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34 エリカ2


    †エリカ†


「…………女性を誘うのにあれはないんじゃない?」


 結局、指定された場所に行ってみた。

 セイジは地面にうずくまり、筒のようなものをいじくり回していた。

 日も沈み、灯りは屋敷から漏れる電灯だけだ。

 屋敷の裏手は思ったより殺風景だった。

 各専門ごとに家屋が別となっているが、外から見た限りでは農学以外は特別な形をしていない。


「ちょっと、聞いてるの?」

「わっ! びっくりした! 来てくれたんだね、よかった!」

「来たわよ。けど、あんたが呼んでも返事をしないから帰ろうと思ってたところ」

「わ、わ、待ってよ……! すごいものを見せてあげるから!」

「だったら、そのすごいものとやらをさっさと見せなさい」


 照れ隠しに文句を重ねる。

 楽しみにしていると思われるのが嫌だった。

 本当だ。

 何かを期待して来たわけではない。

 ……ただ、自分は猫みたいなところがあって、気まぐれを起こしただけなのだ。


「…………さぁ、下がって。火をつけるから」


 セイジが筒の横にかがむ。

 あの筒が研究の成果なのは、なんとなくわかった。

 何が起こるかは未知数だから距離を取る。

 ……怖いから下がったわけではない。


「行くよ!」


 セイジが合図とともに火をつけ、転げるようにエリカのところまで逃げてくる。

 火のついた紐が勢いよく燃える。

 その炎はやがて筒に到達し――――。


 ひゅー、ぽんっ。


 ――――夜空に花を咲かせた。


 夜を下地に描かれた鮮やかな花だ。

 赤もあれば、緑もあり、青もあった。

 一体、どうやって……?

 ……こんなの、見たこともない。


「どう、すごいでしょ? これは花火っていうんだ。火薬を利用して打ち上げていてね、炎の色は金属で変えられるんだ。特定の金属を混ぜた火薬を使うとこんな色が出せる。炎色反応って言うんだ。作っているのは今のところ、僕一人。いっぱい作って研究したいんだけど、なかなか時間が取れなくてさ」


