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終幕2




    †ネリエ†


 悪しき精霊(サイタン・マサマ)が倒されたという報を受けてから七日。

 帝都では今も祭りが続いていた。

 誰が始めたかも知れぬ催しは、いつしか官民問わずあちこちに広まり、半ば公認のようになってしまった。

 中日には皇国守護軍の凱旋式もあり、帝都は勇者の帰還に沸きに沸いた。


 救国の英雄は帝政でも評価された。

 とりわけジンの活躍は無視できなかった。

 ドラコーンから最高武勲の栄誉を授かり、名実ともに皇国守護軍の総大将として認められた。

 また、皇帝の名において人間にも休日を与える恩赦が発表されていた。


 戦を通して人間に対する見方は大きく変わった。

 ネリエがどれほど話しても耳を貸さなかった連中も、いざ自分たちの国を救われてみると、「人間も捨てたものではないな」などと言い始めた。


 変わると言えば、ドラコーンも別人のように変わった。

 今回の裁定もそうだが、ジンが救国の英雄となれたのはドラコーンによる後押しが大きい。

 当初、蛇龍(イサン・アハス)の派閥では、ジンは殺して、手柄を将軍カラ・ハタンのものとする話が持ち上がっていた。

 焔龍(オハート)の発言力は元々小さいし、ネリエを形だけの司令官と揶揄しても、問題はないとされていたのだ。

 ところが、これに対しドラコーンが待ったをかけた。


 ――――救われた恩を忘れ、まだ派閥に拘るか! 恥を知れ!


