決戦6
†ジン†
前線は霧に包まれていた。
目隠し役が本気を出したのか、霧の範囲は数千トルメにも及んでいた。
ジンはトゥービと共に本陣を目指した。
視界を遮断され、近づいてきた味方に驚くこともあった。
ふと鉄の臭いを感じた。
「――――っ」
落ちてきた鉄の拳をかろうじて避けた。
地面に陥没したかのような穴があく。
一瞬だけ白っぽい腕が見えるも、すぐに引っ込んだ。
「どうした、人間王!?」
「敵だッ! 機械兵に距離を詰められてる!!」
反撃を試みるも、機械兵はあっという間に霧に紛れた。
同士討ちになることを思うと、下手に霊術は使えない。
躊躇している間にも機械兵は執拗に攻撃を仕掛けてくる。
いずれも的確に死角を突いていた。
どうやら機械兵はこちらの位置がわかっているようだった。
「……使徒対策が仇となったようだな」
「言ってる場合か、まずいだろ、これ……!」
やがて霧の中に砲弾が撃ち込まれるようになった。
機械兵は味方がいてもお構いなしに撃ってくる。
そこかしこから叫び声が聞こえた。
「霧が邪魔すぎる……、晴らすべきではないか?」
「そんなの、俺に聞くな……!」
霧は正義の使徒対策だ。
晴らした結果、呪いが振りまかれたら元も子もない。
……しかし、周囲で次々と味方が倒れている。
「仕方ねぇな……。周りの霧を晴らすぞ」
死角から落とされる拳にどこからともなく飛んでくる砲弾。
今は呪いよりも機械兵が怖い。
炎を使って、周囲数十トルメの霧を蒸発させた。
消したそばから霧が流れ込んでくるので、あまり意味はないが、一瞬だけ周りの様子が見えた。
敵と味方が半分ずつ。
入り乱れての乱戦だった。
やはり距離を詰められている。
その上、時間が経てば殺意の使徒が復活する。
霧の上から雪を降らされたら壊滅的な被害が出る。
やはり霧を晴らす必要がある。
今度は先程の数倍の距離に炎を飛ばした。
温度を上げすぎると、味方を蒸し焼きにしてしまうため、少しずつ霧を飛ばしていく。
やがて半径百トルメほどの空間が生まれた。
気温が上がりすぎて、兵が汗をかいている。
しかし、この空間であれば同士討ちの危険がなくなる。
『……ジン! よかった、見つけられた!』
そのとき、カルの声が降ってきた。
空を見上げると、パグ・ワ・サークが浮遊していた。
切り札であるロボットは出番まで上空で待機する予定だったが、戦況がおかしくなっているだけに様子を見に来たようだ。
なんにせよ、合流できたのは運がいい。
空からなら全体が見えているはずだ。
「ちょうどよかった! 一体、何が起こってるんだ? 正義の使徒は近くにいるのか?」
『……その話だけど、落ち着いて聞いて。正義の使徒はここにはいない。後方部隊を襲ったんだ。呪いのせいで後ろは混乱してる。この霧も狼煙も作戦のための霧じゃない。呪いにかかった誰かの仕業なんだ』
「……なんだとぉ!?」
とても信じられる話ではなかった。
なぜ使徒が前線を素通りして後方部隊を襲うのか。
正面から来るのではなかったか。
……いや、来なかったものを考えても仕方ない。
問題はこの霧だ。
作戦の一部だと思って長らく放置してしまった。
結果、機械兵に距離を詰められた。
…………もっと早くに気づいていれば!
「霧を晴らすぞ! カル、周りの奴らに呼びかけてくれ!」
『わかった!』
左手に炎を生み出す。
思い描くのは薄い板のような炎。
十分に力が溜まったところで地面に拳を打ちつける。
炎は地を這うように広がった。
熱だけを伝え、一時的に空気を温める。
味方から熱いという悲鳴が聞こえるも、燃えないギリギリまで温度を上げる。
急速に霧が薄まっていく。
互いの姿が見えるようになる。
そうして初めて機械兵の多さに驚く。
『全軍に告ぐ! 霧に乗じて機械兵の接近を許した! 掃討を最優先せよ!』
カルの号令で分断されていた軍が再結集する。
まとまりのある反撃ができるようになる。
……だが、見たところ負傷兵はかなりの数にのぼっていた。
ぱっと見て二割が倒れていた。
この損耗は大きすぎる。
「これで済んだと見るべきだろう。カル殿が来なければ、今も霧の中だった。霧さえなければ反撃は可能だ。霊術があれば、機械兵など相手にならぬ」
「……そうだな」
奇襲だったから損害が出ただけだ。
まともに戦えば機械兵は脅威にならない。
注意すべきは使徒だけでいい。
開戦前から言われていたことだ。
それなのに、現実では機械兵にかなりの仲間を倒されていた。
それも偶然とは思えないような敵の動きによって。
これが敵の策だったとしたら、敵将はかなりの戦略家だ。
ひょっとしたらこちらが霧を晴らすことも想定しているかもしれない。
考え過ぎだろうか。
敵と一括りにしているが、親玉は悪しき精霊だ。
精霊は戦略が得意なのか。
わからない。
わからないが、嫌な予感がしていた。
『……なんだあれ…………? 敵だッ! ……ッ!? 速いッ!!』
カルに言われ、ジンは空を見上げた。
唐突に風が吹く。
直後、いくつかの音が降ってきた。
金属同士がぶつかる鈍い音。
爆轟にも似た燃料機関の排気音。
拡声器から漏れるカルのうめき声。
パグ・ワ・サークが視界から消える。
しばらくして地面に激突する音が聞こえた。
何一つ見えなかった。
だが、カルが攻撃を受けたのは理解できた。
すべてはほんの一瞬の出来事だった。
「なんだ今のッ!? 何があったッ!?」
「……我には見えなかった。攻撃を受けたのだろうが……」
トゥービも戸惑うように空を見上げる。
敵の姿はどこにもない。
不可視の敵。
不可避の一撃。
そんなものは事前情報にも入っていない。
完全なる新手だ。
「また来るぞ!!」
音を置き去りにした何かが飛んでくる。
火のようなものが見えたのと、近くにいた兵が倒れたのは同時だった。
獅子の軍勢が舐め取られるように倒れた。
遅れて吹き付ける突風で隊列が乱れる。
地表にしがみつくこともできない。
霧があれば、まだ姿を隠せた。
霧を晴らしてしまったが故に全軍の姿が丸見えになった。
だから、上空から攻撃を受けている。
これも敵の策のうちだったとしたら――――。
敵将はやはり相当の知略家だったということになる。
「クソッ!! ……どうなってんだよ!?」
嘆いても戦況は変わらない。
見えない敵の一方的な攻撃が続く。