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24 旅路2


 夜になった。

 結局、空き地で野営をすることになった。

 四台の馬車を密集させ、たき火で囲む。


 見張りは各馬車で雇われた護衛が交代で行った。

 何かあれば護衛は自分の雇い主だけを守る決まりだ。


 他の馬車は最低でも八人は雇っていた。

 穢魔と戦うことを思えば、それでも少ない。

 が、数で言えば自分たちの四倍以上だ。

 どの護衛も二人で何ができる、という顔をしていた。


「エリカって、案外、度胸があるのかもね。僕ら二人を信用して雇ってくれたんだもん」

「どーだかな? 世間知らずなだけかもしれねーぞ。変な着物着てるしな」

「……聞こえてるんだけど?」


 荷台から声がした。

 この件でジンだけが減給された。


「食べ物、足りないんだな」

「みたいだね」


 カルと食糧の話をした。

 ガレンと今いる町の違い。

 思うに、中央とそれ以外の差だ。


 馬の世話役も最近はひどいと言っていた。

 ジンは全部の町を見たわけではない。

 けれど、ガレンが特別なのは、なんとなくわかる。

 あの町だけが豊かなのだ。


 他の町では人間が次々に死んでいる。

 天上人は、それに気づいているのだろうか。

 人間がいなくなれば、食べ物は生産されなくなる。


 一つずつ町が滅び、やがて中央も同じ道を辿る。

 わかってて食糧を取り上げているのか。

 わかってなかったら、大変なことになる。


 エリカ曰く、その辺を決めてる偉い天上人がいるそうだ。

 そいつが何を考えているのか。

 少しだけ気になった。



 夜は何事もなく過ぎていく。

 東の空が明るみ始め、見張り番も気を緩めかけていた。

 事件はそんな頃に起こった。



「て、敵襲――――ッ!!」


 見張りの声で護衛たちが飛び起きる。

 ジンも刀を持って、現場に向かった。


「何が出た!?」

「わ、わからねぇんだ! いきなり天上人様の馬車が……!」


 男が指差す先には天上人の天幕があった。

 隣には豪勢な馬車がある。

 ……それが、無残にもひっくり返っていた。


「敵の姿は!?」

「でかい虫みたいな奴だ! 地面の下から突然飛び出してきたんだ!」

「地面の下から?」


 つまり、それは地中を移動できるのか。

 飛び出すまで発見できないとなると、今この瞬間にも――――。


「ジン! あそこに何かがいる!」


 カルが叫ぶのと、天幕が吹き飛ぶのが同時だった。

 地面からソレが顔をのぞかせていた。

 赤黒い甲殻に覆われている。

 腕が何本もある。

 うち二本が鎌のように鋭くなっており、天幕をずたずたに切り裂いていく。


「……大きい!」


 地面から顔を出している分だけでも、馬車より高い。

 全長がどれくらいなのか見積もることもできない。


「山にいた奴の何倍もあるぞ! あんなのがいるのか!」

「……地面に潜る能力も厄介だね…………。真下を取られたら確実に殺される」


「お、お前ら何を悠長なことを言ってんだ!? さっさと荷物まとめて逃げる準備しねぇと、こっちまでやられるぞ!?」


 世話役が慌てた風に言う。


「なんで?」

「なんでって、穢魔なんて人間が戦える相手じゃねぇ! 天上人様が倒すまで馬車と荷物を逃がすのが護衛の仕事だろうが!」

「そうだったのか!」

「お前、なんもわかってねぇんだな! あぁクソ! お前たちなんか雇うんじゃなかった!」


 世話役は文句を言いながら荷物をまとめていく。

 見れば、他の馬車も同じだ。

 逃げる算段らしい。

 が。


「…………天上人がやられたよ。次はこっちに来る」


 天上人は霊術を使う間もなく倒された。

 寝ているところを奇襲されたのだから、当然だ。


「て、天上人様がやられた…………。終わりだ、もう終わりだぁ……!!」

「なんてこった……! こんなところで死ぬなんて!」

「ちくしょう! 来るんじゃなかった!」


 他の護衛が泣き始める。

 ジンは大きく息を吸って、


「大げさだぞ、お前ら! まだ終わりと決まったわけじゃねぇ!」