 蛇龍(イサン・アハス)はドラコーンの母方の生家。

 彼にとって後ろ盾も同然だったが、この一件で関係にヒビが入った。

 蛇龍(イサン・アハス)が一枚岩でなくなったことにより、焔龍(オハート)ではネリエを押して皇位を簒奪する機運が高まった。


 ネリエのところには留守居がやって来て、ドラコーンの不祥事を暴こうと持ちかけてきた。

 どいつもこいつも本質は同じだ。

 権力争いしか考えてないのだ。


 ネリエは留守居に対して、軍に入るよう命じた。

 従わなければ、ネリエは焔龍(オハート)と縁を切る、と。


 バサ皇国の内部には依然として大きな温度差があった。

 最前線で戦ってきたネリエやその活躍を見てきたドラコーンと違い、それぞれの直轄地から一歩も出ていない御三家には、戦によって変わったことが見えていない。


 影響力を持つ者が伝聞だけで判断するとはおかしな話だ。

 それも見当違いも甚だしい裁定が目立つ。


 ネリエは焔龍(オハート)と距離を置くことを決めた。

 皇位簒奪の意志がないことをドラコーンの面前で語り、協力体制を持ちかけた。


 これにより帝政にはドラコーンとネリエを中心とした第四の派閥が生まれた。

 カナンが後ろ盾となり名実ともに十分な勢力となった。

 あえて名前をつけるならマナロ派だろうか。


 マナロの実子であるネリエとドラコーン、元側近であるカナン。

 この三人を中心にしているためだ。

 もちろん、マナロの意志を受け継いでいるという側面もある。


 ドラコーンと蛇龍(イサン・アハス)がどの程度、距離を置くか、今はまだ見えていない。

 ほとぼりが冷めたら、ネリエはドラコーンにもマナロの意志を伝えるつもりだ。



 いろいろなことがあり、あっという間に時間は過ぎた。

 戦に参加した者の弔い、怪我をした者たちの見舞い、武功者への労い。

 作戦を主導した者として忙しく動き回った。


 皇国守護軍は、結果だけ見れば国を救ったが、最終的な戦死者は生存者よりも多かった。

 ネリエは指揮を執った者として責任を感じていた。


 とは言え、民はネリエを救国の皇女ともてはやしている。

 相応の振る舞いが求められ、祭りの最終日には武功者共々、帝都を練り歩くこととなっていた。

 この行列には当然、ジンも参加するはずだった。


 しかし、当のジンは行方をくらませていた。


「は? いない?」


 天上街の正門前。

 凱旋行列はすでに出発の準備を終えていた。

 そうだと言うのに、主役のジンの姿がなかった。


「いやー、なんか数日前から出かけてたみたいっすよ?」

「で、出かける…………? どこによ!?」

「生まれ故郷だって、忍びは言ってるっすけど――――」


 生まれ故郷。

 ベルリカに戻ったのか。


「凱旋行列をサボるとは大物っすねぇ」

「大馬鹿者の間違いよ! 何もこんなときに行かなくたっていいのに!」


 人間が行列に加わることで、民への宣伝となるはずだった。

 青い炎を持つ人間に対する興味は帝都でも膨れ上がっており、相応の身なりで臨めば人間への悪感情を払拭できる。

 そんな筋書きを描いていたのに……。


「家族の方が大切なんでしょ? その姿勢は天上人も見習うべきじゃないっすかね」

「はぁ……。あんたもたまにはまともなことを言うのね。発言したのがあんたじゃなければ感心するところだったわ」

「……えー。最近、俺の扱いひどくないっすか?」

「報奨金が出てたでしょうに」

「もらってないですって」


 ティグレには報奨金が出ていた。

 それらは旧ティグレ海賊団にも配布される予定だった。

 しかし、海賊団は「役人の施しを受けたらおしまいだ」と受け取りを拒否。

 そんなわけで一人だけ報奨金をもらうわけにもいかず、ティグレは今回もただ働きだった。


「仕方ないわね……。じゃあ、あんたが今まで頑張った分の褒美を取らせるわ。何がいいか考えておきなさい」

「それはもちろん、」

「あんたに金を渡すとろくなことに使わないから違うものにするわ。家宝として取っておけるものがいいわね」


 先回りして金銭の報酬を潰す。

 どうせ春画を買うだけなのだ。

 だったら、子孫に誇れるよう残るものの方がいい。


「えー……。じゃあ、頭なでてください」

「はい……?」

「前に言ってたじゃないっすか。人間式の褒美にするって」

「……言ったけど、それはさすがに」


 何も残らないし、価値がない。

 妥当なところで宝剣か宝珠と考えていた。


「実家との縁も切って、金がないんでしょ? ないものをもらうなんてできないんすから。気が変わらないうちにどーぞ」


 ティグレはご丁寧にしゃがんで頭を突き出してくる。

 ……気を遣われるのは悔しいが、どうせ借金する予定だったので完全な図星だ。


「ったく、本当に人を苛つかせるのが上手な執事ね。いつもの十倍はなでてあげるから覚悟しなさい」

「ひぃいぃぃい……、強いっす! それ、なんか、なでてるのと違うっす!」


    †ジン†


 その頃、ジンの姿はウラップ山脈の山間にあった。

 川沿いの開けた土地は元々、村だった。

 バランガ。

 ジンとヒヌカの生まれた場所だ。


「悪いな。こんなことに付き合わせて」

「構わぬ。長からも頼まれては断れぬ」


 バランガへはトゥービの能力を頼りにやって来た。

 元より地図のない山にある村だ。

 手がかりはマガスパ川の上流にあることだけ。

 瞬間移動能力がなければ探索にはもっと時間がかかっていただろう。


「我は村の入り口にいる。用事が済んだら戻ってこい」


