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終幕3



    †ジン†


 あれからいろいろなことがあった。


 まず、新しい人間国が生まれた。

 場所は新ベルリカ領の内側。

 人間が国を作ることは今のバサ皇国では難しいが、ベルリカ領主が勝手に人間に土地を与える分には構わない。

 帝政がそういう見解を示したためだ。


 戦から三ヶ月が過ぎ、季節は春。

 人間国でも田植えの真っ盛りだった。



 ヒヌカとの結婚式も挙げた。

 人間国をあげての式となり、バサ皇国からもたくさんの人が来た。

 共に戦った十二天将や将軍カラ・ハタン。

 エリカは主賓として祝辞を述べた。

 一番驚いたのはドラコーンが現れたことだ。


 皇帝が来るなど想定されているわけもなく、式場は大混乱だった。

 当の本人は周囲の慌てぶりなど気にもせず、ヒヌカと二言三言話して帰っていった。

 手土産に金銀財宝を山のように残して。

 何から何まで想定外だが、何よりドラコーンがヒヌカに財宝を贈ったことが意外だった。


 知り合いなのか、と聞くと、ヒヌカは少し考えて、


「うん、お友達かな」


 と答えた。

 人間国の后とバサ皇国の皇帝が友達。

 やって来たバサの重鎮が泡を吹いて倒れてしまった。

 そんな波乱の結婚式だった。


 式が終わると、平和な日々がやって来た。

 ジンは王として人間国に君臨した。

 戦うことしか能のない王だが、民からの信頼は厚かった。

 勉強に勉強を重ね、よい王になれるよう努力している。



 他の奴らの話もしよう。



 領主は新生ベルリカ領の掌握に忙しかった。

 戦での活躍を認められ、新しい領地を賜ったが、元は皇族の直轄地だ。

 知行政も住民もいる土地に、ベルリカからやって来た者が住むとなれば、軋轢は必至だ。

 しかも、人間国まで作るとあって、問題は山積みだった。


 今回の移転で領主は上流天上人と入念に話し合った。

 以前は人間を優遇しようとするあまり、天上人の反発を招いた。

 その結果、スグリが死ぬ羽目になった。


 領主に責はないとジンは思うが、彼は自分を許さなかった。

 二度と悲劇が起こらぬよう、天上人と人間の双方に気を配り、よき領主であろうと心がけている。

 とは言え、元が大雑把な性格なのは変わりなく、裏方としてハービーが立ち回っているようだった。


「人前に出るときは服を着るのは当然だとは思いませんか、領主?」

「いや、うっかりしていた! 何やら涼しいと思ったが、まさか裸だとは思わなかった!」

「本当にあなたは仕方のない人ですね……。今は亡き巫女の気持ちがわかりますよ」


 今日も領主は相変わらずだ。

 ハービーと二人で政治に勤しんでいる。



 カルは今回の戦で近衛隊長を辞任した。

 戦で負った怪我が重く、走ることができなくなったためだ。

 本人は涼しい顔をしていたが、人間で一番強い奴がいなくなってしまったことにジンは寂しさを覚える。


「これから、どうしようかな? 侍女でもしようか?」


 そんなわけでカルは侍女となった。

 以来、ヒヌカとジンの傍に控えて、事あるごとに世話を焼いてくれる。

 元々、愛らしい外見だったので、女物の服は抜群に似合った。

 ヒヌカが言うにはドラコーンからも好評だそうだ。


 もちろん、侍女でも剣技は健在だ。

 今でも懐には二本の短剣を潜ませており、不届き者が現れれば容赦はなかった。

 カルの使う五行の構えは鉄壁であり、打ち破れる者は一人としていない。

 就任以来、最強の侍女の名をほしいままとしていた。


「やっぱり近衛隊長でいいんじゃないか……?」

「いいよ、侍女で。僕、こういう女の子らしい服を着てみたかったんだ」


 カルはいつも笑顔だ。

 男でいることを止めたのに。

 むしろ今の方が楽しそうですらあった。



 十二天将ヘンプ・ウルポーは時折、人間国に来るようになった。

 彼女は戦で得た報奨金を貧民街に寄付したようだ。

 そんな使い方をしたのは彼女だけで、噂はジンも聞いていた。


 しかし、同時にエリカと不仲なことで有名で、なぜ人間国に来るのかは謎だった。

 どうやらヒヌカと話すことが目的らしいが、よくわからない。

 ヒヌカと十二天将。

 面識がないはずなのに親しげにお茶をしている。


 ヘンプ・ウルポーは、戦場で借りがどうのこうのと言っていた気がする。

 それと関係があるのかもしれない。


 トゥービ・タンゴールも時折、顔を見せた。

 元々、獅子氏族なので領主とも縁が深い。

 彼はいつも私兵を連れてくる。

 ジンと模擬戦するのが目的とのことだ。

 どうやら戦の様子を見て、兵の鍛錬が必要だと感じたらしい。


 他の天上人だと飛竜(カランギタン)の姉妹がたまに顔を出す。

