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69 決起



    †ジン†


「あ、あれはまさか…………、龍族!?」

「皇族様がいらしたのか!?」


 エリカの登場により、練兵場は慌ただしくなった。

 集まった兵は各十二天将が引き連れてきた氏族。

 それなりに地位も血筋もある連中だが、大半は帝都から離れた地方から集められていた。


 当然、普段の生活で龍を見ることはなく、彼らのほぼ全員が初めて見た龍族は、正規軍将軍カラ・ハタンだった。

 将軍位も十分に偉いが、鎧を着ていたためカラ・ハタンに龍の特徴を見ることはなかった。

 その点、エリカは豪華な着物を身に着けてはいるが、羽も角も隠していない。


「……俺、龍の羽を見るの、初めてだ」

「あぁ……、本物だ。あれは誰だろうな……? すごい美人だ」


 そんな声がちらほら聞こえた。

 どうやら皇女の顔も知らないようだ。


 エリカが皇族用の観覧席に立つ。

 場に緊張が降りてきた。

 酒を片手に直立不動になる奴、焼串を持ったまま敬礼する奴。

 酔ってはいたが心根は真面目だ。


 将軍カラ・ハタンを隣に引き連れ、エリカは観覧席から兵を見下ろす。

 補佐役と思しき男が前に出て、全軍をここへ集めるよう指示を出す。

 間もなく各隊が整列した。


 カラ・ハタンが前に出て、拡声の呪具(スンパ)をかざした。


「これより本作戦の説明を行う。だが、その前に皇国軍最高議長よりお言葉がある。皆、傾聴するように」


 そして、隣にいるエリカを紹介した。


「こちらがバサ皇国軍最高議長ネリエ・ワーラ・アングハリ皇女である」

「――――!!」


 全軍に衝撃が走った。

 兵が魂を抜かれたような顔をする。

 手にしていた盃や串を落とす。

 誰からともなく膝を付き、平伏し始めた。


 宴の高ぶりは霧散していた。

 なぜか、すすり泣くような声が聞こえる。

 皇女との謁見。

 それは彼らにとって泣くほどのことなのだ。


 補佐役が拡声の呪具(スンパ)をエリカに渡す。

 エリカは観覧席の端に立ち、優雅に一礼した。


「まずは今日まで厳しい訓練を続けてきた皆に労いを。そして、惜しくも亡くなった者たちに弔いの意を表します」


 話し始めは穏やかだった。

 黙祷を挟み、エリカは続ける。


「ラバナ山頂にて悪しき精霊(サイタン・マサマ)が復活し、幾ばくかの時が過ぎました。これまで悪しき精霊(サイタン・マサマ)は動きを見せず、ただ黙すばかりでした。すでに聞き及んでいる者もいることと思いますが、つかの間の安寧は長く続きません。

 悪しき精霊(サイタン・マサマ)は雪解けと共に、大陸ショーグナを不浄の大地とすべく侵攻を開始しました。

 これはまだ雪が降っていた頃、風の精霊(アング・ハンギ)によって予言されていました。

 予言をもたらしてくれたのは、私の大切な友人であると共に、本作戦の総大将を務めるジンの妹、スグリでした」


 ほんの少しだけ場がざわつく。

 ジンは視線が集まるのを感じた。


「彼女は命を賭して、私たちに託宣を残してくれました。だからこそ、私は作戦を立てることができたのです。バサ皇国を代表し、彼女に最大限の感謝を送ります」


 再びの黙祷。

 今度は兵も一緒に目を閉じた。


「今回の戦は、これまでバサ皇国が経験してきた中で最も過酷なものとなるでしょう。しかし、精霊は私たちに希望を残してくださいました。青い炎は始皇帝マナロの死によって失われたはずでした。受け継いだ者がいることに、私は運命を感じてなりません。これこそが精霊の加護なのだと。

 ですが、忘れてはなりません。この力が人間に宿っているのだということを。

 精霊は私たちに試練を課したのです。

 過去の怨嗟や価値観に囚われ、私たちが手を取り合うことができなければ、バサ皇国は滅ぶ。そのような状況を作り出し、私たちが変われるかを試しているのです。

 ここに集った者で人間を疎み、将軍位に人間をつけることを不服に思う者がないことを私は願っています」


「恐れながらネリエ皇女! この場に集う者たちは、いずれも武の道を進んだ猛者でございます! 武を志す者で我らが総大将を疎む者などおりませぬ!」


 マティガスが直立不動のまま反論した。

 命知らずなのか、どこかに首を飛ばされない保証書でも持っているのか、とにかく勇気のある行動だった。

 しかも、なお恐れ多いことに、それに続く者が現れた。


「そうだ! 俺たちは全員で認めたんだ!」「力ある者が総大将となることに異論などありません!」「肩書だけの総大将に比べれば、人間であることくらいどうってこともない!」


 エリカは片手を上げて兵を静める。

 そして、微笑みをもって軍に応えた。


「皆の心意気、しかと受け止めました。どうやらいらぬ心配だったようですね。では、逆に人間は天上人を共に戦う仲間だと認めることができたでしょうか? ここにいる天上人は、そのように努力をしたと宣言できますか?」

