決戦8
†ジン†
敵は突風と共に襲ってくる。
風が吹いたと思ったら、空が光り、兵が倒れる。
地面にばら撒かれる薬莢を見るに、敵の武器は巨大な銃のようだった。
「右翼がやられたッ!!」「ダメだ!! 姿を捉えられない!」「速すぎるんだッ!」「誰か見える者はないか!?」「霊術では捉えきれない!」
次々と報告が上がる。
兵が土壁を作って防御を試みる。
銃撃こそ防げるが、体当たりまでは防げなかった。
暴風と共に壁が根こそぎ倒される。
他の十二天将も同じだ。
防御と攻撃の二点で霊術を行使する。
いずれも通用しなかった。
速すぎるのだ。
当たらなければいかなる霊術も効果を発揮しない。
せめて敵の正体がわかれば。
そうすれば手の打ちようもある。
だが、見えないのは論外だ。
巨大な何かが空を飛んでいる。
遠距離から攻撃する手段を持っている。
その二つしかわかっていない。
どうしようもなかった。
こういうときこそ知恵が必要なのだが、エリカからの指示もない。
行き詰まっていたそのとき、彼らは音もなく現れた。
「王よ、お耳を拝借したいことが」
忍将だった。
斥候として散っていた彼らが一箇所に集まっていた。
……そうだった。
この軍にはこいつらがいたのだ。
忍将は言った。
「我らにはアレが見えています」
見えない敵。
音だけを残し攻撃を落とす敵。
あまりの速さに誰もが諦めかけていた。
しかし、忍将は言う。
見える、と。
「ほ、本当か?」
「はい。今は西の空に」
言われて、西を見る。
まるで何も見えない。
しかし、攻撃が終わると、確かに西から風が吹いた。
本当に見えているのだ。
「次に来る方向を教えてくれ! その方向に攻撃する!」
「御意に」
作戦は決まった。
ジンを取り囲むように忍びを立たせる。
左手に炎を溜め、接敵を待ち構えた。
「――――来ます。左手方向、仰角二十度」
まだ音も聞こえぬうちから忍将は告げる。
指示された方向に炎を打ち出す。
思い描くのは巨大な火の玉。
とにかく体積を大きくして当てやすくする。
間もなく敵がやって来て、頭上を通り過ぎていく。
炎の形は変わらない。
当たらなかった。
「今、どこを通った!?」
「炎の右側十トルメを通過しました。かなり近い距離でした」
「……なら、もっと大きくすれば!」
次は更に長く溜めて、炎の体積を五倍にした。
「―――右です」
「行くぞぉおぉおぉお!」
ありったけの力を解放する。
炎の玉はもはや太陽と見紛うような光と熱を放っていた。
あまりの大きさに兵が呆然とする。
次の瞬間、炎が爆音と共に破裂した。
「――――直撃しました」
「よっしゃぁああぁ!」
爆炎が戦場に降り注ぐ。
直撃した機械兵が延焼し、兵たちが逃げ惑っていた。
少しやりすぎたようだった。
実際、ここまでの炎は作ったことがなかった。
「……う」
足がふらついた。
体に力が入らない。
「王よ、いかがなされた」
「……いや、なんでもない」
一瞬、全身から力が抜けた。
気を失いそうになるも、かろうじて耐える。
目眩にも襲われたが、症状はすぐに消えた。
――――なんだ、今の。
今までにない感覚だった。
戦闘が続いて、疲れているのだろうか。
だとしたらまずい気もする。
このあとに悪しき精霊との戦いが控えているのに。
なんにせよ、見えない敵は倒した。
……はずだった。
「敵、……健在。上空に浮遊しています……!」
忍びが告げた。
愕然とした。
あれだけでかいのをぶつけたのに……?
効いていない?
空を仰ぐ。
いた。
そいつは人の形をしていた。
病的なほどに絞られた胴体。
対象的に大きく作られた肩と脚部。
先ほどまで守護軍をいたぶっていたのは、両手に握られた嘘のように大きな銃だろう。
薄汚れたロボットだった。
機体の色は黄。
その色はジンも知っていた。
人間国ミンダナ第三王子の愛機。
超音速戦略兵装イゾルバ・コロナ・ダル。
マナロ戦記にも記されなかった影の勇者だ。
日誌によれば、イゾルバ・コロナ・ダルの行方は知れない。
最後の記録が前回の戦役だ。
以降、ショーグナの人間国が滅ぶにあたって、その存在は忘れられていた。
しかし、ショーグナで眠っていたのは間違いない。
敵はそれを掘り当て、自らの戦力に仕立て上げたのだ。
「王よ、あれは炎が効かぬのですか?」
「……いや、効くはずだ」
ジンの炎は森羅万象を焼く能力を持つ。
焼こうと思ったものは何でも焼ける。
ただし、対象によって必要とする熱量は異なる。
今のに耐えたということは、相当に頑丈ということだ。
「次の手は?」
「ない。広げた炎で効かないなら、威力を上げるだけだ」
当たらないから範囲を広げた。
次はそこに熱を上乗せする。
必要なのは先程と同程度の大きさで、より強大な熱を持った炎だ。
……作り出せるだろうか。
初めて炎に不安を覚えた。
炎を作ろうとすると、なぜか視界がぼやける。
時折、何も見えなくなる。
思った以上に消耗している。
「……王よ、具合が悪いのでは?」
「平気だ……。まだやれる」
弱音を吐いている場合ではない。
あれを倒さなければ前線が壊滅する。
倒しきるまで何度でも炎を投げるまでだ。
†カル†
夢を見ていた。
風が吹いていた。
緑色の爽やかな風だ。
誰かが囁いている。
――――て。
何を言っているのだろう?