「何言ってんだ! 天上人様が勝てなかったんだぞ!? 人間にどうにかできるわけがねぇ!」

「できるッ!!」

「…………!?」


 わめいていた連中が静かになった。

 護衛たちを見回しジンは言う。


「人間じゃできないなんて最初から諦めるな! 天上人にできて何で人間にできないんだ!?」

「天上人様は特別だからに決まってるだろ!? 霊術だってあるんだぞ!?」

「――――それなら、俺にもある!」


 左手の包帯を解く。

 手のひらから炎を立ち上らせる。

 護衛たちが色めきだった。


「…………お、お前、それは……」

「霊術だ。使えるのは天上人だけじゃねぇ。人間にだって使えるんだ! けど、俺が霊術を使うより、カルは強い!」

「「「おぉ…!!」」」


 カルの背中を押す。

 皆の注目がカルに集まる。


「そんなに強いやつがいるなら勝てるんじゃないか!?」

「いいぞ、いいぞ! 今度の護衛は楽な仕事だ!」

「救世主が現れたぞ!!」


「ちょ、ちょっと、ジン、僕のが強いって、そんなの言い過ぎだよ……」

「本当のことだ。カルは今日まで一度も本気を出してない」

「……」


 カルは否定しない。

 苦笑いを浮かべるだけだ。


「でよ、俺たちは何をすればいい?」


 護衛の一人が聞いてくる。

 他の護衛も肯きあう。


「お前たちは馬車を守れ! それだけでいい! だけど、絶対に逃げるな! 背中を見せなければ、お前たちは天上人より勇敢だったことになる!」

「て、天上人様よりも勇敢…………!」

「能力で負けても気持ちは負けるな! 人間の意地を見せろ!」

「「「おおぉおおおお!!」」」



 守りを護衛たちに任せ、ジンとカルは前に出た。

 二人とも前に出るとエリカの馬車だけがら空きだが、別の護衛が代理を引き受けてくれた。

 あとは倒すことだけを考えればいい。

 穢魔は地面の上の大きなものを狙ってくる。

 なので、天幕の残りを広げて囮とした。

 あとは待ちの時間だ。


「……ジンって何気にうまいよね。人を盛り上げるのがさ」

「そうか?」

「うん。僕、びっくりしちゃった。お話に出てくる将軍みたい」

「将軍かぁ、村ではよくやってたからな、合戦ごっこ。ガキを集めて竹で合戦をして……」

「ジン、ごめんね」


 唐突にカルが言った。


「何が?」

「その、いろいろ黙ってて……。ジンが気づいてないと思ってて……」

「三年も一緒にいたら気づくに決まってる」

「じゃ、じゃあ、……僕の正体も?」

「もちろんだ」

「!」


 カルは驚く。

 だが、ジンからすれば気づかない方がおかしい。

 野宿の知識、気配を隠す能力、高い戦闘力。

 そう。

 カルの正体は忍者だ。

 絶対そうだ、間違いない。


「…………そ、そうなんだ。い、いつから気づいてたの……?」

「女郎に変装して、屋敷に忍び込んだあたりだ。ピンと来た」

「そ、そっか……。やっぱり女の服を着たら、ばれちゃうよね……」

「あん? なんで服を着たら、」


 そこで会話が終わった。

 地面にわずかな揺れがあった。

 当然、カルも気づいていた。

 目だけで離れるように言ってくる。


 肯いて、天幕の上から離れる……。

 カルが飛んだり跳ねたりして、地面に衝撃を与える。

 揺れが次第に大きくなり、穢魔が地面から姿を見せた。


 それよりわずかに速く、カルは天幕から飛びのいていた。

 何もない布を切り裂いた穢魔が無防備な腹を見せる。


「喰らえぇぇぇえぇえ!!」


 左手を振り下ろす。

 渾身の炎が穢魔を焼き払う――――。

 そのはずだった。


「分裂した!?」


 穢魔は二つに別れ、炎をかわした。

 そして、別々に走り出す。

 外見は相変わらず虫のようだが、腕の数は二十を越える。

 それらを器用に使って移動していた。


「ク、クソッ!!」


 慌てて片方を焼き払う。

 今度は全身が青い炎に包まれた。

 もう片方は――――。


「そっちに行った!! 荷物を囮にして逃げるんだ!」


 馬車に向かっていた。

 しかも、直線状にエリカの馬車がある。

 炎を飛ばして、……外したら偉いことになる…………!!


