21 城下町1
芋投げ祭という祭りがある。
ベルリカ領に古くからある祭りで、盛夏の頃に蒸かした芋を投げあう、というものだ。
秋の芋を美味しく食べるために古い芋を使い切る目的で始まったという。
蒸かし芋は泥のように柔らかく、当たっても大して痛くない。
そのため、子供も混じる盛大な祭りとなる。
無論、本場は城下町だが、ズイレンでも小規模ながらに催される。
「じぃじ、待て待て~」
「おーっほっほっほっほっ、こっちじゃぞーい」
知行政であるローボー・シヌガーリンも芋を持った孫に追い回され、年甲斐もない嬌声を上げていた。
馬車何杯分も用意した芋は、いくら投げても尽きることがない。
この日は一般の天上人も天上街に入れる日とあって、多くの家族連れが参加した。
市井の不満を取り除くという意味でも重要な行事なのだった。
「…………ふぅ、この歳になると祭りも一苦労じゃのう」
芋投げ祭は盛況のうちに終わった。
祭りはローボーの私有地で行われており、庭は芋の残骸が大量に散らばっていた。
惨憺たる有様だが、そうした庭を眺めるのも祭りの余韻としては心地よかった。
手代が現れたのは、そんな折のことだった。
芋のない場所を選び、地面に膝をつく。
「ローボー様、お耳をお借りしたいことが」
「やれやれ……、折角、楽しい気分じゃったというのに。何ぞ暗い話かの?」
「はっ。再度、石高を試算した結果をご報告いたします。やはり昨年を割り込むのは避けようがないかと……」
手代は持参した資料を読み上げた。
「山間部の年貢は三年連続で減少しておりまする。人間たちも餓死する者が多く、作付面積を増やすこともできておりませぬ」
「ここ数年、ずっとその調子じゃのぅ。原因は何と考える?」
「はっきりとは……。おかしなことが続いているのです。日照りや洪水が交互に起こり、夏に雪が降り、冬に降らない。気候がまるで安定しておりませぬ。加えて、現れるはずのない場所に穢魔が出没し、人間を喰らっております。全滅させられた村もあるとかで……」
「…………やれやれ、どこから手を付ければいいんじゃか。やはり陛下が崩御されたのが原因かのぅ」
「青い炎でございますか」
「さよう。異変が起こり始めたのは陛下が崩御された三年前からじゃろう。青の炎はワシらを悪しき精霊より守っていたのかもしれん」
「…………一理あります。しかし、ドラコーン様は青い炎を受け継いでおらぬようですが……」
「霊殿の連中が言うには、どこかに担い手がいるはずだそうじゃ。その者がこの暗雲を払ってくれよう」
「では、担い手を探すと……?」
「探さずともよい。時がくれば自ずと担い手が世界を救うじゃろう。それが天命というものよ」
「…………はぁ」
手代は生返事を返す。
ローボーの指示は、まるで何もしなくてよいと言わんばかりだ。
年貢が減り続ければ、財政も悪化する。
楽観的に過ぎる態度だった。
…………が、シヌガーリンは名門の一族だ。
年貢が減った程度では揺らぐはずもない。
そんな余裕から来る発言なのだろう。
手代はそう納得して仕事へ戻った。
間もなく芋投げ祭の跡地に人間がやって来た。
彼らは踏まれていない蒸かし芋を地面から剥がしては口に入れていく。
中には泥と一緒に食べるものもあった……。
その数は百人も二百人もいて、まるで餌に群がる鳩のようだった。
†
ジンの旅は順調に進んでいた。
最初は進路を山中に取り、いるかもしれない追手の目をくらませた。
山は人も天上人も動物もおらず、穢魔ばかりがいた。
並の人間なら十回は死ぬような目にあった。
しかし、いずれもカルが事前に敵を発見し、奇襲と回避で乗り越えた。
平野に出たところで進路を東へ。
町への立ち寄りは最小限にして、山と森を住処にした。
二十日ほどの旅でガレンという町に到着した。
ガレンには人も物も溢れていた。
城壁に囲まれた都市にはひっきりなしに荷馬車が行き来する。
今までの町にはなかった活気があった。
町の様子は全体的に石造り。
木材の小屋もちらほらあるが、中央に進むにつれ、石の比率が多くなる。
そこら中に生えている木を使わないのは、火攻めを防ぐためらしい。
石畳の敷かれた道路は歩きやすく、また、馬にも都合がよかった。
全体的にごちゃごちゃとしているが、道に迷うことはない。
なぜなら、どの位置にいても城が目に入るためだ。
「あんなでかい建物、どうやって作ったんだろうな」
「さぁ……、霊術で作ったんじゃないかなぁ。人間が作ったら何十年もかかりそうだし……」
城は遠目に見ても巨大だった。
小振りな丘くらいの規模がある。
外からでは見えないが、周囲には何重もの城壁と砦があるという。
そんな城を尻目に、二人は町外れにある雑貨屋へ向かった。
替えの着物や油紙を買い揃えるためだ。
ジンは初めて銀を使った。
まず、寒さをしのぐ外套。
それから雨を弾く傘だ。
傘は油紙を貼った木枠を頭に被って使う。
値段はそれぞれ銀五十文だ。
麺類だと十杯分にあたる。
相当に高価だ。
買い物を終えると、カルは店主とヒソヒソと何事かを話していた。
「……ご苦労、東へ向かう手段はあるか?」
「いえ、手配はありません」
「商隊を頼れ。護衛を募集しているはずだ」
初対面とは思えない会話だった。
声も潜めているし、世間話という感じでもない。
