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TIPS マナロ戦記


 知行政の屋敷には膨大な蔵書が残っていた。

 バランガとは異なり木簡はない。

 すべてが紙だ。

 その中にはマナロ戦記の写本があった。

 エリカに押し付けられ、ジンは読むことになった。


    †


 世界を創造した最高神バトマラ・マイカパルは、世界を三つの階層に分けた。


 第一階層、天界(ヂヨート)

 第二階層、精霊界(アニート)

 そして、第三階層、地上界(ルパート)だ。


 天界には耕地の守護神マイルパ、水の神ノノ、豊穣の神イカパティなどの神々が、精霊界には種々の精霊やその眷属が住んでいた。

 地上界は空の下に存在しており、精霊界からは見ることが叶わなかった。

 精霊界には多数の精霊の眷属が住んでおり、それぞれが独自の王国を築いていた。各国の王は覇権を得るために民を駆り立て、何千年にも渡る戦争に明け暮れていた。

 戦争は精霊の力を借りて行われ、一晩で幾万もの民の命が失われるような、悲惨な事件も相次いだ。

 こうした戦争は、最高神バトマラ・マイカパルが世界開闢の疲れを癒やす眠りについている間に、天界主神の座を争いの神ディグマーンが横取りしたために起こっていた。


 バサ皇国の皇帝マナロはこうした争いを悲しみ、安全の神リグタスへ祈りを捧げ、民を救う方法について教えを乞うた。

 七日七夜にも渡る祈りの結果、天界よりリグタスの使者が舞い降りてきた。使者はマナロに民が全員乗れるだけの方舟を建造するよう命じた。そして、その方舟を精霊界の縁にある大滝サ・デューロに浮かべ、地上界へくだるように言った。


 マナロはこの命令を受けることに躊躇した。

 精霊界に生まれた者が地上界へ降り立つという話は、かつて一度も例がなかったためである。

 また、地上界には大地より湧きいでる不浄の者共が跋扈するとさえ言われていた。

 しかし、リグタスの使者は精霊の加護がある限り、地上界へ降りても穢れからは守られるだろうと言って、マナロを諭した。


 マナロは民の命を守るために精霊界の出立を決意した。

 巨大な方舟クロアに民をすべて乗せ、一行は大滝サ・デューロへ舵を切った。

 天高い空から地上への旅は過酷を極めた。

 しかし、司教ヤヤ―の未来視により危険を回避し、民を誰一人失うことはなかった。


 マナロが到達した地は、スーラ列島のショーグナだった。

 ショーグナは山に囲まれた土地で、海も近く自然にあふれていた。

 マナロはそこにバサ皇国の再建を目指した。

 精霊の加護を受けた、バサ皇国は実りが多く、最初の一年は多くの恵みを享受できた。

 ところが、その翌年は実りが著しく減じてしまった。


 司教ヤヤーが天の高みにいる精霊たちにこのことを伝えると、風の精霊(アング・ハンギ)悪しき精霊(サイタン・マサマ)が地上界へと抜け出したことを告げられる。

 悪しき精霊は、他の精霊の眷属を喰らい自身の力とする存在だが、精霊界では精霊の加護を存分に受けられるために、脅威になることはなかった。

 ヤヤ―は更に精霊に祈り、バサ皇国を守り給えと頼み込んだ。

 すると、ある夜、ヤヤ―の夢枕に炎の精霊(イグルクス)が現れ、皇帝と選りすぐりの武人をラバナ山へ連れてくるように告げた。


 ヤヤーが夢のお告げをマナロに伝えると、マナロは早速、十二人の武人を従え、ラバナ山へ向かった。

 ラバナ山は雲を突き破るほどの霊峰だったが、山頂にたどり着くまで、彼らの足取りが重くなることはなかった。

 山頂には多くの雪が降り積もっていたが、マナロは不思議とそこが暖かな場所であることに気づいた。


『よくぞ、ここまで来た。悪しき精霊の打破は我々善なる精霊にとっても悲願である。しかし、我々の力は地上界では発揮することができぬ。よって、お前に悪の精霊を精霊界へ追い返すことを命じる。そのために、我が血をお前に与えよう』


 マナロの前には金色に輝く器に満たされた真紅の血が置かれていた。

 マナロは精霊の血(カルルワ・デューゴ)を飲み干し、その身に炎の精霊(イグルクス)と同じ力を宿すことに成功した。


『お前の血を与えれば他の者にも力を与えることができるだろう』


 炎の精霊はそう告げて、精霊界へ帰っていった。

 こうして力を手にしたマナロと十二人の武人は、ラバナ山を降りた。

 すると、そこには登ったときは全く異なる不毛の大地が広がっていた。

 悪しき精霊がマナロを麓で待ち受けていたのだ。


『小賢しき精霊の眷属よ。我が名はガーリ・カポータン、怒りと憎しみの精霊なり。不浄の地にて、我が力はいかな精霊をもしのぐであろう。我が眷属となれ、さすれば命だけは助けよう』


 悪しき精霊はマナロに甘い囁きを試みるが、マナロは炎の力を解き放つことでこれに答えた。

 戦いは三日三晩続いた。

 マナロの聖火は大気を焼くほどの熱を持った。十二人の武人もマナロから精霊の血を与えられたことにより、それぞれが最も活躍できる霊術を身に着けていた。

 あるものは体躯を数倍に巨大化させ、あるものは目にも留まらぬ速度で動いた。


 戦いが始まって三日目の夜、マナロの炎がついに悪しき精霊を捕らえた。


『覚えておけ、この恨みはいつか必ず……』


 悪しき精霊は傷ついた体で精霊界へと帰っていった。

 こうして再びバサ皇国には平和が戻った。


 後日、精霊界より悪しき精霊を追い払った功績を讃えられ、マナロに神の最後の使い(スーゴ)の称号と、賢く従順でよく働く使い魔が下賜された。

 マナロは使い魔を独占せず、多くの者に行き渡るように分け与え、一層バサ皇国を発展させたのだった。


    †


 ジンは写本を閉じる。

 内容はカルから聞いていた通りだ。


 少し違うのは天上人が元々ショーグナに住んでいなかったこと。

 彼らは方舟に乗って別の世界から来たのだ。


 風の精霊(アング・ハンギ)という精霊も初めて聞いた。

 司教に何かを告げるために登場している。

 風というだけあって、空からやって来る感じだろうか。


悪しき精霊(サイタン・マサマ)の名前も明らかになっている。

 ガーリ・カポータン、怒りと憎しみの精霊。

 たぶんだが、悪しき精霊(サイタン・マサマ)にも種類があるのだ。

 そして、そのうちの一つが地上界に降り立ったのだ。


 ……原典を読んでみると、いろいろな発見がある。

 どこからどこまでが本当かは知れないが、炎の精霊(イグルクス)は、たぶん、いる。

 ジンに炎を与えたのがそいつだからだ。


 逆に、賢く従順でよく働く使い魔は大嘘だ。

 人間は元々国を持っていたのだから。

 里長が伝える歴史では、人間は元々ショーグナに住んでいた。

 天上人があとからやって来て、土地を奪ったと聞く。


 ……だとすると、方舟でやって来たという記述と合致する。

 天上人は本当に違う世界からやって来たのだろうか……。


 その辺は読んだだけではわからない。

 別の書を読めばわかるかもしれない。


 しかし、本を読むのは疲れる。

 読む必要があったら読んでみようと思う。



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