 説明は、ほとんど耳に入らなかった。

 まぶたを閉じれば、今もまだ大輪の花が蘇る。


 本当にきれいだった。

 一瞬とは言え、何もかもを忘れて夢中になれた。

 帝都にいた頃、エリカは結構、贅沢な暮らしをしていた。

 だが、花火はなかった。


「…………気に入ってくれたかな?」


 セイジが不安げな顔で聞いてくる。

 素直に認めたら、この顔が勝ち誇ったような笑みに変わるのだろう。

 それはなんだか癪だった。

 エリカは腕を組み、


「花火はよかった。けど、女性に花を送るのに火薬の講釈ってどうなわけ? 雅な気持ちが台無しなんですけど」

「う………、それは……。それ以外、話すこともなくて……」

「気の利いた話の一つもできないの?」

「うぅぅ……」


 セイジはどんどん小さくなっていく。

 年上の男のくせになんて情けない奴なのか。


「元気がないって聞いてたから、元気を出させてあげたらなって思って……」


 消え入りそうな声。

 ……しっかりしなさいよ。

 思わず、背中を叩いてやりたくなった。

 元気を出させる側が元気づけられているとは変な話だ。

 でも、根は悪い奴ではない、たぶん。


「……出せばいいんでしょ、元気。はい、今から元気、はい元気」

「本当……? なんだか投げやりに見えるけど?」

「本人が元気だって言ってんだから、元気でいいでしょ? 文句あるの?」

「な、ないです、ごめんなさい」


「謝ったわね? 謝ったってことは自分の間違いを認めたのと同じだから。償いをしてもらうわ」

「え、え、え!? 償い!? 痛いのじゃないといいなぁ。あれ、なんで僕が悪いことしたみたいになってるの?」

「償いはね、花火の作り方を教えること! どう、大した手間でもないでしょう?」

「……て、手伝ってくれるの?」

「誰があんたの手伝いをするって言ったのよ! 勘違いしないで!」

「痛い痛い! 叩かないでよ! ごめんなさい!」


「謝ったわね!? じゃあ、もう一つ、償いをしてもらうから」

「えぇぇぇ……、困るなぁ」


 困り顔のセイジの背中を叩いて、鼻先に指を突きつける。

 意地悪なことを言って、セイジが困った顔をして、また、意地悪なことを言う。

 子供の口喧嘩みたいだ。


 でも、楽しかった。

 いつの間にか笑みがこぼれていた。

 どんな無茶を言っても、セイジはやんわりと受け止めてくれる。

 それが大人ってことなのだろう。

 そのときのエリカはまだ、そこがわかっていなくて、セイジをからかうのがただただ楽しかった……。


「花火を一緒に作れる人がいるのは、嬉しいなぁ。あ、でも、エリカさんは十二歳だから、僕とは一緒になれないね……。僕はあと三年か四年でここを出ていくから」

「ふん、そんなのあたしの手にかかればイチコロよ。十六歳になる前に年長組に入るわ」

「えー、そんなのできるのかな」

「できるわよ。あたしの価値がそれだけのものだって示したら主だって反対はしないはずだもの」

「あはは、そうだといいね」


「何笑ってんのよ! あんたも協力するんだからね!」

「えぇぇぇ……」


 花火に心を奪われたのは嘘ではなかった。

 あの感動を自分の手でも生み出したかった。

 他の理由がなかったかと聞かれると、……難しい。

 当時の自分には自分の気持ちがよくわかっていなかった。


 ともあれ、目標は決まった。

 自分はセイジと一緒に花火を作る。

 すると、目先の予定も自動的に決まった。


 十二歳の自分に残された時間は短い。

 長くとも三年。

 普通の人が五年かかる勉強を三年で終えねばならない。


 別にセイジと一緒でなければ何年かかってもいいのだが、…………そこはそれ。

 セイジと一緒の方が教えてもらいやすい、とか、いろいろある。


 ……少し本気を出そうかしら。

 胸のうちに火が灯る。

 長らく忘れていた炎だった。



 以来、エリカは生活を変えた。

 朝起きてから寝るまでのほとんどを勉強に当てた。


 必要なのは効率だ。

 選択と集中だ。

 目標が花火を作ることなのだから、火薬の知識があればいい。

 呪具(スンパ)はそれこそ無数の種類があり、年少組は基礎を一通りやるのだが、エリカは火薬以外を全部捨てた。


 質問も人の数倍はするようにした。

 わからない部分があったら、即座に聞いた。

 自分で考える力が云々という奴もいたが、考える力より答えが欲しかった。


 セイジが講師のときは、普段より多くの質問をした。

 こいつには遠慮がいらない。

 なんでも、聞けた。


「ねぇ、セイジ先生? ここの部分がわからないんだけど……」

「えええエリカさん、質問はいいんだけど、……か、顔が近いよ!」

「そう? 普通だと思うんだけど」


 白々しく聞き返す。

 もちろん、わざとだ。

 ちょっと動いたら頬がくっつくくらいの距離。

 セイジの顔が赤くなるのが面白い。


 いたずら心が湧いて、ついでに胸も押し当ててやる。

 ……いつもお世話になってるし、これくらいはしてあげないとね?


「どうしたの、セイジ先生? 顔が赤いよ?」

「あああの、あの、エリカさん? あ、あああたってるから!」

「当たってる? 何が?」


 普通の十二歳だったら、押し当てる胸もない。

 でも、自分は違った。

 年長組と比べても断然エリカの方が大きい。

 自慢する相手もいなかったけど、こういう形で役立つとは思わなかった。


「ね、こっちの問題もわからないんだけど?」

「ぼぼぼ僕はもう行くね!? 他の人の質問にも答えないといけないから!」

「あーん、意地悪ぅ」


 甘ったるい声で追い打ちをかける。

 セイジは耳まで真っ赤になっていた。

 そんなセイジを見るのが楽しい。


「ねぇ、あんたってセイジ先生とできてるの?」


 数ヶ月が経った頃、同級生に声をかけられた。

 この頃には勉強ができない劣等感も消えていて、エリカは燃える学徒だった。

 そのお陰か年少組の中でも数人と話をするようになっていた。


「できてるって?」

「付き合ってるってこと。みんなの間で話題になってるよ」


 みんなと言っても年少組は全部で二十人だ。

 彼女の中で話題という意味だろう。


「付き合ってなんかない。なんであんなパッとしないのと」

「えー、証拠もあるんだけどなぁ」

「……な、なによ、証拠って」


 見透かされた気がして、どきりとした。


「できてる二人って態度でわかるんだよ。あんたの態度は恋する乙女な感じがしたんだよねー」

「……それが証拠? ただの勘じゃない」

「乙女の勘は当たるんだよ―?」

「馬鹿馬鹿しい……」


 話を打ち切って、勉強に戻る。

 態度でわかる? 恋する乙女?