聞こえない。
――――き、て。
意識を声に向ける。
――――起きて、カル。
名前を呼ばれた。
急に視界に色が付き始める。
目を覚ます。
そこはパグ・ワ・サークの操縦室だった。
「うぅ……」
体中に激痛が走り、思わず声が漏れた。
額に伸びた手にぬるりとした感触が走る。
「……生きてる?」
声に出す。
幼い頃からの癖だった。
声に出して命を確かめる。
そうでなければ、自分の魂がどこにあるのかもわからなかった。
今はここだ。
体の中にある。
耳を澄ませる。
空を翔ける排気音が、機関銃の咆哮が、死にゆく者の絶叫が。
戦場の鼓動が聞こえていた。
――――行かなくちゃ。
ジンは必ずあそこにいる。
なぜなら彼は逃げないから。
どんなに絶望的でも身を投げ出すように前へ出るから。
――――僕が助けるんだ。
足の感覚はほとんどなかった。
灯りの壊れた機内では状態を見ることもできない。
足を使うことを諦め、操縦の一部を自動にする。
両手が使えれば、ひとまずの移動は可能だ。
あの場所へ行ければそれでいい。
満足に戦えなくてもいい。
ジンが戦っている。
カルが死地へ向かうのに、それ以上の理由はいらない。
「――――待ってて、今行くからね」
†
当たらない。
絶望的なほどに当たらない。
「――――はぁ、はぁ、はぁ……!!」
「人間王、それ以上は……」
「うるせぇ! やらなきゃやられるだけだぞ!」
正面から飛来する敵に炎をぶつける。
方向までわかっているのにカスリもしなかった。
それでも炎の威力は落とせない。
全力でなければ敵の装甲は貫けない。
炎を生み出す。
そこに苦痛を感じるのは初めてだった。
一つ生み出す度に、魂が削られる感覚がある。
体から何かが抜け落ちていく。
立っていることが辛くなる。
目を開けているのが苦しい。
しかし、こうして手をこまねいている間にも兵が削られていく。
機械兵も数が減らない。
殺意の使徒が復活したという報告もある。
誰もが必死だった。
命を懸けてギリギリの均衡を保っていた。
どこかが崩れれば軍は終わりだ。
手が足りない。
炎以外の決め手があればいい。
誰かがあいつの動きを止めてくれれば炎が当たる。
……もう一つ、手があれば。
「来ます。右後方」
忍びの声で我に返る。
ないものをねだっていても仕方がない。
この一撃に懸ける。
次は絶対に当てる――――!!
「今です」
忍びが合図を出す。
さっきと全く同じ軌道と角度。
ここで炎を撃っても避けられる。
わかっているが、今以上の好機がないのも事実だ。
――――撃つしかない。
そう思った瞬間、敵の軌道がブレた。
黄色の機体が直角に上昇する。
何かが真下から突き上げたとしか思えないような挙動だった。
敵の右腕が別のロボットに掴まれていた。
赤い機体。
パグ・ワ・サーク。
「カル!?」
――――あいつ、アレを捕まえたのか!?
敵は音を置き去りにする速度で飛ぶ。
それを目視し、ロボットを操縦し、腕を掴む。
並の奴では絶対にできない。
だが、カルは違う。
ここにいる忍びの誰よりも巫霊ノ舞を極めたカルならば。
音速を超える敵をも捉えられる……!
『うぁあぁあ……!』
大音声と共にパグ・ワ・サークが急降下する。
イゾルバ・コロナ・ダルを地面に叩きつける。
反対側の腕も掴み、完璧に押さえつけた。
『ジン!! 今だ!!』
合図が飛ぶ。
体は自動的に動いた。
炎を絞り、狙いを定める。
細く、鋭く、槍のように。
ありったけの力で打ち出す。
直撃の寸前にパグ・ワ・サークが離脱する。
炎は敵の腹を捕らえた。
炎は機体をぶち抜き、地の果てまで飛んでいった。
イゾルバ・コロナ・ダルはもがくように手を動かし、……やがて動作を停止した。
永遠にも思える時間が過ぎる。
敵は止まったまま動かない。
「やりやがった……」
誰かがそう言った。
「総大将が落とした……」「あのでかいのを倒したんだ……」「うぉおぉ、やったぞおぞおお……!」
兵から歓声が上がる。
まるで戦争に勝利したかのような叫びだった。
「危ういところでしたね」
忍将が後ろを振り返り、言った。
いつの間に後退していたのか。
背後には本陣が迫っていた。
あと少し倒すのが遅れていたら、イゾルバ・コロナ・ダルの標的が本陣に移っていた恐れもあった。
冷や汗が吹き出す。
危うくエリカを巻き込むところだった。
「様子を見て参りました。どうやら機械兵は一旦、引いていくようです」
忍びから速報がもたらされる。
ここに来て敵が引く。
奇襲でなければ機械兵に勝ち目はない。
判断としては妥当だ。
開戦から怒涛のように時間が過ぎた。
ジンは報告を聞きながら、尻もちをついた。
「王……?」
「しばらく、……休憩だ」
眠くて眠くて仕方がない。
とにかく休みたかった。
炎の使いすぎが原因なのはわかる。
あと何度使えるかも未知だ。
それでも、炎の出番は終わっていない。
決戦までに回復することを祈るばかりだ。