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決戦4



 その頃、牛兎支援隊は前線から離れた場所にいた。

 彼らの仕事は後方支援だ。


 戦況が変われば、ネリエに伝える。

 怪我人が出れば救助に向かう。

 猿遊隊がいなければ伝令もする。


 要人であるネリエを守るために前線と距離を取ってはいるが、時々刻々と変化する戦況に合わせ、忙しく動いていた。


 兎の氏族は多くが観測手を務めていた。

 元来耳がよいことに加え、クネホ・パウマンヒンが遠見や透視といった霊術を持つ者を選抜したためだ。

 五人一組となり、様々な角度から戦場を分析する。


 兎の青年コワードが所属するのも監視班だった。


「状況が変わった。ネリエ様に報告を」

「はっ」


 右翼を担当していたコワードは上官の命令で塹壕を飛び出す。

 向かう先はネリエのいる本陣だ。

 本陣は四方を青い陣幕で囲まれている。


 魔を払う結界だとされ、古来から戦では陣幕を張るのが決まりだった。

 青を使うようになったのはマナロが炎を授かってからのことだ。


 陣幕の周囲には正規軍から派遣された近衛兵が並ぶ。

 コワードはその間を縫って走り、陣幕の前に立つ。


「ネリエ様にご報告ッ!」

「よし、入れッ!」


 陣幕には巨大な机を中心にネリエと二人の参謀役がいた。

 入り口の近衛兵に礼をして、地面に膝をつく。

 予め練ってきた文言を口にする。


「正規軍は依然として殺意の使徒(ナ・ラユーニン)と交戦中! 先程まで撤退準備をしているようでしたが、今しがた方針を変え、機械兵の掃討に切り替えたようです!」

「苦戦の理由はわかりますか? 正規軍であれば、戦力的には十分のはずですが」

「上空を浮遊する使徒に対して決定打がないように見受けられました。理由としては、使徒の雪によって軽装だった遠距離戦部隊が損害を受けたためと見られます」

「なるほど、よくわかりました」


 報告を受けて、ネリエから質問が出る。

 コワードは推測を交えながら答えていく。

 こうして集めた情報を元にネリエが判断を下す。


「伝令を出してください」

「なんとお伝えしますか?」

「人間王を正規軍の支援へ回してください。超遠距離から上空を撃ち落とせる霊術は、人間王しかいませんので」

「……いきなり総大将をですか?」


 コワードはうっかり疑問を口にしてしまう。

 無礼を働いたと自覚したときには遅く、参謀役に睨まれていた。


「し、失礼いたしましたッ。出過ぎた真似を……」

「構いません。実際、人間王以外では対処できませんよ。一応、全員の霊術は暗記していますので」

「ぜ、全員を……! おみそれしました……!」


 コワードは地べたに頭をつけて拝命の意を示す。

 皇女の寛大な御心に感謝するのだな、と参謀役に嫌味を言われつつ、本陣を退出した。

 その足で控えていた猿に伝令を頼む。


「あいよ。総大将に伝令とは光栄だね」

「はい。よろしくお願いしますっ」

「……しかし、あんた、ごきげんだな?」

「そ、そうですか?」


 実際、コワードは舞い上がっていた。

 無理もない。

 中流の身分でありながら、皇族と会話をしたのだ。

 目を合わせることは叶わなかったが、質問に答えたし、実質一対一での会話だった。


 無礼を働いたときは死ぬかと思ったが、皇女は許してくださった。

 今となっては、それも極上の土産話だ。

 皇族と会話した者など彼の血縁には一人としていない。

 誰かに自慢したい気持ちでいっぱいだった。


 軽い足取りで持ち場に戻る。

 遠見の霊術を使う同僚に早速、話をしようとする。

 肩を叩いて振り向かせる。


 そいつはとんでもない表情を浮かべていた。

 元々の顔が思い返せないくらい怒りに歪んだ顔だった。


「えっ」


 恐ろしさのあまり、間抜けな声が出た。

 なぜこいつはこんなに怒っているのか。

 何がそんなに不満なのか。


 疑問が頭を駆け巡り、……次の瞬間、コワードは頭の底から湧き上がる声を聞いた。


 ――――正しいことをしなければ。


 そうだ。

 自分は正義の味方だ。

 なぜ忘れていたのだろう。

 自分は常に正しいことを言っているのに。


