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3 始まりの村バランガ3


 宴は流れ解散となった。

 疲れた者から一人また一人と広場を去っていく。


 ジンはスグリを背負って家に帰った。

 布団に転がしてもスグリは起きる気配がない。

 行水も面倒で、自分もその隣で寝てしまうことにする。

 酔った体が引きずられるように眠りに落ちていく。


 夢の中でジンは何もない場所に立っていた。

 明かり一つなく、暗すぎて自分の体も見えなかった。


 そこには一匹の龍がいた。

 青い体の龍だった。


 龍は身じろぎもせずにジンを見ていた。

 話しかけられている気がした。

 なのに、何を言われたのかがわからない。


 不思議な夢だった。



 その頃、ヒヌカは今日の会話を反芻していた。

 酒に酔っていたとは言え、ジンと将来の約束をしてしまった。

 なんとなく一緒になるのだろうと思っていたが、はっきりと言葉にしてみると、心をくすぐられたような気持ちになる。

 夜空を見上げ散歩をする。


 広場の入口あたりに切り株を見つける。

 ちょっとした出来心でシグラスの花を一輪乗せた。

 二輪そろうのはいつだろう。

 ジンは自由人だから結構先かな。

 妄想を膨らませながら、夜道を行く。

 気を抜くと歩きながらでもにやけてしまう。

 ヒヌカは漏れ出てくる笑いを堪えるのに必死だ。



 村の入口に人力車が現れた。

 入口と言っても、何があるわけでもない。


 元は外に通じる道があったのだろう。

 だが、誰も使わないため、今はすっかり草に埋もれていた。

 最後に村から人が出たのは何百年も前だという。


 それくらい古い道に今日は人の気配があった。

 人力車から一人ずつ人影が降りてくる。

 どの影も良質な着物に身を包んでいた。

 バランガには一枚とない絹の織物だった。


 彼らは入口に見張りがいないことに驚く。

 話のわかる者を探し、人力車に乗り込む。

 月明かりの下、人力車が村に分け入ってくる。


 遮蔽物のない村で人力車はとても目立った。

 広場にいた酔っぱらいがその異常な光景に目を丸くする。


 その男に引き手が道を尋ね、男は正直に答えてしまう。

 間もなく人力車は村長の役宅に到着した。

 三台の人力車から、それぞれ一つの人影が庭に降り立つ。


 玄関の扉を叩き、大音声で家人を呼ぶ。

 数度、叩くと眠たげな顔の娘が顔を見せる。


 娘は人影を見上げる。

 そして、みるみる表情をこわばらせていく…………。


「キャァアァアアァアア!!!!」


 夜を引き裂くような悲鳴が上がる。

 腰を抜かした娘は玄関で後ずさりをする。


    †


「……兄さま、起きてくださいまし」


 スグリに頬を叩かれ目が覚めた。

 虫のなく夜だった。


「なんだよ、まだ朝じゃないだろ……」

「その、……お客様ですわ」

「…………お客様? こんな夜更けに誰だよ……」

「それが、村の”外”から来られたのだとか」

「……村の”外”? …………村の”外”!? どういうことだ!?」


 バランガと外の交流はない。

 少なくともご先祖が移住してきてからは一度もだ。

 外界はおとぎ話と同義。

 あってないようなものだった。


「わ、わたくしにもわかりませんわ! お父様がそうおっしゃっていただけですもの! 村長さんの家にいらっしゃるので、地主は全員集合。お母様も連れられて向かいましたわ!」

「姉ちゃんはどうした? ……あ、そうか、嫁入りしたから、あっちの家にいるのか……」

「ですから、わたくしたち二人で応対しないといけないんですの! お客様の車を引いていた人足さんたちに水と食べ物を用意するようにとお父様が。人足さんたちは村長さんの家で待っているそうですわ」