「逃げろぉおおぉ!!」


 護衛たちが散り散りに逃げる。

 それでも、エリカは荷台から姿を見せない。

 あと十歩で馬車というところで天幕が開いた。


「まったく、気持ち悪いんだから」


 エリカはナニカを持っていた。

 黒光りする筒のようなものだった。

 それを肩に乗せて操作する。


 そのナニカが何だったのかジンにはまったくわからなかった。

 筒が火を噴いて、…………次の瞬間、穢魔に巨大な穴が開いていた……。

 遅れて壮絶な爆音が轟く。


 なんだ今のは……。

 ナニカが、穢魔を破壊した……。

 霊術……?


「うえー、分裂して動いてるんですけどー……。気持ち悪い。頭を撃たないと死なないの?」


 エリカが別の筒を取り出す。

 先端を光るたびに、穢魔の体がバラバラになっていく。

 金属塊だ。

 あの筒は小さな金属を大量に飛ばしているのだ。

 それで穢魔を攻撃している。


 …………あんなもの見たことがない。

 金持ちだから持てるのか?



 エリカが倒した穢魔も念のため炎で焼いた。

 灰になれば分裂はすまい。


「危ないところだったじゃないの。護衛なんだからちゃんとしなさいよ」


 エリカに怒られた。

 雇い主を危険に晒した以上、言い返せない。

 しばらく反省したふりをして、ジンは聞いた。


「なぁ、お前が使ってた武器は一体なんなんだ? その火を噴く奴とか……」

「これ? これは携帯対戦車擲弾発射器」

「…………はぁ?」

「あ、貧民には言ってもわからないわよね。要するに武器よ、武器。お金のかかるね」

「言い方がいちいちムカつくな……。そっちの小さい金属をばらまくのも武器か?」


「……あんた、弾が見えてたわけ? どういう目なの? ま、これも武器よ。自動小銃」

「…………じどう? お前、さっきから何言ってんだ?」

「何々? 興味があるの? 見せちゃおうかしら、どうしよっかなー。ちなみにレーザー銃もあるわよ!」

「聞かない」

「えっ」

「お前が何言ってるかわからないから聞くのはやめた!」

「な、なによ! そっちから聞いてきたんじゃない!」

「聞いてもわからないからやめたって言ってるだろ!」

「ふ、ふん……! じゃあ、もう教えてあげない!」


 結局、そのときはそれで終わった。

 もっと掘り下げて聞いていたら。

 そうしたら何かが変わったかもしれない。


    †


 十日が過ぎた。

 馬車は無事ズイレンに到着した。

 天上人の馬車が破壊されるという事件はあったが、天上人自身は気絶していただけで死んではいなかった。

 賃金も支払われ、旅は無事に終わった。


「ご苦労様。なんだかんだであんたたちの護衛が一番だったわ。このまま雇ってあげてもいいけど?」

「いいよ、俺たちは行くところがあるんだ」

「金ならいくらでも出せるんだけど?」


 エリカは勝ち誇ったように言う。

 別に金なんかいらないよな、とジンは思う。


「金が欲しいわけじゃないし、いいや。一緒に旅できて楽しかったぞ。じゃあな」

「あ、ちょっと……! ふん! いいわよ、あんたは二度と雇ってやらないから! カルは雇ってあげるからね? 困ったらいつでも来ていいよ?」

「あ、うん……。ありがとう……。でも、そのときはお着替えはなしがいいかな……」


 カルは苦笑いを返す。

 よほど着せ替え人形がつらかったらしい。


 こうしてエリカとは町の入口で別れた。

 エリカは町の奥へ。

 ジンとカルは町をそれて、北東の森へ。


 その森の奥にカルの里があるのだった……。


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