 くだらない。

 自分は早く年長組に行かなければならないのだ。

 そんな四方山話に付き合う暇などないのだ。


 とは言え、彼女の言っていたことは、半分以上が正しかった。


 いつからだったか。

 気づけば、セイジを目で追っている自分がいた。

 朝食の時間、授業時間、夕食の時間、夕食後の自由時間。

 年長組と年少組は生活区域が違っている。

 会える場所と時間も限られている。


 だからなのか。

 セイジが講師をする日が待ち遠しくなった。


 ……不思議だった。

 自分が内側からじわじわと変わっていく感じ。

 勉強が行き詰まると、セイジの顔が頭に浮かぶ。


 セイジがいるから頑張れた。

 炎の色なんて本当は興味がなかった。

 火薬の勉強に適正があったわけでも、格別の才能があったわけでもない。


 でも、花火は好きだった。

 あの日の感動は今でも忘れていない。


 ……けれど、花火だけが好きなの?


 花火だけが好きで頑張っているの?

 どうして飛び級を目指して頑張ったの?

 花火を作りたいだけなら普通に勉強するだけでもいいのに。

 セイジが在籍しているうちに年長組に移動する必要なんてなかった。


 その疑問を突き詰めると、答えなんて一つしかない。

 白状しよう。

 …………あたしはセイジのことが好きだ。


 認めるのが癪だった。

 なんで自分があんな情けない奴を……!

 苛立ちが募って、セイジに八つ当たりすることもあった。

 なのにセイジの笑顔を見るだけで幸せになれる自分がいて……。


 強がるのも限界だった。

 はいはい、あたしはセイジが好き。

 それでいいでしょ?


 あえて軽い言い方をする。

 冷静に振る舞うのが自分の性格だからと思った。

 けれど、不意打ちをされると、制御が効かなくなるのも本当だった。

 それはエリカが来て、一年が経った日のこと。


「エリカさん、渡したいものがあるんだけど」

「……なによ? くだらないことだったら怒るわよ」

「ち、違うよ、はい」


 ある日、セイジが紙束を差し出してきた。

 細やかな文字がびっしりと書かれていた。

 見慣れたセイジの文字だ。


「これは……?」

「僕が作った教科書、かな? エリカさんの勉強が捗るといいなと思って」

「これ、一人で書いたわけ!?」


 紙束はかなりの厚みがある。

 ぱらぱらとめくってみると、内容もしっかりしている。

 これまでに仕組みが解明された呪具(スンパ)の多くが解説されていた。

 これを一人で書き上げるなんて、どれだけ時間がかかるのだろう……。


「ど、どうしてこんなの……?」

「今日はエリカさんがここに来て一年だから。勉強、頑張ってるなぁ、と思って。だから、僕もできることをしようと思って」


 一年前の話だ。

 エリカは、飛び級して年長組に上がってやる、と宣言をした。

 冗談に思われてもおかしくなかった。

 でも、セイジは……。


「……覚えててくれたの?」

「もちろんだよ。僕もエリカさんが早く年長組にくればいいなって思うんだ」

「本当……?」

「本当だよ! みんな歓迎するって言ってる!」

「…………あ、ありがと」


 いきなり抱きついたらセイジはどんな顔をするだろう?

 真っ赤になって逃げるだろうか。

 あるいは、案外、しっかりと抱きとめてくれるだろうか……?

 目をつぶって、体を預けたい。

 でも、まだだ。

 ……まだ気づかれたらいけない。


 この気持ちは年長組に上がれたときに伝えるのだ。

 飛び級ができなければ、セイジと一緒に花火は作れない。

 ソテイラの奴隷は二十歳で卒業なのだ。


 卒業すれば、全国にある工場や研究所へ送られる。

 そして、一生をそこで過ごすのだ。

 場所も知らないし、同じ場所へ行くとも限らない。

 ここを出たら、二度と会えないかもしれない……。


 ……けど、もし同じ場所へ飛ばされたら。

 そうしたら、……言わない理由はないと思う。




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