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決戦3


    †カラ・ハタン†


「……うぅ、なんだこれは。……肩が」


 遠距離攻撃部隊の何名かが不調を訴え始めた。

 最初こそ数名だったが、時間と共に数が増えていく。

 やがてほぼ全員が頭や肩、腕に痛みがあると言い出した。

 中には痛みのあまり地面を転げ回る者もいた。


「何事だ? 何があった?」


 攻撃を受けた形跡はなかった。

 前線が無事なのに後方部隊だけが倒れるのは異常だ。


「わ、わかりませぬ。敵の攻撃かと……」

「攻撃など受けておらぬ。他に原因があるはずだ」


 混乱する参謀を放置し、カラ・ハタンは倒れた兵を見やる。

 傾向はすぐに見て取れた。

 倒れたのは皆、支援や遠距離戦を得意とする兵だった。

 彼らは前線ほど重装な防具を必要としないため、比較的軽装だった。


 軽装。

 やはり雪なのか。

 ふと自身の鎧を見る。


「…………、なんと」


 赤い雪が積もった場所だけ、鎧が溶けていた。

 まるで毒液でも受けたかのようだった。

 この雪が鎧を溶かし、皮膚を侵すのは間違いなかった。


 ……短時間であれば害はないと判断したが、大きな誤りだったようだ。

 赤い雪は非常に強力な腐食作用を持つ。


 一刻も早く雪の降らない場所へ移動しなければならない。

 しかし、すでに動けない者が何百人と生じていた。

 遠距離戦を得意とする隊が倒れたため、機械兵が距離を詰めてくる。

 連れて逃げるにしても前線部隊は機械兵にかかりきりだ。

 戦況は瞬く間に白兵戦の様相を呈してきた。


 時間を稼がれるのは好ましくない。

 機械兵を後回しにしつつ、負傷兵を下げなければならない。


「我が雪を食い止める。負傷兵の治療を急げ」


 カラ・ハタンは自らの霊術を解放する。

 彼の能力は大地を操ることだ。

 枯れ果てた土地を豊穣の地に変えることもできる。

 今は地面を操り、即席の屋根を生み出した。


 負傷兵を屋根の下へ対比させ、治療を急がせる。

 そうこうする間にも屋根が崩れていく。

 霊術で生み出した物質も腐食の対象となるらしい。


 屋根の維持が困難となる。

 ここに来て初めてカラ・ハタンは焦りを覚えた。


 雪を防ぐ手立てがない。

 降雪範囲から離脱するにしても距離がある。

 その間、無防備に雪を浴びることとなる。

 それでは負傷兵の体が保たない。


 じわりじわりと軍が消耗していく。

 まさか雪にここまで苦しめられるとは……。


    †ナグババ†


 赤い雪は獅子連隊の頭上にも降り注いでいた。

 正規軍のような分厚い鎧を持たない獅子たちは、降雪と同時に苦しみ始めた。

 多くが露出した手や足に痛みを訴えていた。


「領主、この雪は異常です……!」

「わかっている……!」


 ハービーと共に対策を講じる。

 周囲を観察すると、周囲千トルメ程度の範囲にだけ降っているようだった。

 自然に降ったものではなく、明らかに場所を絞っていた。

 何らかの意図があって降らされたものだ。

 容疑者に上がるのは、それを武器として利用する者だ。


殺意の使徒(ナ・ラユーニン)が近くにいるのかもしれません」

「……だが、姿は見えんぞ」

「近くにいないのか、あるいは、」


 ハービーは空を仰いだ。

 つられてナグババも上を見る。

 上空二百トルメほどだろうか。

 空に黒い影が浮いていた。


「…………あれが、使徒」


 外見は完璧な影だ。

 闇と言い換えてもいい。

 実体のない黒色が空を切り取ったかのように浮いていた。

 表情もなければ、生物的な要素もない。

 以前に戦った正義の使徒(カタル・ンガン)ほどの嫌悪感はない。

 しかし、それ以上に奇怪な存在だった。


「……距離がありますね。どうしますか?」

「話によれば、霊術は通用する。狙撃するしかあるまい」

「できるものがいますかね?」


 それを聞かれると弱い。

 獅子連隊は機械兵との戦いに備え訓練を積んできた。

 長距離に展開する敵軍を叩く広範囲攻撃と近接戦闘だ。

 浮遊する敵を精密に攻撃する訓練はなかった。

 個人の資質に頼るしかない。


「できそうな者を集めて、撃ち落とすぞ」

「かしこまりまし、…………くっ」

「ハービー!?」