 ――――なのに、ネリエ皇女は俺の意見を否定した。


 総大将を送る必要などない。

 自分はそう思った。

 それが正しいことなのに。


 本陣にいる奴らは間違っているのだ。

 そのくせ偉そうにしやがって……。

 怒りが心を満たしていく。

 我慢するという選択はなかった。

 なぜなら、自分が正しいからだ。


 コワードは皇女誅殺を決意する。

 彼にとって、それは極めて冷静な判断だった。


 正義とは常に自分が中心にある。

 自分を是と信ずるからこそ、悪が生まれる。

 そして、悪を滅ぼすことを躊躇する理由はないのだ。


    †ジン†


「助ける必要などなかったのではないか?」

「知らん。エリカの指示だからな」


 ジンは青い炎を打った左手を振るう。

 今のは結構強力な一撃だった。

 空を駆けた炎は殺意の使徒(ナ・ラユーニン)を一撃で消滅させ、そのまま上空にあった雲も貫いた。

 ぽっかりと空いた穴から陽の光が差し込んでいる。


 ジンはエリカの指示で正規軍の支援に向かった。

 移動にはトゥービの瞬間移動を使った。

 正規軍は半数近くが赤い雪にやられており、動けない者が続出していた。

 生きてはいるので治療すれば戦えるようになるだろう。

 しかし、態勢を立て直すには時間がかかりそうだった。


「……助けられて礼もないとはな」


 トゥービは遠方にいるカラ・ハタンを見やる。

 彼は霊術で雪を逃れていたようだった。

 あちこちに指示を出し、再編を急がせている。


「別にいいよ。こっちが困ったら助けてくれるだろ」

「どうだかな」


 トゥービは肩をすくめる。

 普段は冷静な彼だが、正規軍に対しては嫌悪を隠さなかった。

 彼に限らず守護軍の連中は多くがそうだ。

 事あるごとに正規軍から見下されていたので、仲は悪い。


「それにしても、北と南に使徒が出てきたのはびっくりしたな」

「どこに驚く要素がある?」

「機械兵が挟み撃ちにしてくるのはわかるだろ? 機械だから賢かったんだ。でも、使徒は違うだろ?」


 精霊によって作り出された存在だし、言葉も話さない。

 戦術的に動くとは考えにくい。


「偶然だろう」


 トゥービはこれを一蹴する。


「機械兵の動きに合わせて挟撃を仕掛けてきた点だけを見れば、作為を感じる。しかし、使徒が知略を持つはずがない。ネリエ皇女も同様の見解だった」

「ま、それもそうか」


 エリカが言うのだ。

 間違いはないだろう。


 それより次の作戦だ。

 使徒を倒したので、また前線に戻ればいいのだろうか。

 伝令は支援しろとしか言わなかった。

 本陣が遠いと連携が面倒だ。


「……何だあれは」

「どうした?」


 トゥービは後方を見つめていた。

 彼の視線をたどっていくと、……狼煙があった。

 狼煙は軍全体に指示を出す場合や緊急性のある命令に使われる。

 色や本数によって意味が変わってくる。


 紫の三本。

 それは撤退の合図だった。


「…………はぁ? 下がれってのか?」

「解せぬな。本陣で何かあったのやも知れぬ」

「何かってなんだよ」

「知らぬ」


 そんな会話をしていたときだった。

 いきなり視界が真っ白に染まった。

 十トルメ先が見えなくなる。


「うぉおぉ、なんだこりゃ!?」

「……落ち着け! これは霊術による霧だ」


 霧を使った作戦は事前に取り決めがなされていた。

 正義の使徒(カタル・ンガン)に睨まれた者は呪いを受ける。

 軍隊規模となると解呪が難しくなるため、呪いの回避が重要となる。

 その策が霊術による霧だった。

 視界を奪い、呪いの拡散を防ぐわけだ。


「てことは、正義の使徒(カタル・ンガン)が出たのか?」

「そうであろう。しかし、妙でもある。いきなり霧を出すなど作戦にはなかった」


 全軍へ通知してから霧を出す。

 そういう手はずだった。

 正義の使徒(カタル・ンガン)の所在地も通達されていない。

 これではただ目隠しをされただけだ。


「しかも、撤退命令だしな。わけわからん」

「だが、従わないわけにはいかぬ。戻って加勢すべきだろう」

「そうだな」


 ジンはトゥービと共に後方を目指した。



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