな?」
『実に簡単なことです。あなた方は私の言う通りに動くだけでよいのです』
あまりに胡散臭い発言だった。
猿は顎を撫でて、
「……ふむ、だが、あなたは姿を隠し、意見を隠している。一方的ではないですかな?」
これには残りの六人も肯いた。
人面だけは未だ安全地帯にいるのだ。
正体も知れず、不安を口にしてもいない。
七人の弱みを一方的に握るばかりだ。
七人は今になって恐ろしくなってきた。
考えてみれば、なんと軽率な行動だったのか。
普段なら決して口など滑らせない。
なにせ諸侯の数は決まっているのだ。
下の者は常に席が空かぬかと待っている。
失言は失脚の最たる理由だし、誰もが気を遣っていた。
まして長に対する不満など……。
絶対に聞かれてはならなかった。
なのになぜ話したのか。
自身の行動が信じられない……。
焦りが場を満たしていた。
だから、侍女がやってきて鼻を摘んだまま蝋燭を回収しても、誰も気にしなかった。
部屋から苔の臭いが急速に消えていく。
誰もその変化に気づいていないことを確認してから、人面は面を外した。
素顔を見せたことに七人が驚く。
「私もあなた方と同じ気持ちを持っています。気に入らぬというのなら、断っていただいても結構です。……しかし、時には自分の気持ちに正直になることをおすすめします」
人面だった天上人は変わらぬ調子で語りかける。
彼は絶対的優位を捨ててみせた。
その覚悟に七人の心が動かされる。
……最初に猿が面を外した。
「その話、私も乗らせてもらいましょうか」
続いて熊と獅子がお面を外す。
「俺もだ」
「ぼ、僕も……」
その流れに乗って、残りの者も面を外した。
面があるからこそ噂話だと言い訳もできた。
だが、取ってしまえば、そうもいかない。
八人は一蓮托生の存在だ。
「それでは、私の策をお聞かせしましょう」
人面だった天上人が語り始める。
それは、紛れもなく決意と犠牲を伴う策謀だった。
だが、覚悟を決めた七人に反対を唱える者はいない。
その夜。
領の命運を決する決議がなされた。
そのことを知るのは、この八人以外にはまだいない。