 マーカとメリリの二人組は、訓練中のジンを見学して、汚い、臭そう、野蛮な顔と言い放った。

 大変失礼な奴らだが、ヒヌカの手料理には目がないらしく、来る度に美味しそうに食べている。

 ちなみに二人はネリエに捧げ石(デディ)を渡したらしい。

 一時はジンに渡そうとしていたが、ようやく正しい相手に渡せたようだ。

 その件についてネリエは何も言わなかったが、少しだけ顔が緩んでいたように思う。



 ここ三ヶ月はそんな風に過ぎていった。

 天上人も人間も戦いの疲れを癒やし、これからのことを考え始めた。


 エリカに呼び出されたのは、そんな折のことだった。


    †


 久しぶりに見た離宮は以前よりもしっかりした作りになっていた。

 以前は一部屋しか使える場所がなかったそうだが、今では用途別に十以上も部屋があった。


「よく直せたなぁ」

「立て直したのよ。いつまでも腐りかけの建物ってわけにもいかないから」


「三ヶ月でできたのか?」

呪具(スンパ)と霊術があればわけないわ。……今回呼んだのもそれが理由なんだけどね」


 茶室へ行くと、エリカは一冊の本を取り出した。

 鎖が巻かれた一抱えもある本。

 見覚えがあった。


「……これ、どこかで」

「マナロの経典よ。バサ皇国の歴史が書かれてる」

「そんなもの持ち出してどうするんだ?」

「少し考えてることがあってね」


 エリカは黙った。

 まるで言葉を選ぶように。

 十分過ぎる時間をおいて、エリカは言った。


「あんたが聞いたっていうミンダナの歴史、覚えてる?」

「まぁ、なんとなくなら」


 ソテイラから聞いた歴史は次の通りだ。

 人間国ミンダナはピサヤ大陸にあった。

 科学の栄えた国で、巨大な軍事力を持っていた。


 ラーノ大陸に住む亜人に戦争を仕掛け圧倒していた。

 途中、精霊召喚の技術を使い、悪しき精霊(サイタン・マサマ)を呼び出した。

 これによりラーノ大陸、ルーベ大陸を滅亡に追いやった。

 しかし、青い炎を持ったマナロに攻められ、ミンダナは滅んだ。


「そう、大筋はマナロの記した歴史と同じ。ある一点を除いてね」


 それで思い出した。

 この話は以前もしていた。


 両者の歴史は同じものを書いているようで重大な違いがある。

 前々から気づいていた。

 しかし、深く考える時間はなかった。


 問題となる点は一つ。

 ――――天上人と人間のどちらが造られた種族なのか?


 マナロの経典にはこう書かれている。


『長らくの研究を経て、試みは成功した。

 その生命はあらゆる獣人の特徴を兼ね備えていた。

 二本の足で歩き、手が器用で、心持ち頭が大きい。


 皮膚は男女を問わず、獣人の女のようで、毛皮を持つ個体はなかった。

 また、どの獣にも属さない無個性な命だった。


 魔術師たちは、この亜人を(ジュウジン)の間に立つ者――――、人間と名付けた』


 天上人が霊術を用いて人間という種を作り出した。

 これが人間という種族の始まりとされている。


 他方、ミンダナの歴史はこうだった。

 ジンは博物館にいた。

 科学技術の歴史が展示されていた。


 そこでは天上人の作り方が紹介されていた。


『こちらは遺伝子操作技術によって誕生した、全く新しい生命です。人間の遺伝子にスナウミオオトカゲの遺伝子を掛け合わせることで、両方の特徴を持つ新しい動物となりました』


 こうも言っていた。


『これまで犬や猫といった哺乳類との遺伝子掛け合わせ技術は存在していましたが、爬虫類との掛け合わせはこれが最初の成功例となります。将来は魚類や昆虫類との掛け合わせ実験も行われる予定であり、亜人種の多様性もますます増えていく見通しです』


 ミンダナには人間と動物を掛け合わせる技術が存在していた。

 こうして多くの亜人が作り出され、人間に飼育されていた。

 それらの外見は今の天上人とよく似ていた。


 つまり、矛盾とはこうだ。

 天上人の歴史では天上人が人間を作り出したこととされ、人間の歴史では人間が天上人を作り出したこととされている。


 世界が一つである限り、歴史は一つだ。

 矛盾する事実が混在するなどあり得ない。


 故にどちらかが嘘。

 人間と天上人。


 どちらが先に存在していたのか。

 どちらが作り出された命なのか。


 …………それは一意に決まることなのだ。


「一つの可能性として聞いてほしいんだけど」


 エリカはそう前置きする。


「あたしはミンダナに行けば、本当のことがわかると思うの。だって、あんたは博物館しか見てないんでしょ? あんたの説明によれば、博物館とは一般人に歴史や科学をわかりやすく伝えることを目的としたもの。専門的な説明はないはずなのよ。逆に研究施設や資料館になら、呪具(スンパ)に保存された歴史の資料が今も眠っているはず。それを調べればわかるはずよ」