 だいぶ、状況がわかってきた。

 必要なのは水と食料。

 人足というのが何なのかは不明だが、あとは足を洗う桶だろうか。


 とりあえず、スグリの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


「んがー! 何をするんですの!?」

「完璧な伝言だったから褒めてやった。偉いぞ」

「……そ、そんなの当たり前ですわ! 酔っ払って寝ていたジン兄さまとは違うんでしてよ!」


 強気の反論が返ってくるが、頭上の手をどけようとはしない。


「で、村長の家だな。迎えに行くか」

「かしこまりましたわ。松明は兄さまの炎を使いましょう。青い炎を見たら人足さんたちもきっと驚きますわよ!」


 スグリが松明を取りに走る。

 基本的に気遣いができる奴だから接客は任せてもいい。

 自分は力仕事だな、と思う。


 が。


「…………あいつ、もう酒が抜けてんのか。うぅう、気持ち悪ぃ……。桶運べるかな」


 悪酔いした頭を抱え、家を出る。



 村長の役宅は村の東にあった。

 集会が開けるよう大きな広間もある。


 人足は庭で待っていた。

 豪奢な車の陰に十人ほど。

 思ったよりも数が多い。

 皆泥まみれの草まみれで疲れた顔をしていた。

 首には動物の皮で作った輪を巻いている。

 理由は不明だが、まじないの類かもしれないと思う。


 人足には横になったまま動かない者もいた。

 青い松明を持ったジンを見ても、誰も何も言わない。

 思っていた様子と違い二人は戸惑う。


「あの、…………人足さんたちですの?」

「…………」


 返事はない。

 虚ろな目が見つめ返してくるばかりだ。

 ジンは一歩前に出て、


「ここまでどうやって来たんだ? これ、神輿だろ? 持ってきたのか?」

「…………神輿ではない。人力車だ」


 やっと返事があった。


「人力車?」

「…………」


 答えはなかった。

 形状から想像するに、人が引っ張るものだろう。

 三台あるので、三人で一台ずつ。

 一人が先導。

 おそらくそんなところだ。


 しかし、これが通れる道があっただろうか。

 バランガは山中に孤立した村。

 道など端から必要ないのだ。


「……気味が悪いですわ」


 帰り道、スグリはそう漏らした。

 予定通り水と食料は渡せた。

 彼らが動けなかったので家から持ってきたのだ。


 人足たちは貪るように食べた。

 その姿は人間より動物に近かった。

 ジンは初めて人間を怖いと思った。


 ……こいつらは何かがおかしい。

 疲れているからなのか、生まれつきなのかはわからない。

 ただ、長い時間をかけて蓄積してきたような陰鬱な空気が彼らを包んでいるのだ……。


    †


 その頃、村長の役宅には地主が集まっていた。

 酒が抜けないのか、誰もが気だるげだった。

 しかし、客の姿を見て、一様に表情を引き締めた。


 客は身なりのよい三人。

 人力車ではるばる山を抜けてきたという。

 最も役位が高いのは鷹の顔をした男。

 …………その姿は、どう見ても人間ではなかった。


 くちばしも羽毛も本物。

 着物から覗く肌は漏れなく羽毛に包まれている。

 両腕には翼があり、着物は肩口までだ。

 鳥と人間を足したような姿をしている。

 残る二人も鳥で、それぞれ梟と雉だ。


 最初は誰もが化物だと思った。

 半狂乱になる者もいた。

 だが、彼らは極めて紳士的だった。

 語り口からにじみ出る教養の高さは、村人の比ではない。

 更には所作に優雅さがあり、作法を学んでいることも間違いなかった。


「…………して、どのような用件で?」


 村長が尋ねる。

 鷹は無視して梟に聞いた。


「ふむ、資料の通りであるな。ここの人間は我らを知らぬ。ひとまず、傍観の体は取ったが、未開拓人間村開拓ノすゝめには何とある?」

「は。このあとは、よくよく国の(まつりごと)を語り理にて諭せ、とあります」

「わかった。では、人間よ。今より、我らが政について語る。心して聞け」


 彼らは自身を天上人と称した。


「天の上に立つ人と書き天上人。名が示す通り天の上よりこの地に降り立った」


 鷹の説明は壮大だった。

 この地はショーグナという大地であること。

 そこはすべて彼らの皇帝が治める地であること。

 そして、バランガはベルリカ領のイサン地方に含まれること。