 そう言ってトゥービは入り口に残った。

 気を遣ってくれたのだろう。


 ヒヌカと二人で村を歩いた。

 村は随分と変わっていた。

 棚田は雑草にまみれ、水路には落ち葉が詰まっていた。

 家だったものは動物の住処だ。

 焼け焦げた家屋があの日の惨劇を思い起こさせる。


「わ、ここ結婚式があった広場だよ。草だらけだね」


 四年前の夜。

 ここでジンの姉の結婚式が開かれた。

 村人は夜更けまで酒を呑んでいた。

 天上人がやって来たのはその直後だった。

 村に火を放たれ、多くの村人が死んだ。


「草むしりする気にはなれねぇな……」

「だね。お祈りだけしようか」


 広場の隅にある社に祈りを捧げた。

 それから棚田を上った。


「……やっと帰ってこられたね」


 ヒヌカが足を止める。

 村を一望できる高台にあるのは、ジンの家だ。


「見る影もないけどな」


 家屋はすっかり朽ちていた。

 ジンが逃げたあとに延焼したのか、屋根の一部がなくなっていた。

 雨ざらしなので、床板が腐っている。

 箪笥を開けると着物が出てきた。


 一応、形見だが持ち出すなら別のものにしたかった。

 着物は何か違うことに使ってやりたい。

 ……そうだ、墓だ。

 墓を作ってやらないといけないのだ。


「ジン、この中は無事みたいだよー」


 ヒヌカが外で呼んでいた。

 行ってみると、ヒヌカは蔵の入り口にいた。

 蔵は今も形を保っていた。

 延焼を免れたらしく、農機具が四年前と変わらぬ姿で待っていた。

 二階へ上る。

 そこには、多くの木簡と書籍があった。


「……これも昔のままだね」


 ヒヌカが木簡を取り上げる。


『魔の一族の用いる珍妙なる呪術の数々に人間たちが次々と倒された。

 空より龍が舞い降りて口から吐く炎で村を焼いてしまった。

 人間は空戦の技術を失っており苦戦していた』


 そんなことが書かれていた。

 当時は意味のわからなかったものだが、今ならなんとなくわかる。

 これは人間国がマナロに襲われたときの話だ。


「これ持って帰ろうか?」

「そうだな」


 木簡と書籍は人間王の子孫が残したものだ。

 歴史を伝えるためにも保存すべきだ。

 木簡を木箱に詰め、外へ運ぶ。

 一旦、家の中にしまっておいた。



 それから、墓地へ向かった。

 家族の墓を作るためだ。

 墓石を切り出す時間はないので、大きめの石で代用した。

 家にあった着物は川で洗って石に巻いた。

 花を供えて、魂の安らぎを祈った。


「俺、ヒヌカと結婚するよ」


 これまでのことも報告する。

 天上人と戦ったこと。

 里の連中に会ったこと。

 スグリに再会して考えが変わったこと。


「いろいろあった。何回か死にそうになったけど、なんとかなった。やっと落ち着きそうだ」

「本当に今までジンを見守ってくれてありがとうございました。無茶ばかりするので、生きていてくれて嬉しいです。どれもこれもお義父様とお義母様のお陰だと思います」


「……そんなに無茶はしてないだろ?」

「してたよ! わたしがどれだけ心配したことか!」


 怒鳴られた。

 ヒヌカは墓に向かって文句を言い始める。


「お義父様、お義母様。ジンは戦争に行く日の朝に結婚しようと言ってくれました。こんなことが考えられるでしょうか? わたしは、心配で心配で……」

「わかった、わかった……! それは俺が悪かった!」


 その件はエリカや領主にも叱られた。

 何考えてんだお前は馬鹿か、ヒヌカの気持ちを考えたのか、結婚の約束をした奴は死ぬという話は有名だろうが。

 結構な時間、説教を受けた。

 ちょっとだけ反省した。


「でも、ジンのことは大好きです。二人でずっと仲良くしますね」


 ヒヌカは墓前に誓った。

 真顔で言われると照れる。

 ジンは聞こえなかったフリをして、花を運んできた水桶を片付ける。


「行こうか?」

「あぁ」


 差し出された手を握る。

 ――――これからもずっとヒヌカを守っていくよ。

 心の中でそう宣言する。



 最後に精霊の洞窟( アニー・クウェヴァ)へと足を運んだ。


 川の上流にあるだけに、洞窟は襲撃の影響がなかった。

 水の流れに逆らい奥へ。

 間もなく祭壇が現れる。


 そこはジンが青い炎を授かった場所。

 すべてが始まった場所だ。


 ここに来ることがなければ、ジンが戦うこともなかった。

 天上人に殺されて、おしまいだった。


 精霊が何を思いジンに炎を託したのか。

 あの日の自分には、まるでわからなかった。

 しかし、今はその心が少しだけ読める気がした。


 精霊は地上界(ルパート)を見守っている。

 危機があれば、力を貸すし、助言もする。

 そして、同時に試している。


 千年前、炎の精霊(イグルクス)は十二種族とマナロが手を取り合えるかを試した。

 協力ができないのなら地上界は滅びる。

 そんな運命を課した。

 今回は人間と天上人だった。


 精霊は地上界を守りもするが、守るだけの価値があるかも同時に見ている。


 もちろん、すべては想像だ。

 精霊の心が本気でわかる奴は一人としていない。

 ただ、ジンはそう信じている。

 それだけの話だ。


「行こうぜ。トゥービが待ってる」

「うん」


 ヒヌカの手を取り、精霊の洞窟( アニー・クウェヴァ)をあとにする。

 バランガに別れを告げる。

 二度と会うことのない家族と村のみんなにも。



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