67 墓参り
2019/08/19
誤字修正
†ネリエ†
御前会議での承認が降りた。
元よりネリエに一任されていたし、入念な下調べが評価された。
正規軍を率いる将軍カラ・ハタンに情報共有することを条件に、作戦の実行時期を含め、すべての権限がネリエに与えられた。
これだけの裁量が与えられた裏には、責任を押し付けようとする各派閥の思惑があったのは間違いない。
しかし、過程はどうあれ、望む結果を得られたのだから、ネリエとしては満足だった。
本丸御殿をあとにして、ネリエは皇族の墓所へ向かった。
小高い丘に作られた墓地には、マナロの実子たちが眠る。
一つ一つの墓石は大仰で、縦にも横にもネリエ三人分の長さがあった。
千年を生きてマナロは四十四人の子をもうけた。
うち四十二名がここに眠る。
そこには政変で亡くなった兄弟も含まれていた。
――――姉様、兄様、マハルナタオ。お久しぶりです。
墓前に膝を付き祈りを捧げる。
本当は帝都へ戻って、すぐに立ち寄るべきだった。
挨拶が遅れたことを詫び、近況を話した。
ネリエには兄と姉が一人ずつ、そして、ドラコーン以外に弟が一人いた。
第一皇子ルガールは当時七十五歳。
第二皇子ドラコーンが十一歳だったから、皇位は当然、ルガールに渡るものと思われていた。
しかし、霊公会がドラコーンに組みし、他の継承権保持者を暗殺していった。
第三皇子マハルナタオに至っては、当時八歳。
それも側室の子だったにも関わらず、毒を盛られた。
生き残ったドラコーンが即位し、皇国を我が物顔で支配してきた。
さぞかし危険な人物なのだろうと思っていた。
実際、最初に会った頃は、その片鱗が見え隠れてしていた。
色欲と傲慢さに支配された性格。
自身の望みが叶わないことを知らず、他者の命に何の価値も見出していなかった。
常に世界の中心に自分があると信じて疑わない。
だからこそ、不思議だった。
ドラコーンがジンに許しを与えたことが。
――――兄様たちの無念がドラコーンに働きかけたのですか?
兄弟たちは生前から仲がよいわけではなかったが、ひょっとしたら血を分けた兄弟への情けで、ドラコーンを夢の中で諭したのではないか。
そんな妄想を真面目に検討してしまうほど、ドラコーンの変化は唐突だった。
思い当たるフシはなくネリエの中では未だに未解決事項のままだ。
結果的によい方向に話が進んでいるものの、気持ち悪さが残っていた。
――――この度、私は皇国の命運を預かることとなりました。
戦争へ行く旨も報告する。
一人でどこまでできるかはわからない。
しかし、兄弟たちの分まで働くと誓う。
祈りを捧げ、立ち上がる。
立ち去ろうとしたそのとき、唐突に声をかけられた。
「何をしている」
振り向くと、ドラコーンの姿があった。
花と水桶を持たせた従者を引き連れていた。
「……墓参りです。兄様たちに此度の作戦を報告に」
「そうか。兄上が生きていれば話は変わっただろうな」
ドラコーンは兄の死を惜しむように言った。
あまりにも自然だったので、ネリエは反応が遅れてしまった。
「……今、なんと?」
「兄上が生きていれば、と言ったのだ」
ドラコーンは真顔だった。
含みを持たせているようには見えない。
だからこそ、ネリエは反応に困る。
兄弟たちを殺したのは、他ならぬドラコーンだ。
……生きていればなどという言葉が出ること自体おかしい。
「兄様は自殺ではありませんでした。謀殺されたのです」
探るようにネリエは言った。
これに対するドラコーンの反応は、
「……なんだと? それは真か?」
驚きだった。
ドラコーンは目を見開き、心の底から驚いていた。
「……知らなかったのですか?」
「そのような話は聞いておらぬ」
「私も姉様もマハルナタオも暗殺者の手にかかったのです」
「それで余に皇位が巡ってきたのか……」
「……」
ドラコーンの顔つきが変わる。
自身に問われている罪を理解したようだった。
「知らぬ」
「何をですか?」
「余は殺せなどと言っていない」
「……では、誰が?」
問うと、ドラコーンはしばし考え、
「余は霊導師より託宣を授かったのだ。精霊の加護により、余が皇位につくだろうと」
その予言を信じたから、ドラコーンは今まで兄弟の死に疑問を持たなかった。
……考えればすぐにわかりそうなものなのに。
逆だ。
考えるような人物ではなかったから、霊公会は傀儡に相応しいと判断したのだ。
ドラコーン即位の裏に霊公会があったのは知っていたが、首謀者も霊公会だったわけだ。
「次々と死を遂げる兄弟を疑問には思わなかったのですか?」
「思わなかった。あのときは予言が当たったのだと信じていた。余が愚かであったからだ」
今度はネリエが驚く番だった。
ドラコーンが自身の汚点を認める。
……そんな殊勝な性格だとは思わなかった。
「……意外ですね」
「余もそう思う。一度、視界が開けたからだろう」
「視界が開けた、ですか?」
「余を諭そうとした者がいたのだ。その者は外の世界について大いに語り、余を籠絡しようとする無作法者であった」
ドラコーンは語る。
その人物がいかに無遠慮で、不出来で、愚かなのかを。
そう言う割に語り口は軽い。
よほど気に入っているのだろうと思う。
しかし、ネリエには心当たりがない。
皇帝に謁見が可能な人物は概ね頭に入っていたが、該当する者は一人としていなかった。
「……その者は一体、誰なのですか?」
「言えぬ。贔屓にしているなどと知れれば大変であろう」
正論で返された。
あの性欲しかなかった奴がそんなことを言い出すとは……。
ますます正体が気になってくる。
「何度、聞かれても言えぬ。むしろ、言っても信じぬであろう」
つまり、ネリエの見える範囲にいない者ということか。
なんにしても人間と天上人による混成軍の実現させた功績は計り知れない。
間違いなく歴史に名を残すだろう。
「余はこれより兄弟へ挨拶をする」
それ以上話すつもりはないという意思表示なのだろう。
ドラコーンは従者を呼んだ。
「では、私は先に戻ります。仕事がありますので」
ネリエはその場を辞することにした。
去り際に振り返ると、ドラコーンが従者から花を受け取るところだった。
手ずから血族の墓に花を添えるのか。
ますます意外だ。
ネリエが見ていることに気づいたのか、ドラコーンは唐突に言った。
「貴様、人間を追って戦地へ行くつもりだろう」
「……なぜそれを?」
その話は誰にもしていなかった。
書面上、現地で指揮を執るのはベルリカ領主だ。
御前会議でも一人として気づかなかった。
「生きて帰れ。命令だ」
ドラコーンの従者が目を見開いた。
それくらいあり得ない発言だった。
ネリエが凱旋しても、ドラコーンには利が一つもないからだ。
それでも、彼は生きろと言う。
「はい、必ずや」
ネリエは拝命の意を示す。
弟の変化に戸惑いを隠せない。
しかし、その変化を好ましくも思う。
同じ道を歩けることを望まずにはいられない。