祈り
†ネリエ†
あれから百年の時が経った。
ネリエは百十五歳となっていた。
ジンやヒヌカ、カルを始めとする人間の知り合いはすでに亡くなっていた。
彼らは寿命が短く、七十前後で旅立っていった。
それでも長生きな方だというから、ネリエには理解が難しかった。
青い炎はジンと共に地上から姿を消した。
必要がなくなったからだろう。
バサ皇国と人間国パグワは今日も平和だ。
パグワはジンがつけた国号だ。
起源は超重量殲滅兵装パグ・ワ・サークだ。
無邪気に兵器から名前を取るあたりがジンらしかった。
パグワは今ではショーグナの四分の一を占める国家となった。
バサ皇国との関係は良好で、三代目人間王と皇帝ドラコーンの仲もよい。
ネリエは亡くなったカナンの跡を継ぎ、帝政の相談役となった。
宰相以上に力を持ち、国の方針決定に関与していた。
ネリエの政治はいつも一つの基準に基づいている。
天上人と人間。
双方にとってよい国となれるか、だ。
バサ皇国は変わった。
奴隷となる人間はなく、両種族は対等の地位を獲得していた。
あるときふと気づく。
夢が叶った、と言ってもいいのではないのだろうか、と。
もちろん、人間と天上人には時折、いさかいが起こる。
今でも解決されない問題もある。
それでも、両者の多くが物事を種族ではなく個人で判断するようになっていた。
百年前に比べれば、大きすぎる前進であり、あのときの自分たちからすれば、信じられない世界だった。
ネリエやジン、スグリ、ベルリカ、多くの者が見てきた夢。
それがついに現実のものとなっていた。
ネリエは見守ってくれた仲間たちの魂と精霊に感謝する。
そして、同時に当時を振り返って、こうも思うのだ。
――――今、この世界があるのは精霊の導きがあったからだ、と。
百年前の戦争は天上人と人間が手を取り合うきっかけとなった。
世界が滅ぶかどうかの瀬戸際で、ようやく両種族は力を合わせることができたのだ。
――――もしも、あれがなかったら、今はどうなっていただろうか?
今も人間は奴隷で、天上人は偉そうにしているのではないか。
そう思えてならない。
いや、必ずそうなると断言できた。
百年もの間、政治の中心にいたネリエにはわかる。
天上人がどんな種族で、どんな考え方をするのかが。
確かに、あの日、あのとき、自分たちは努力した。
命を懸けた。
未来のために戦った。
そうして、掴んだ未来だった。
そのことを否定しようとは思わない。
だが、忘れてはならない。
手を取り合う機会を与えてくれたのは、精霊であることを。
だからこそ、ネリエは思う。
もし精霊のいない世界が、こことは違うどこか別の場所、別の次元、あるいは別の大地にあったとして。
そこにいる者たちが種族の名の下に争い、差別することがあったとして。
――――彼らは手を取り合う機会を得られるのだろうか。
そこの人々はどうやって過去の怨讐を振り払い、未来を目指すのだろうか。
わからない。
ネリエには少しもわからない。
ただ、祈るばかりだ。
そんな世界であっても、人々が手を取り合える未来が来ることを。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
なれないファンタジーに苦戦する場面も多々ありましたが、なんとか書ききることができました。