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30 ズイレン2


 集合場所は川沿いの大樹だった。

 大きくしだれた枝が川に触れそうになっている。


 木の下で待っていると、老婆が声をかけてきた。


「お待ちしておりましたぞ」


 麻の着物に結った髪。

 一見して身なりのよい町人だが、顔には見覚えがあった。


「え、何でお前がいるんだ?」


 それは町人にふんした婆だった。


「なぜと言えば、町の世話役を任されたからですよ。こう見ても、現役なもので」

「せ、先代が案内役なのですか……?」


 カルが恐れ多いとばかりに頭を下げる。

 集会には出ていないが里では偉いらしい。


「ささ、こちらですよ。ご案内します」


 婆はしっかりした足取りで町を歩く。

 連れてこられたのは人間街の北端、洒落た茶屋だ。

 言われるがままに茶屋の二階へ。


 畳の敷かれた小さな間が用意されていた。

 寝具も完備だ。

 やたらと準備がいい。


「何で茶屋に布団があるんだ?」

「おや、知らないのですか? ここは逢瀬茶屋ですよ」


 婆がにやりと笑う。

 意味はわからないが、ろくな店ではないのだろう。


「そ、そんなところに泊まるのは……」


 カルが顔を赤くしていた。

 嫌だけど嫌じゃない、みたいなことを言っている。

 どうなってんだ。


「ま、要するに男と女がアレする場所ですよ」


 婆がにやにやしながら言う。


「……そんなことだろうとは思った」


 利用客は金を持つ奴隷。

 人間の結婚は天上人が決めるため人間に自由はない。

 しかし、裕福な人間の中には自分が決めた相手がいることもある。

 そうした、大っぴらには付き合えない二人が来るのがここだ。

 中央街に隣接しているのもそのためだ。


「この町も金持ちの人間がいるんだな」

「えぇ。天上街にもわずかですが奴隷がいます。彼らの羽振りのよさは目を見張るものがありますよ」

「一方で、南の奴らは食べるものすらない……」

「仕事がないのです」


 人間街は農村と違って自給自足をするわけではない。

 中央街から降りてくる仕事をこなし給金をもらう。

 その金で食糧を買うのが基本だ。

 今は食糧が値上がりし、人間街の給金では買えないのだという。


 金と聞くとエリカを思い出す。

 あいつも金持ちな雰囲気を出していた。

 人間同士でもなぜこんなに違うのか。


「少し町を見てもいいか?」

「もちろん。ご案内しましょう」



 婆に連れられ町を歩く。

 すでに宵口だが、中央街は天上人と人間で溢れていた。


 大きな通り沿いには背の高い建物が並ぶ。

 ガレンとは異なり、建造物は木造。

 提灯がぶら下がり、道に張り出すように看板が連なる。

 一目見て活気ある町だとわかる。


 道をゆく人間も血色がよく着ている着物がまともだ。

 さっき見てきた人間街との違いが激しい。


 更に北へ進むと、背の高い塀が見えてくる。

 塀には隙間もなく、反対側を見ることはできない。

 その先が天上街。


 入り口には天上人の門番がおり、奴隷でない人間は立入禁止だ。

 位の高い天上人は人間を穢れと考え、自身の生活圏内に入らせないのだ。

 知行政ローボー・シヌガーリンも人間の奴隷を雇わない。

 彼が日常生活で使う用具ですら天上人の手で作られたものだ。


 そんな奴にどうやって決闘を挑むのか。

 会えなければ話もできない。

 果たし状を送ろうとしているそうだが、今のところうまくいっていないようだ。


 カルは外周を見てくると走っていった。

 婆と二人で周辺を観察する。


「なぁ、金持ちの人間ってどれくらいいるんだ?」

「数は知りませぬが多くはありませんよ」


 金を持てる人間は限られる。

 特別な技能を持つ人間。

 金持ちの天上人の奴隷。

 このどちらかだ。


 二つ合わせても千人に一人もいないとのこと。

 人間の大部分は農村に住むためだ。


「何が気になることでも?」

「天上人を倒して欲しくない人間もいるかもしれない、と思っただけだ」


 言うと、婆は顔を曇らせた。


「……いることはいるでしょうが、極々少数ですよ。多くの人間にとっては脅威です」

「ならいいんだ」


 天上人を倒して救われる人間の方が多いなら問題はない。

 作戦は続けるべきだ。


 逆だったら、わからなくなる。

 たとえば、人間の大部分が豊かな奴隷だったら、天上人は倒さない方がいいのかもしれない。

 その場合、貧民街や農村の人間を見捨てることになるが……。

 難しい問題だ。


「この爺、俺の着物に何をした!」


 そのとき、怒鳴り声が聞こえた。

 振り返ると、白い着物の三人組が老人をいじめていた。

 そう見えたのは老人がうずくまっており、三人組が取り囲んでいたからだ。


「す、すみません……。わざとではなく……」

「だが、この通り俺の着物に泥がついた! 貴様がぶつかったからだろうが!」


 三人組の一人が着物の裾をつまむ。

 確かに泥の擦れた跡がある。

 喧嘩の原因は老人が転んだ拍子に、男にぶつかったことらしい。


 そのくらいで怒るな、と思うが、男の怒りは尋常ではなかった。

 老人を蹴り転がし、何度も踏みつける。

