表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/199

決戦1


    †ジン†


 二十日の旅程を経て、ラバナ山東方の平野へ到着した。

 裾野は雪解けを迎えていた。

 普段なら野草が生い茂る季節だ。


 今は何もなかった。

 木々はことごとく枯れ、足元の地面を蹴ると砂が舞う。

 赤い雪が降った土地は例外なく荒地となっていた。


「……ひでぇな。あの辺り、カルの里があったところじゃないのか?」


 ラバナ山の北部を指差す。

 本来なら深い森が広がるはずだが、見る影もなかった。


「そうだね。もう少し奥だけど、……たぶん、ここと似た状況だと思う」

「里の連中、逃げて正解だったな」


 でなければ、今頃は全滅していた。

 どれもこれもあいつのせいだ。


 ラバナ山を見やる。

 中腹より上には今も赤い雪が残り、山そのものを真紅に染めている。

 そして、頂上には赤黒い霧が渦巻いていた。


 悪しき精霊(サイタン・マサマ)

 なぜかは知らない。

 しかし、感覚的にわかる。

 あれが怒りと憎しみからできている、と。


拒絶の使徒(パグタンギー)はここからじゃ見えないんだね」

「貝殻の使徒か。近づくと見えるって聞いてるな」

「……戦う前に観察したかったけど、仕方ないね」


 カルが緊張した面持ちで言う。

 拒絶の使徒(パグタンギー)と戦うのはパグ・ワ・サークの操縦手であるカルの役目だ。

 他の使徒とは違い、拒絶の使徒(パグタンギー)は情報が少ない。

 戦いながら策を練るため、カルの負担は大きい。


「……向こうもこっちに気づいたみたいだ。行こうか」


 指摘され目を凝らす。

 山の麓から土煙が上っていた。

 機械兵が行動を開始したのだろう。


「カル、背中は任せたぞ」

「もちろん、ちゃんとジンを守ってるよ」


 どちらからともなく拳をぶつけ合う。

 カルはロボットの操縦席へ。

 ジンは総大将として全軍の前へ。


 前線を張るのは領主率いる獅子連隊とマティガス率いる孤虎連隊。

 その後ろには十二天将を中心に猿遊隊に牛兎支援隊。

 少し離れた場所に皇国正規軍が独立友軍という形で展開する。

 最後衛には皇帝から貸与された近衛兵とパグ・ワ・サークに守られたエリカが。

 そして、前線よりも更に前には、斥候と索敵の任を負う忍びが立つ。


 以上、七千。

 これが皇国の持てる全勢力だ。

 この七千が負ければ、皇国に後はない。


「――――来るぞ」


 機械兵との距離が縮まる。

 互いの射程圏に踏み入っていく。


 血がたぎる。

 あの日、精霊に与えられた血が。

 このときを待っていたとばかりに――――。


 ついにこの時が来た。


「お前ら準備はいいな!! 行くぞ、全軍突撃だぁぁあああぁあッ!!」

「「「「「おぉぉおぉぉおおおお!!!」」」」」


 腹の底から声を出し、荒地を駆ける。

 エリカの見立てでは、戦闘に使える時間はわずか十刻(約五時間)。

 十刻が経過すれば、悪しき精霊(サイタン・マサマ)は新たな精霊を召喚する。


 様子見はなしだ。

 とにかく速さ。

 先手を取り続けて勝ちにいく。


    †


「機械兵の砲撃を確認!! 防陣を展開しろ!!」


 初戦は遠距離からの打ち合いだった。

 砲弾が次々と飛来し、戦場を穴だらけにする。

 霊術による盾で防御に徹し、隙を見て反撃。


 地平線に互いの頭が見える程度の距離だ。

 効果があるのかは判然としない。


「前に進め! 距離を詰めて一気に叩くぞ!」

「総大将殿、ここは私めに策がありますぞ」


 猿の十二天将カメイ・ウィーテが言う。

 彼の霊術は、知っているものなら何でも作り出す能力だ。

 剣や槍を無尽蔵に作れるが、霊術戦では役に立たない。


「許可する! ……けど、何を作るんだ?」

「それは見てからのお楽しみですぞ」


 彼は霊術を起動させ――――。


「お前、それは……」

「ネリエ様より製法を賜りましてな」


 彼が生み出したのは見上げるほどの大きさの黒い玉。

 独特の香りには覚えがある。

 エリカの匂いだ。

 つまり、これは――――。


「……火薬!!」

「いかにも。なんでも火薬を知り尽くした人間が考案したものだとか。威力ばかりが高く、扱いづらいそうですが、こういう場面では役立ちましょう」


 獅子の十二天将トゥービが呼びつけられ、彼の霊術で爆弾が敵陣の上空へ瞬間移動させられる。

 さて、どの程度の効果が見込めるか。

 ボーッとして待っていると、カメイが今思い出したとばかりに、


