決戦2
†ナグババ†
獅子連隊のうち約半数の千名がナグババと共に南へ向かった。
斥候である忍びから高速接近中の一団ありとの報を受けていた。
前方を見やれば、地平線に敵影がある。
異様な速度で荒れ地を走るのは人型の何かだ。
距離を詰めると、敵の正体が天上人とは似つかぬものだとわかる。
まず、腕が異様に長かった。
直立したら地面につくほどで、天上人というより猿に近い。
それでいて移動に腕は使わず、二本足で走っている。
その間、腕は地面を引きずっていた。
なんとも奇妙な走り方だった。
「数にして千を超えるくらいですね」
ハービーが望遠鏡で敵を観察する。
彼は文官だが、なぜか戦場についてきていた。
戦いには参加せず、観測手として動いている。
「近接戦に優れるという機械兵か……。なるべく、近づかせずに倒したいところだな」
「それがよいでしょう。わざわざ敵の得意な距離で戦う必要はありませんので」
「ま、そうは言っても、俺は接近しなければ戦えないんだがな」
ナグババは精霊より賜った武具を召喚する。
黄金郷ノ鎧。
黄金郷ノ剣。
光をまとった黄金剣は刀身の長さを自在に変えられるが、数十トルメが限度だ。
千トルメ近い距離では役に立たない。
結局、こちらから近づくしかない。
「……他の者に任せればよいと思いますが」
「将たる者が先に出なければ、兵に示しがつかんだろう」
「相変わらずですね、あなたは……」
ため息を付くハービーに見送られ、ナグババは前に出た。
機械兵の足は思ったより速く、距離はあっけなく縮まった。
距離百トルメで足を止め、剣の柄に手を添える。
間合いを計り、――――機械兵が射程に入った刹那、ナグババは光の剣を振るった。
刀身は細く伸び、機械兵の一団を薙ぎ払う。
数十の機械兵が真っ二つになる。
相手が生身の天上人だったなら、ここで足を止めただろう。
無策で突っ込めば一刀のもとに切り捨てられるわけだから、当然、策を練るはずだ。
しかし、機械は死を恐れない。
作戦のためになら容易に自らを犠牲にする。
「ぬうっ!?」
機械兵が初めて腕を使った。
腕は伸縮性があるらしく、縮めた腕を伸ばすことで爆発的な推力を生む。
数体が一気に距離を詰めてくる。
意表を突かれはしたものの、ナグババは難なくこれを捌く。
しかし、完璧とはいかなかった。
剣を振り抜いた瞬間、脇腹に衝撃が走った。
いつの間にか機械兵が死角に滑り込んでいた。
伸びる腕で殴られたらしい。
たった一発で十数トルメも吹き飛ばされた。
鎧がなければ死んでいたかもしれない。
「……なんという威力だ」
そして、それ以上に連携が恐ろしかった。
機械を相手にすることの意味がやっとわかった。
死を恐れず、いかなる時でも完璧な連携を実現する兵は、霊術を使う兵と同等の脅威となる。
「ご無事ですか!?」
兵がナグババを守るように展開する。
頼もしい兵たちだ。
彼らとならば負ける気がしない。
「こちらは問題ない! 気をつけろ! 敵はかなり厄介だ! 落ち着いて数を減らすぞ!」
「はっ」
接近戦を得意とする者を前に出し、機械兵の足を止める。
敵は形状からして白兵戦にしか対応できない。
一度に戦えるのは最前線の百体程度。
後方に控えている大多数は順番待ちだ。
そこに遠距離攻撃を打ち込ませる。
いかに敵が戦術を持つのだとしても、こちらにはネリエとハービーがいる。
戦術勝負で負けるはずがなかった。
†カラ・ハタン†
その頃、カラ・ハタンは主戦場の北側で機械兵を掃討していた。
元より正規軍は皇国守護軍とは独立して動いており、ちょうど二つの軍が並行して進む形だった。
最初は前方の砲撃をやり過ごすことに重点を置いていたが、別の機械兵が接近したため対応に回った。
腕の長い機械兵は接近戦を得意とする。
ネリエより事前情報を受け取っていたため、カラ・ハタンは遠距離から攻撃するよう命じた。
正規軍は攻城戦から籠城戦までこなせる万能の軍隊だ。
白兵戦、遠距離戦、空中戦、防衛戦まで何でもこなす。
機械兵も遠距離部隊に任せ、着々と数を減らしていった。
「機械兵とやらは、突っ込むばかりで能がないな」
今のところ、正規軍に損害はない。
青い炎やカメイ・ウィーテのような派手さはないが、万全の守りを維持したまま、堅実に遠距離攻撃を加えていた。
異変が起こったのは、機械兵を半分片付けた頃合いだった。
「将軍、空が……!」
「……ふむ、曇ってきたようだな」
先程までは晴れ間が見えていたが、急速に雲が集まってきた。
わずか半刻(約十五分)で太陽が見えなくなる。
心なしか気温も随分下がった気がする。
やがてちらほらと雪が降り始めた。
…………それは赤い雪だった。
赤い雪はラバナ山付近を死の大地に変えた元凶だ。
危険だという認識はあったし、突然、降り始めたことに違和感を覚える。
「将軍、一旦兵を退かせるべきでは?」
参謀が撤退の打診をしてくる。
堅実な手ではあったが、眼前に迫る機械兵も差し迫った危機だった。
正規軍が退けば、機械兵は背後にいる守護軍へ殺到するだろう。
カラ・ハタンとしては構わないが、敵兵を押し付けた卑怯者などと噂を立てられるのは困る。
正規軍はあくまで精錬にて最強の存在でなければならない。
そこに価値の本質があるからだ。
「優先すべきは眼前の敵であろう。正規軍が民衆の前で背を向けるわけにはいかぬ」
「……民衆。守護軍のことですか? 一応、友軍という扱いでは?」
「有象無象の集まりなど軍とは呼ぶに値せぬ。軍を名乗れるのは皇国正規軍のみだ」
赤い雪があっても殺意の使徒がいなければ脅威はない。
周囲を十分に警戒し、殺意の使徒の接近を検知した場合のみ下がればいい。
カラ・ハタンはそう判断した。
「御意に」
参謀が下がり、戦闘が続行される。
正規軍の遠距離攻撃で続々と機械兵が狩られていく。
一方的な展開が続いた。
異変が起こったのは、半刻(約十五分)後のことだった。