「さっきの、誰だ? 知り合いか?」
店を出たところで聞いてみた。
すると、カルはわざとらしく目をそらして、
「なんでもないよ、ちょっと道を聞いただけ」
「そうなのか?」
「そうだよ。さ、僕の里はまだまだ東。ここからは商隊と一緒に動くよ」
手を引かれて、町の外縁へ向かう。
東門の近くに荷馬車の集まる区画があった。
街道で見たような立派な馬車は一つもなかった。
馬も馬車も見るからにみすぼらしい。
「あの中のどれかに護衛として雇ってもらうんだ。最近は街道には穢魔が出没するらしいからね」
天上人ほどの身体能力があれば自衛も可能だ。
しかし、人間はそうもいかない。
そのため、人間だけで移動する場合は必ず護衛を雇うというのだ。
護衛の斡旋を人間もいるらしい。
手数料を払えば探すのを手伝ってくれるのだとか。
「よくわからんけど、都会はすごいんだな」
斡旋業という単語自体初めて聞いた。
今まで見てきた町とは趣が違う。
「僕も最初に見たときは驚いたよ」
人間にも種類がある。
天上人に直接仕える奴隷。
奴隷にもなれなかった貧民。
トゥレンにおける貧民の暮らしはひどかった。
残飯を漁って売る者ばかりだ。
ところが、ガレンくらい町が大きくなると話が違ってくる。
商人の奴隷が来るためだ。
彼らは商材を運ぶために天上人と同道する。
あるいは単独で物資の運搬をする。
そういう人間は、賢く、裁量も大きく、自由にできる金を持つ。
その金があるから、護衛や占い師といった職が生まれる。
これが都会だ。
トゥレンで困窮している人間たちは、考え方も暮らしも違う。
違う世界に来た気分だ。
一口に奴隷と言っても、幅があるのだ。
今にも死にそうな奴。
金を持って太っている奴。
どちらも人間だ。
もっとも、その上に天上人がふんぞり返っているのは変わらない。
一番裕福なのは当然天上人だ。
馬車の合間を縫って歩く。
幌には行き先の書かれた紙が貼られている。
護衛募集という張り紙もある。
一つずつ見ていって、やがて東へ向かう馬車を見つけた。
カルは馬の世話をしている男に声をかける。
「護衛が必要だって聞いたんですけど」
「いい奴をいい値で紹介してくれるってんなら、話を聞くが」
「本当ですか? 僕たち二人は強いですよ! 穢魔にも負けません!」
男は眉をひそめて、
「……子供の悪ふざけに付き合ってられるか。さっさと行け」
「む、悪ふざけじゃないですよ! 本当にできるんです!」
「帰れ、帰れ。話にならん」
全く取り合ってもらえない。
護衛作戦は失敗か?
と思ったとき、荷台から声がかかった。
「試してみればいいじゃない?」
若い女の声だ。
「いいんですかい? こいつら絶対嘘を言ってますぜ」
「だから、試したらわかるでしょ? さっさとやりなさいよ」
「へ、へい……! そりゃもう、やれと言われたらやりますぜ、へへへ」
男の態度が変わった。
正直、気持ち悪い。
「何だお前、さっきまで偉そうだったくせに」
「う、うるせぃ! 荷台に乗ってるお方はなぁ、俺たちの出資者なんだよ!」
「出資者?」
「そうだ。ズイレンまで向かわれるってんで、金をはずんでくださったんだ。お前とは身分が違うんだ、身分が」
「人間なのに身分が違うのか?」
「そんなことも知らないの?」
天幕の隙間から女の子が姿を見せた。
大人びた雰囲気だが十代中盤くらいだろう。
ふわふわの髪を後ろでまとめ、整った顔に不敵な笑みを浮かべている。
地面に降り立ちジンを見上げるも、背はジンの胸くらいまでしかない。
色使いの派手な服を着ており、太ももと肩がむき出しだった。
なにより、
「うわ……」
カルが女の子の胸を凝視していた。
体は小さいくせに胸がでかい。
組んだ腕に乗せると腕が見えなくなるほどだった。
……一体、何を食べたらこんなに胸がでかくなるのか。
「うわ……」
カルはまだ見ていた。
見過ぎだ。
「ふん、見たところは貧民ね。あんたは経験が浅そうだし、こっちの子なんて子供じゃない。本当に自信はあるの?」
「俺たちは三年も穢魔と戦っていた。山にいる奴なら負けねぇ。カルは俺より強いぞ。何をやらせてもすごい」
「へぇ、この子がねぇ?」
女の子は意外そうな顔でカルをまじまじと見る。
カルはさっと胸を隠した。
「なんで隠してんだよ?」
「え、だって……、ううん、何でもないよ」
「? ……まぁいいや。俺たちを試すってのはどうやるんだ? 何かと戦えばいいのか?」
聞くが、女の子はカルから視線をはがさない。
なぜか頬を染めている。
「……かわいい」
「あ?」
「朱に染まる染まる幼い顔立ち、細身の肩、さらさらの髪、完璧だわ……」
「完璧? 何が?」
「な、何でもないわ……! どうせ護衛は雇う予定だったし、あんたたちで妥協してあげる」
「本当か? やったぞ、カル! 護衛の仕事が取れた!」
「うん、よかった、かな……?」
カルが微妙な顔でうなずく。
まだ胸を気にしていた。
「い、いいんですかい、こんな得体のしれないガキで!?」
「あたしの言うことが聞けないの? 誰が金を出すと思ってるの?」
「へっへっへっ、冗談ですよ、冗談。俺もね、この二人はやってくれるんじゃねぇかと思ってたところですぜ、へへへ……」
男が手のひらを返す。
万事、丸く収まった。