 さすがにやり過ぎだ。


「おい、やめろ!」


 誰も止めないので、仕方なくジンが割って入った。

 ヒエッ、と周りの誰かが息を呑んだ。


「お前、誰に向かってものを言ってるんだ?」


 男に胸ぐらをつかまれた。

 年齢は同じくらい。

 白い着物に赤い帯。

 儀式用の衣装にも見える。


「知らん。けど、爺さんをいじめるのは悪いことだろ」

「跪け。代わりにお前で我慢してやる」

「なんで俺が、」


 言い切る前に拳が飛んできた。

 遅すぎたので避けた。

 すると、男は避けられたことに怒って、余計に殴ってきた。


「避けるな愚民が! 大人しく殴られろ!」


 無茶を言ってくる。

 避け続けていると仲間の二人も加勢してきた。

 さすがに三対一だと手加減はできない。

 殴り返そうとしたところで、横槍が入った。


「あんたたち、道を塞いでる自覚あるわけ?」


 見覚えのある衣装だった。

 背は高くないくせに胸だけ大きいそいつは、


「エリカ!」

「なんだ、あんたか。邪魔だからどいてくれる?」

「俺じゃないぞ、こいつらが殴ってきたんだ」

「じゃ、そっちの白いの。どきなさい」


「口の利き方を知らぬ愚民が! 俺が誰の奴隷か知っての物言いか!」

「知らない。どいて」


 エリカはいきなり自動小銃を取り出した。

 ババババババ……!

 すさまじい音がして、足元に金属弾がいくつも突き刺さった。

 一瞬の出来事だった。

 男は尻餅をついて、


「ぐ、愚民、貴様、……何を!?」

「邪魔なのが悪いんでしょ?」


 エリカはそれだけ言って道の真ん中を歩いていく……。

 悪気とかそういうものは一切なかった。

 誰かあいつに悪気をわけてやって欲しい。

 ちなみに三人組はと言うと、一人が腰を抜かし、二人は撃たれたと勘違いして気絶していた。


「いや、ひやひやしましたな」


 エリカが立ち去ると、遅れて婆がやって来る。

 周囲に人も集まっていた。

 天上人が来ると厄介なので、早々にその場を立ち去る。


 声が聞こえなくなるまで離れてから、ジンは聞いた。


「あいつら、何であんなに偉そうなんだ?」

「天上街の奴隷だからですよ。彼らは自分たちを特別だと思っています」


 彼らは天上街の天上人の奴隷だ。

 住居も塀の向こう側で滅多に町へ出ることはないそうだ。

 仕事は天上人の世話や行政の補佐。

 内容的には町の奴隷と大差ないが、仕えている天上人の位が高い。


「だから、あぁして町の人間を下に見ているのです」


 稀に町に出ると、横柄な態度を取る。

 そして、時には暴力も振るう。

 町の人間は逆らえない。

 天上街に住む人間は、中央街への仕事を割り振っているためだ。

 怒らせれば雇い主への仕事がなくなる。

 そうなったら地獄だ。


「人間が天上人に仕事を振ってるのか……?」

「えぇ。だから、天上街の人間を怒らせるのは、中央街の天上人ですら避けています」


 天上人が人間に配慮する。

 そんなの聞いたこともない。


「あいつらは生活に不満なんてないんだろうな」

「ないでしょうね。そして、おそらく殿下の敵となります」


 天上街の奴隷は英才教育だ。

 幼い頃から天上人こそが至高の存在だと叩き込まれている。

 天上人が死ねと言えば、彼らは迷いなく死ぬだろう。

 忠誠心の高さは町人の比ではない。


 人間でありながら敵。

 ジンは人間を救うために天上人を倒しに来た。

 けれど、一部の人間は敵となる。


 やるせない気持ちにはなる。

 だが、天上人を倒せば、多くの人間が救われる。

 それが間違いない以上、進むべき道は一つだ。


「お待たせ。何かあった?」


 そのとき、一周したカルが戻ってきた。


「結構、時間かかったな?」

「うん。すごい広いよ。一周するのに四刻(約一時間)かな」


 ずっと走っていた割には息が乱れていない。

 その辺はさすがだ。


 それにしても、天上街は広い。

 聞いた話だと屋敷の数は二十もないそうだ。

 どんな屋敷があるというのか。



 その日は奴隷用の店で食事を取った。

 食べていると、空の囁きが聞こえた。

 薄い緑に近い光が空を覆い尽くす。

 かなりの頻度で起こるのか、天上人も人間も誰も気に留めていなかった。



 次の日は町を出て、周辺を探索した。

 町の外縁には漆黒の闇が横たわる。

 放置された田畑に穢魔が巣を作っている場所もあり、人間が住むには厳しい環境だった。


 そうして様子を見たら、宿へ向かい、明日に備えて寝る。

 密偵から連絡があるまで、この繰り返しだ。


 そんな調子で三日が過ぎていった。


    †


「陛下、お耳にいれたいことが」


 婆が報告を持ってきた。


「天上街の奴隷を味方に引き込むことができました。その者の手引きがあれば、知行政の屋敷に忍び込むこともできましょう。決行は明後日の明け方。それが協力者の指定にございます」

「俺はいつでもいいぞ。そう返事をしてくれ」

「かしこまりました」


 婆は音もなく茶屋を出ていく。

 ……いよいよだ。

 ついに知行政と戦う時がきたのだ。


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