 いきなりハービーが膝をついた。

 苦しげに肩を押さえていた。

 ハービーの鎧は重装と言える方だった。

 だが、鎧のつなぎ目から雪が侵食していた。


 外の兵はもっと苦しい状況だろう。

 痛みに耐えながら機械兵と戦っているのだ。

 完全に無事だと言えるのは、精霊から鎧を賜ったナグババだけだった。


「俺が落とすしかないようだな」

「……申し訳ありませんが、お願いします」


 剣を構えて上空を見据える。

 光の剣の射程からは大きくはずれるが、剣を最大限に伸ばせば届くかもしれない。

 急がなければ獅子連隊が壊滅する。

 ナグババは神経を集中させ、極限まで伸ばした剣を振った。


「くっ……」


 結果は悲惨だった。

 距離的に届きはしたが、狙いが定まらない。

 何度も剣を振るうが一向に当たる気配がない。


 宙を飛ぶ敵に長さ二百トルメの剣を当てるには、凄まじく精密な操作が要求される。

 雪が降りしきり、周囲に敵が押し寄せる状況では、集中することもままならない。

 しかも、敵が動いているとあっては、難易度は桁違いだった。


 そうこうするうちに兵が倒れていく。

 そんな状況でも機械兵は止まらない。


 表面の装甲が雪によって溶けているが、機械は痛みを感じない。

 機能を停止しない限り、連携を維持し、執拗に攻撃を仕掛けてくる。


 ――――最初の使徒を倒すこともできないのか。


 ナグババは悔しさに歯噛みする。


 そのときだった。

 背後から飛んできた槍が殺意の使徒(ナ・ラユーニン)を貫いた。

 影状ではあったが物理的な攻撃も通用するらしく、殺意の使徒(ナ・ラユーニン)は悶えるように縮小した。


 槍を投げたのはナグババの背後に立っていた人物。

 孤虎連隊の隊長マティガスだった。


「……なぜお前が」


 思わず本音が口をつく。

 なぜ虎が獅子を助けたのか。

 そんな行いは過去千年を振り返っても一度としてなかった。


 困惑するナグババを放置して、マティガスは落ちてきた槍を拾う。


「俺の霊術は、投げた槍が必ず当たるというものだ。威力はないが、飛んでいる奴が相手なら有利になる。アレは俺がやる。お前は機械兵を押さえろ」


 そんな提案を持ち出してきた。

 耳を疑う。

 獅子と虎の関係を思えば、あり得ない話だ。

 それは本人も重々理解しているらしく、こうも言った。


「……別に獅子を助けたくてやっているわけではない。ネリエ皇女には恩義があるし、下手に私情を挟めば総大将が怒るからだ」


 マティガスは照れ隠しに必死だった。

 その様子にナグババは好ましさを覚える。


「そうに違いない。俺も人間王は怒らせたくはない」

「……旧知の仲ではなかったのか?」

「勝手知ったる仲ではある。だが、人間王は怒ると決めたら相手が誰であろうと平等に怒る。あれは非常に恐ろしい」

「ふっ、獅子にも怖いものがあるとはな」


 マティガスが笑う。

 不思議と馬鹿にされたとは思えなかった。

 秘めたる思いを共有できた。

 そんな風に感じる。


 互いに笑いあったあと、マティガスはナグババに背を向けた。


「負傷兵は下がらせろ。前線は虎が受け持つ」

「気遣い痛み入る。すまんが、下がらせてもらう」


 申し出をありがたく受けた。

 虎に借りを作るなど平時では決して起こり得ぬことだ。

 しかし、ここは戦場で、今は仲間だ。


 マティガスが第二の槍を投げる。

 最初こそ方向がずれていたが、奇妙な力で修正され、殺意の使徒(ナ・ラユーニン)に直撃する。

 投げた槍が絶対に当たる霊術。

 汎用性は低いが、この場においては最も頼りになる能力だ。


 二度の攻撃を受け、殺意の使徒(ナ・ラユーニン)は力なく宙に静止した。

 ほどなく赤い雪が降り止み晴れ間が見えてきた。

 確実に効果が出ている。

 第三の槍で完全に殺意の使徒(ナ・ラユーニン)は霧散した。


 ……あれほど苦戦したのが嘘のようだ。


「適材適所というものだな」ナグババは言う。「まさか槍を投げるだけの霊術で使徒が倒せるとは思わなかった」

「ふん、キンキラの剣で使徒が倒せないとは俺も思わなかった」


 悪口を言い合い、互いに拳をぶつけ合う。

 そして、互いの健闘を称えるのだった。


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