 あまねく農民は年貢を納めなければならないこと。


 バランガの人間にとって、どれも初耳のことだった。

 天上人、大地、国、領、政治。

 村長と地主は口々に質問を挟み、理解を深めていく。


「……あなたがたが天上人と呼ばれる一族であること、国なるものの存在は理解しました。しかし、年貢とはなんでしょうか? 税というのは人間からものを取るのですか?」

「然り。年貢とは天上人へ納める米だ。我らはこれを収入とする」

「なぜ我々が払わなければならないのですか?」


 村長が問い返すと鷹は困った顔をした。


「なぜと聞かれれば、こう答えるしかあるまい。人間は田畑を耕し天上人へ献上することを務めとするからだ」

「……理解できませんな。なぜ人間が天上人へ米を差し出さなければならないのですか? この村はご覧の通り貧しい。取れた米でやっと冬を越す有様です。対等な取引ならともかく、一方的に米を供出せよというのは到底、呑める話ではありません」


 取引とは得るものがなければ成り立たない。

 いきなり米を出せなど話にもならない。

 村長も地主もそう思った。


 だが、彼らは思い違いをしていた。

 なぜ天上人がこれほど居丈高なのか。

 なぜ横柄な態度を崩さないのか。

 想像力を働かせれば、あるいは思い至ったかもしれない。


 しかし、長らく外界を知らなかった村は外への想像力が乏しい。

 あるいは鷹の天上人がもう少し説明していれば、村長も考えを変えたかもしれない。

 あるいはもっと気の長い性格をしていれば。


 仮の話は尽きない。

 何が正しかったかはわからない。

 ただ、この夜、どの可能性も選ばれなかったことだけが事実だ。


「ふむふむ、これもすゝめの通りだな。して、諭せなかった場合はなんとせよとある」


 鷹が問うと、梟はこう答えた。


「は。理にて諭せぬ人間は遺恨の種となり得るため、速やかに廃すべし。また、山中の孤立した村落は取り立ても手間であるため略奪もよし、とあります」

「なるほど。では、すゝめの通りでよかろう」


 村長の表情が険しくなった。

 会話の全貌はつかめずとも不穏な空気には気づいていた。

 しかし、行動を起こすには至らなかった。

 それが最後の間違いだった。


 ヒュン、と風を切る音が聞こえる。


「ぐぅぅうう………、うぅおお……!」


 村長は腹に火傷しそうなほどの熱を感じた……。

 腹から熱いものがこぼれていく。

 とっさに触れた手のひらが真っ赤に染まる。

 我が身に起こった現実が理解できない。


 ……感情のない鳥の目が見下ろしている。

 赤い視界でその目を見返し、村長は畳に倒れ伏す。



 あまりに唐突な出来事だった。

 村長が死んだ。

 一刀のもとに切り捨てられた。

 地主たちは突然のことに困惑した。


「な、何をなさるのか…………」

「何をしたか、と聞かれたら答えは一つしかあるまい。殺したのだ」


 雉は刀に血振りをくれて立ち上がる。

 鞘に納める素振りはなかった…………。

 ……それはつまり、まだ刀を使用するという意思表示に他ならない……!


「お、お待ちくだされ! 私たちはただ対等な取引ができぬと言ったまで! 交渉そのものを打ち切ったわけではありませぬ!」


 ……一体、なぜ村長が殺されたのか?

 先の交渉に不備があったのか?

 地主には答えが見えない。

 交渉だったという思い込みがこの期におよんで拭えない。


「我らと交渉できると考えるその性根がすでに腐っておる。我らはそのような人間を必要としない」


 地主の首が一つ飛ぶ。

 血を吹き出した体は数歩よろめき、ふすまにぶつかる。


「一体、なぜこのようなことを……!?」

「意味がわかりませぬ……! あなた方は一体何をお望みなのか!?」


 誰もが現実を飲み込めていなかった。

 自分たちは一方的に勘違いをされているだけで、責められる言われなどない。

 彼らは二人殺された今でもそう思っていた。


 いや、すがっているのかもしれない……。

 そうしなければ、もはや平静を保つこともできないのだ。


「ふむ。人間狩りと思えば、興も乗る。遠出したかいもあったというものだ。村は壊せばよいのか? すゝめにはなんとある?」

「は。禁書や邪教の流布を防ぐため、家屋は念入りに焼けと」

「では、その通りにしよう」



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