「しまった。耳をふさいで伏せるよう言い忘れましたな」


 直後、地平の向こうで閃光が走った。

 幾ばくか遅れて地響きが到来し、最後に防風が荒地を駆け抜けた。

 砂や岩が飛んでくる。


「なんじゃぁこりゃぁあぁああ……!」


 全軍に動揺が走る。

 機械兵の攻撃以上に前線が被害を受けていた。

 やっとのことで風が収まる。

 恐る恐る顔を上げる。


 遠方にきのこ状の雲が浮かんでいた。

 敵からの砲撃はすでにない。


 一撃。

 爆弾一つで敵の先鋒を切り崩した……。


「無茶苦茶じゃねぇか……」

「もう一つ作りますか?」

「いや、いい、作るな! 十分だ! 距離を詰めるぞ!」


 機械兵はラバナ山周辺に薄く展開されていた。

 東側を食い破っても南北から増援が送られてくる。

 それより早く麓へ接近し、南北に対する守りを固める。

 麓に拠点を作ることが作戦の第一歩だ。


 兵を前へ進ませる。

 道中に拠点を作ることなく、ただ前線を押し上げる。

 山の反対側に待機していたのだろう。

 機械兵が次々に現れる。


 爆弾の威力を調整させて、視界に入る前から蹴散らしていく。

 あっという間にラバナ山までの距離を半分に詰めた。

 少し物足りないくらいだ。


「俺もやるぞ!」


 左手に炎を生み出す。

 想像するのは今しがた見た爆薬。


「それはちと大きすぎるのではありませんかな……?」


 カメイ・ウィーテが冷や汗混じりに言う。

 炎は屋敷と呼べるくらいの大きさになっていた。

 一対一が多かったので範囲攻撃は経験がない。

 とりあえず、溜めてみたが、思った以上の大きさになった。


 これを、敵陣めがけて思い切り投げる。

 炎の玉は放物線を描いてゆっくりと飛んでいく。

 普段、ジンが使う炎とは比べ物にならない遅さだ。


 やがて地平線のあちらに姿を消し、一拍置いて、火柱が上がった。

 ラバナ山の姿が隠れるほどの高さだ。

 熱風が戦場を舐め、兵が思わず顔を覆うほどの熱が生じる。


「おぉ、すごい威力になったな!」

「……あれは、跡形もないでしょうなぁ。すべて溶けているに違いありませぬ」

「結構な数が倒せたんじゃないか?」

「観測してみないことにはなんとも言えませんな」


 などと話していると、ジンの足元が爆発した。


「うわっ!? なんだ!?」

「……どうやら敵の射程に入ったようですな」


 次の瞬間、砲弾が雨のように降ってきた。

 数に物を言わせた攻撃が次々と着弾する。

 防御に特化した兵が前に出て盾を作る。


 霊術で作られる盾は水晶だったり、鉄だったり、形は様々だ。

 ジンの前にも植物の盾が作られるが、凄まじい勢いで削られていく。


「盾の種類によっては砲撃に耐えられぬようですな。皇女の想定より威力が高いのかもしれませぬ」

「……近づかせる前に倒さないとまずいな」

「しかし、随分と多いですな。だいぶ削ったつもりでしたが……」


 機械兵は目で見える距離に接近していた。

 ラバナ山の裾野に横一列に広がる。

 正面から突っ込んでくるだけでも数千という規模がありそうだ。


 報告されていたのが数千なので、全軍を出してきたのか。

 あるいは温存していた戦力があるのか。


 機械兵は自動で戦うという話だった。

 多少は戦術を考えるのかもしれない。


 そう思っていると、兵が慌しい様子で走ってきた。


「南北に敵影あり! 高速で接近して来ます!」

「挟み撃ちってことか?」

「はっ。こちらの移動を妨害しないことで軍を縦長にし、横から叩く策と思われます」


「思ったより賢いんだな」

「そのようです。しかし、すでにネリエ様より獅子に対処せよとのご命令がありました故、作戦に支障はないかと」

「獅子だけで南北の両方を倒すのか?」

「いえ。北側には正規軍がおりますので、対処は一任するようです」


 言われて北を見る。

 正規軍の綺羅びやかな鎧が見えた。

 人数も血筋もあちらの方が上なので放っておいても問題はないだろう。

 数に劣る獅子連隊が南側を押さえられるかが勝負だ。


 その間、手薄になった前線は虎氏族が支える。

 と言っても、未だ遠距離からの打ち合いが主で、接近戦には至っていないが。


「俺の出番はまだか?」

「人間王は今しばらく砲撃特化型の機械兵を掃討するようにとのことです」


 そろそろ飽きる頃だと見抜かれていたらしい。

 ジンへの命令も織り込まれていた。


 ……仕方ない。

 しばらくは機械兵を駆逐することにしよう、と思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