「それは我らが認めましょう」


 力強く発言したのは忍将だった。


「霊術がない我らを活かす方策を編み出し、煮詰めたのはいずれも天上人でありました。信頼関係を培い、一つ上の高みに至れたという自負がございます」


 普段、全くしゃべらない男がしゃべると説得力が違う。

 声を張り上げたマティガスなどは、照れくさそうに頬をかいていた。


「……ありがとう。私が自ら諭さねばならぬと意気込んで参りましたが、皆は私の想像をはるかに超える結束を築いていたようですね。もはや多くを語る必要もないでしょう。

 作戦の概要は過日に話した通りです。これは約千年前にマナロが経験した悪しき精霊(サイタン・マサマ)との戦を越える規模の大作戦となり、間違いなくバサ皇国の歴史に刻まれるものとなるでしょう。

 ここに集った兵は、皇国の、いいえ、世界の命運を背負い、決戦に臨むこととなります。個々人の働きが、皇国に住まうすべての天上人と人間の行く末を決めることを胸に刻んでください」


 ここでエリカは言葉を切り、表情を引き締めた。


「此度の戦には私も出陣します。現場にて指揮を執り、最後まで皆と共にあるつもりです」


「――――な、なんですって!?」

「皇女が自ら!?」

「と、共に、戦う……!?」

「皇女様が前線に出るのか!?」

「…………っ」


 今度のざわつきは先ほどの比ではなかった。

 一国の皇女が戦場に赴くなど。

 誰もそんな事態を想定していない。


「お、おやめください!!」

「帝都に戻ってくだされ!!」

「万が一のことがあったら死んでも死にきれませぬ!!」

「どうかっ!! どうかお逃げください!」


 懇願するような声が上がる。

 しかし、エリカはこれを一蹴した。


「私は逃げません。この戦はバサの行く末を決するもの。今、皇族が出ずして、いつ出るというのですか」

「――――」


 兵は沈黙する。

 たった一人を前にして数千人が気圧されていた。

 口々に戻るよう促していた連中ですら立ち尽くすことしかできない。


「無論、この私が出る以上、敗北は許されません。

 あなた方には死力を尽くすことを誓っていただきます。

 その代わり、私もバサ皇国軍最高議長ネリエ・ワーラ・アングハリの名の下に約束しましょう。――――必ずやこの戦を勝利に導くと!」


 大音声が兵を貫く。

 場を静寂が満たし、誰もが呆然とエリカを見上げた。

 しかし、エリカの発した”熱”のようなものは、じわりじわりと兵の間に浸透していた。


 やがて兵の顔に笑みが浮かんだ。

 とてつもなく凶悪な笑みだった。

 誰かが拳を振り上げ、


「うぅぉおおぉおおお!! 皇女様が出られるんだ!! 必ず勝つぞ!」

「こりゃあ、ぼうっとしてられなくなったぜ!」

「皇女様! 俺はどこまでもお供いたしますっ!」

「ご命令ください!! 必ず勝てと!」

「皇国の未来のために!」


 勇気と希望が場を満たす。

 不安などとうの昔に消し飛んでいた。

 降って湧いた災厄を前に、誰も恐れず、怯まない。

 勝利を信じて疑わない。


 相手が幾千万の命を奪った災厄であろうと、

 かつては五人いた精霊の担い手が一人しかいなかろうと、

 科学技術が失われようと。


 そんなものは関係ないのだ。

 自分たちは絶対に勝つ。

 なぜなら、皇女が勝利を宣言したからだ。


 皇女に勝つと言わしめて、勝利をもたらせない兵などゴミだ。

 そんな兵になるつもりはなく、死んでも勝利をもぎ取らねばならないのだ。

 誰が言うわけでもない。

 しかし、人間と天上人の区別もなく、彼らの思いは一つだった。


 二種族の間に幾百年も居座った壁は、もはや跡形もなく壊されていた。

 ここに集う者に主従はない。

 背中を預けることができ、互いのために命を懸けることができた。

 それ以上でも以下でもない。

 仲間であり、戦友だった。


「皆の活躍に期待します! 幾度、皇国を襲おうとも我らの力が上回ることを精霊界(アニート)へと知らしめましょう!」

「「「おぉおおおお……!!」」」


 歓声は留まることを知らない。

 いつの間にか酒樽が運び込まれており、兵に新たな酒が配られていた。


 もし演説を評価するのなら、エリカは満点だった。

 こんな芸当はジンにもできない。

 普段から怒鳴っている奴が怒鳴っても効果はないのだ。

 皇女だからこそできることだ。


 エリカは本気だ。

 なりふり構わず勝ちに行くつもりだ。

 ……話をせずともそれがわかる。


「絶対に勝とう! 皇女様のためにも、国のためにも!」


 誰かがそう宣言する。

 当たり前だ、という返答がいくつも聞こえた。


 その夜はいつまでも宴会が続いた。

 全員が揃うのも今日で最後だからだ。

 明日になれば、部隊が別れ戦地へ向かう。


 皆が無事に帰れるほど甘い戦でない。

 そんなのは誰もがわかっていた。

 わかっているから、今という瞬間を楽しむのだ。


 宴は続く。

 夜が更けていく。

 空には明るい月が上っていた。


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