 ――――どちらの歴史が真実を語っているかが。


 嘘を見抜くには多くの質問をしろ。

 背景情報を集め、矛盾の有無を探れ。

 これはスグリが言っていたことだ。

 情報を増やせば、嘘つきは矛盾を出す。


 突き詰めることは可能だろう。

 しかし、こうも思う。

 本当に暴いていいのだろうか、と。


 人間と天上人。

 どちらが起源で、どちらが仮初めの命なのか。

 それを知ってしまって、……どうするつもりなのか?


 二つの種族は共生の道を選ぼうとしている。

 対等な関係でなければならない。

 エリカがやろうとしているのは、種族に優劣をつける行為だ。

 意味があるとは思えない。


「エリカはミンダナに行くつもりなのか……?」

「まぁね。だって、ついでに呪具(スンパ)も回収できればお得でしょ? 正しい歴史が明らかになって、便利な道具が手に入る。いいことずくめの案。――――そう思ってたわけ」

「…………そう思ってた。今は違うのか?」


 聞くと、エリカは表情を曇らせた。


「あんたの意見が聞きたいの。……行くべきだと思う?」

「それを俺に聞くのか」


 ちょっとだけ驚いた。

 エリカはいつも自分で考え、結論だけ他人に伝える。

 意見を聞くのは珍しい。


「行かなかったらどうなるんだ?」

「その場合は何も起こらないわ。今まで通りよ」

「じゃ、行かない方がいいな」


 考えるのは得意でないから直感で決める。

 自分は人間も天上人も好きだ。

 だから、どちらかがどちらより上だという歴史を暴きたいとは思えない。

 真実は知ればよいというものではないのだ。

 未来に影を落とすだけの真実なら、昔の奴らが墓場に持っていけばいい。


「……やっぱりそう思う?」

「やっぱりってことは、行く気なかったのかよ」

「だって、どっちかが優位に立つような証明をわざわざする意味はないもの」


「わかってたのに聞いたのか?」

「でも、迷いもあった。正しい歴史を知りたいという気持ちもあったから。……誰もが少しは抱くと思う。でも、決断が必要よね。お父様のように」


 マナロは歴史を抹消した。

 歴史の謎を謎のままに。

 そのために焚書までした。


 歴史を消すことは種族の誇りを踏みにじり、存在をなかったことにするのと同じだ。

 正しい行いではない。

 しかし、それ以外に方法がなかったのだ。

 マナロは知ってしまったから。

 一度、知ったら知らなかった状態には戻れない。

 エリカがミンダナへ行ったら、同じことをする必要が生まれる……、かもしれない。


 いつの時代でも大切なのは過去より今と未来だ。

 過去に拘り過ぎたからこそ、怒りと憎しみの精霊(ガーリ・カポータン)が顕現したのだ。


 あれが世界の本質であってはならない。

 人間と天上人は手を取り合うべきなのだ。


「それに俺たちは精霊に試された」


 滅びを前に過去の怨讐を振り払えるかどうか。

 その試練を乗り越えたから両種族は生きている。


「それって精霊の導きだろ? なら、その方向が正しいんだ」

「……あんたらしい割り切りね」


 ネリエはため息をつく。

 目をつぶって数秒ほど黙考する。


「……そうね、それでいいことにするわ。ミンダナへ行くのは止めるわ」

「よーし、じゃあ、そのなんとかって本はしまってこい。危ないからな」

「はいはい。……経典は厳重に封印してもらうわ。名残惜しいけどね」

「ミンダナの話を人にするのもやめた方がいいよな?」

「もちろんよ。禁止事項をまとめて誓約としましょう」


 エリカが紙と筆を持ち出してくる。

 いちいち律儀な奴だった。


「これはバサ皇国と人間国の間に交わされる誓約だから。絶対に破らないこと」

「わかってるよ」


 こうして誓約書を作った。

 エリカが次々と条項を追加していく。

 小難しい言い回しもあるが、総じて言いたいことは一つだ。


 ――――俺たちは歴史に答えを出すことはない。

 ――――あたしたちは歴史に答えを出すことはない。


 ――――それが俺たちの選んだ道。

 ――――それがあたしたちの選んだ道。


 ――――(ニンゲン)亜人(テンジョウビト)の精霊の話。

 ――――(テンジョウビト)亜人(ニンゲン)の精霊の話。


 その終わり方なのだ。



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