TIPS ヒヌカ
†ヒヌカ†
それはまだヒヌカがバランガに住んでいた頃のこと。
「よいしょ、よいしょ……」
暑い夏の日だった。
ヒヌカは自宅の庭でパタタという芋をふかしていた。
バランガでは男は狩猟に女は畑仕事をする。
全員が出払うのが基本のため子供の世話や食事を作る者がいない。
昔は女たちが畑仕事のついでに適当な野菜を煮て食べる習慣があった。
しかし、それだと狩りに出た男たちに届けるのが手間になる。
食事を作り届ける料理番が生まれたのはそういう背景だった。
料理番は子だくさんの家が引き受ける。
当時はヒヌカの家がそうだった。
家族はヒヌカを含めて九人。
近所でも一番の規模だった。
「ふぅ、ふぅ……」
それにしても暑い。
ヒヌカは額の汗を拭う。
手ぬぐいも汗が滴るほどになっていた。
いつもは兄妹のうち三人で食事を作るが、今日は家族の半分が風邪で寝込んでいた。
そういうときは、精霊の洞窟から汲んだ水でパタタの芋粥を作る。
料理番の仕事に加え、ヒヌカは一人で粥まで作ろうとしていた。
……途中まではよかったが、…………段々、完成する気がしなくなってきた。
食事を畑と森に届けないといけないし、家族の面倒も見ないといけない。
暑くて自分まで倒れそうだ。
「ヒヌカは今日も精が出るねぇ」
「イマリお姉ちゃん! どうしたの急に?」
「みんな寝込んでるって聞いて、手伝いの来たのさ?」
「……ありがとう! わたし一人じゃどうにもならなくて……」
イマリは村の反対側に嫁いでいた。
地区が違うので最近ではめったに顔を見ることもない。
年齢はヒヌカの十個上。
髪の色も背格好も違うが、頼れる姉だった。
「……父さんたちの具合はどうなんだい?」
「結構、悪いみたい。みんな一斉に寝込んじゃって……」
「よくヒヌカだけ平気だったね?」
「……あはは、そうだね。わたしだけ違うからかな」
ヒヌカは芋粥に塩を振る。
薄味が好きなのでつまむ程度だ。
「なんだい、それっぽっちじゃ夏はダメだよ」
そこにイマリが三倍くらいの塩を振る。
「うわっ、そんなに入れるの?」
「父さんたちもしょっぱいのが好きだろ」
「わたしは薄いのが好きなんだけど……」
「それもヒヌカだけじゃないか」
セミが鳴いていた。
少しだけ頭がぼーっとしていた。
だから、おかしな言葉が漏れ出した。
「……そうだね。わたしだけ違うからね」
イマリが眉を片方だけあげる。
額を指で突かれた。
「あんた、その歳になっても気にしてたわけ? もうすぐ成人の儀式でしょうに」
心中を見透かされたかもしれない。
ヒヌカは慌てて笑顔を作って、
「あはは、何のこと?」
満面の笑みを浮かべた。