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終幕1


 ラバナ山の変化は下界からも確認できた。


「み、見ろ……、霧が晴れていくぞ……!」

「何があった!? 悪しき精霊(サイタン・マサマ)はどうした!?」

「……おい! 嘆きの精霊(ル・メント)も消えるぞ! 使徒も、機械兵も動かなくなった!」


 唐突な出来事に誰もが困惑した。

 今まで戦っていた敵が忽然と姿を消した。

 新たな奇襲かと警戒する者もいた。

 しかし、ラバナ山に鎮座していた悪しき精霊(サイタン・マサマ)が消えると、皆が状況を理解し始めた。


「……倒したのか…………?」

「あれをか……?」

「いや、そうとしか考えられねぇだろ……!! 倒したんだよ! 俺たちの総大将が悪しき精霊(サイタン・マサマ)を打ち破ったんだ!」


 嗚咽まじりの歓声が広がる。

 兵たちは抱き合って勝利と互いの無事を喜んでいた……。


    †ナグババ・ベルリカ†


「勝ったのか……」


 ナグババは立ち尽くしたまま空を仰いだ。

 背後にいる獅子の軍勢は数えられるまでに減っていた。

 自身もまた、生きていることが不思議なくらいに消耗している。


 戦いが終わった。

 今でもそのことが信じられない。

 死闘の先にある終焉は死しか想像してこなかった。

 自分が死なない未来があり、戦後の景色が見られるなど思いもしなかった。

 ひょっとしたら虹でも出るのかもしれない。

 そんな風に思っていたが、現実は殺風景だ。


 倒れた兵と敵と、雲の晴れたラバナ山。

 見えるものは大して変わらなかった。


「……スグリ、お前の兄はついに伝説になったぞ」


 今は亡き婚約者に語りかける。

 彼女の魂は、この戦いを見ていただろうか。

 そうであれば、きっと加護があったに違いない。

 自分が立っていられるのもスグリのお陰だ。


 ありがとう。

 心の中で感謝を告げる。


 風が吹いた。

 色などあるはずもないのに、ナグババにはその風が緑色に見えたのだった。


    †ネリエ†


 その頃、ネリエは転倒したパグ・ワ・サークから這い出すところだった。

 ロボットは宿命的に燃料(エネルギー)切れから逃れられない。

 激戦を重ねたパグ・ワ・サークは、拒絶の使徒(パグタンギー)を破壊し切る前に力尽きた。

 下手に動けば、使徒や機械兵に襲われるため、以降、救出を待っていた。


「ふぅ……」


 霧が晴れたので外に出てみた。

 山の中腹はちょうど雲の中だ。

 時折、切れ間から戦場が見える。


 下位精霊の姿はどこにもない。

 振り返れば、青い空と白い雲。


 悪しき精霊(サイタン・マサマ)は去ったと見て間違いなかった。

 まず、勝利したことに喜びを感じる。

 次に山頂へ向かったジンが心配になった。


 ジンは最初からボロボロだった。

 歩けるかどうかも怪しい状態で最終決戦に臨む。

 これで無事だったら、それこそ化物だ。


 ――――早く助けに行かなくちゃ。


 そのためにはパグ・ワ・サークから降りる必要がある。

 緊急着陸であるため、体勢はひどいものだ。

 背中から地面が遠い。


 岩場だけに飛び降りる気にはなれない。

 機体の凹凸を利用して、降りようとするが……。

 見事に足が滑った。

 何かを掴もうとするが、掴まれる場所もない。


「きゃぁあぁあ!」


 地面に背中から落ちていく。

 ぼすっ。

 激突したが、思ったより地面が柔らかい。


「あーあー、何してんすか? 折角、勝ったのにこんなところで怪我したらつまらないっすよ?」


 そこはティグレの腕の中だった。

 落下の途中で抱き止められたらしい。


「あんた、ちょうどいいところに来たわね。ジンを助けに行くからついてきなさい」

「えぇ……。お礼とかないんすか? というか、なんという人使いの荒さ」

「いいから降ろしなさい。山頂まで急ぐわよ」

「はいっす…………」


 ティグレはとぼとぼと歩き出す。

 その背中にネリエは、聞こえないような小声で、


「ほんとに感謝してる。ありがと」



 ――――素直じゃないっすねぇ。


 そして、もちろん、ティグレには聞こえていた。

 けれど、黙っていることにした。

 恥ずかしがり屋の主人は、そういうことを言うと絶対に怒るからだ。


    †


 悪しき精霊(サイタン・マサマ)打破の速報は帝都にも伝わった。

 瞬間移動能力を持つトゥービが第一報を持ち帰り、報告していた。


 逃げる準備をしていた者。

 霊殿に籠もって祈りを捧げていた者。

 誰も彼もが喜びに浮かれていた。


 速報を謳う風聞紙がそこかしこにばら撒かれる。

 帝都中に笑顔が満ちていく。


 皇帝の恩赦によって、人間奴隷の労役が免除された。

 人間も天上人も一緒になって騒ぎ、勝利を喜んでいた。


 そこには怒りでも憎しみでもない感情が満ちていた。


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