表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/199

TIPS 零の集い

    †コアン†


 王族の子孫が発見されたとき、里長のコアンは飛び上がるほどに喜んだ。

 子孫はジンと名乗る青年で、山奥の村の生まれだという。

 幼少期を人間だけで過ごしたため、天上人に対して敵愾心が強い。

 この点もコアンの望んだ通りだった。


 当初は諸手を挙げて喜ぶ慶事だったが、一ヶ月が経った今では暗雲が立ち込め始めている。

 最初は世継ぎの問題である。

 殿下は下手をすれば、この世で最後の王族だった。

 万が一の事故で亡くなれば、里も一緒に滅びねばならない。

 故にさっさと子孫を作ってもらいたい、というのがコアンの本音だ。


 しかも、殿下は今年で十八歳。

 本来なら世継ぎの一人や二人は孕ませていなければならぬ年頃だった。

 そこでコアンは一計を案じた。

 殿下を連れ帰った忍びが、愛らしい女だったため、これ幸いと夜伽をさせたのだ。


 しかし、殿下はこれを拒否。

 歳下は好みではなかったのかと、年増をあてがったが、ことごとく追い返されている。

 まさか男色があるのかと血の気が引いたが、どうも女には関心があるらしい。

 ではなぜ女を抱かないのか。

 王家が途絶えることを避けたいコアンは毎晩のように気をもんでいる。


 もう一つ、コアンの頭を痛める問題があった。

 殿下が王にならぬと言っているのだ。

 これはもう全く想定していない出来事だった。


 王家の子孫が王位を継がぬなど、コアンの頭には毛頭なかった。

 頭が真っ白になり、どうすればよいのかもわからなくなった。

 里には滞在してもらっているが、カルの報告では飽きれば里を出る確率が高い、とのことだ。

 だったら、お前が体を使ってでもつなぎ止めろ、と叱り飛ばしたが、夜伽を無理強いできぬ存在だけに望みは薄い。


 零の集い(オピシャル)でも、これは大きな問題となっていた。


「――というわけで、何か手立てがある者は意見をいただきたい」


 コアンが議題として持ち出すと、何人かが手を挙げた。


「コアン殿の手に余るようなら、このヨンカが、手を出しましょうかの。若君に子をなしていただくなど、造作もないこと。所詮は男、色には勝てぬ」


 密将のヨンカは鷹揚に笑う。

 すでに七十を越える老体だが、頭の回転が早く絡め手を得意とする。

 密偵を束ねるだけあって人間の扱いにおいて、彼より秀でる者はないだろう。


「おぉ、それは頼もしい。具体的にはどのように?」

「よく効く媚薬がございます。ひとたび嗅げばどんな武者でも色狂い。若君も女の子としか考えられぬ種馬のようになりましょうぞ」

「却下だ! 殿下を種馬呼ばわりなど不敬にもほどがあるぞ!」

「お気に召しませんでしたかな? これは失礼つかまつった」


 ヨンカは悪びれる風もなく頭を下げる。


「……他の者はなんぞないか? サグはどうだ?」

「あぁ? そりゃ俺の仕事じゃねえだろ」


 人相の悪い男が言う。

 サグは三十代の若さで戦将に上り詰めた男だ。

 性格は粗暴で好色、扱いに困る部分もあるが、部下からの信頼は厚い。


「これは里全体の問題なのだ。貴様も意見を出す義務がある」

「ちっ……! だったら、俺にやらせな。まどろっこしいことはいらねぇ。うんと言うまで殴ればいい」

「却下だ! 貴様、殿下をなんと心得る!?」

「知るか。いきなり出てきて王の子孫だなんて言われて、はいそうですか、といくかよ。俺は俺の認めた奴にしか仕えねぇ」

「……もうよい、貴様には頼まぬ。ヨダ、お主は何かないか?」

「…………」


 ヨダは黙したまま口を開かない。

 公の場でも仮面を外さない謎に包まれた男だ。

 代々、忍びの長である忍将を輩出する家系の生まれ。

 それ以上のことは里長であるコアンでも知らない。

 他者との交流を断ち、山中に住まう。

 性格は冷静沈着、とにかく寡黙で自身の意見を口にしない。

 古い時代の陰の者を最も忠実に受け継ぐ男と言えた。


「……ヨダ、何ぞないのか?」

「ありませぬ」


 長い沈黙のあと、ヨダはやっと答えた。


「忍びとは殿下に絶対の忠誠を誓う者。自分が殿下の意に背くことをすることはありませぬ」


 意外にも模範的な回答だった。

 コアンは少しだけひるむも、


「……しかしだ、殿下とて間違うことがある。お諌めするのも臣下の務めだろう」

「それは臣下がすればよいこと。忍びはただ影から見守るのみ」


 まさに忍びの鑑だ。

 それだけに少しも融通が利かない。


 頼るだけ無駄と判断し、次の者に意見を仰ぐ。

 そうして、全員が何某かを話しても、有効と思える方策は浮かばなかった。


 何より、忠誠に欠ける者がいるのは大きな問題だった。

 あまりに時間が空いたせいで、里には仕えるという感覚が欠如していた。

 せめて殿下が威厳の一つでも見せてくれればと思うが、十八の男にそれを求めるのは酷だろう。


 殿下は即位するには若すぎる。

 この里はあくまで陰の者の住まう里だ。

 政治に長けた人間は一人としておらず、王を支えられるだけの者がいない。

 国を興すなど到底、無理だ。


 加えて、殿下は十八年を奴隷として過ごした。

 生まれながらの王ではなく、だから、礼儀も作法も教養もない。

 そういった面を踏まえても、王の復活は、早くともジンの子供の世代。

 教育、王城、法整備など里の準備を考えたら、孫の世代からが妥当なところだ。


 そう考えるにつけ、ジンの役目は限られてくる。

 できるなら自発的に子をなして欲しい。

 最悪、色狂いになっていただく他はないが、それはコアンとしても避けたいところだった。



 そんな調子で時間は過ぎた。

 いつまで経っても殿下は相変わらず。

 三人将の忠誠も暗雲立ち込める形になっていた。

 焦れたコアンが薬を盛ろうと画策を始める。

 そんな頃、変化が起こった。

 その日はズイレンに出ていた密偵が帰還する日だった。


 ……………そこで、コアンは、自身の考えがいかに甘かったかを思い知る。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