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64 避難民1



 帝都の外には、城壁を取り巻くように野営地が作られている。

 多くはベルリカ領主が連れてきた者だが、他の領からもかなりの人数がやって来ていた。


 帝政は最初こそ城壁内で受け入れていた。

 しかし、今では管理の都合を理由に城壁の外で野営するよう触れを出している。

 新たにやってきた一団は、触れを見て仕方なく野営地に合流する。


 もちろん、この話は表向きのものだ。

 中流以上の天上人には今でも城壁内の野営地が提供されるし、下流でも伝があれば城壁内に滞在可能だ。

 では、なぜ触れを出したのか。

 主な理由は治安の悪化だ。


 下流の、それも本当の意味での最下層の身分の天上人は、何をするかわからない。

 だから、外に置いておきたい。

 これが帝政の本音だ。


 逆に人間は力がなく、奴隷として教育されるため、いくら増やしても治安の悪化にはつながらない。

 むしろ一時的な労働力にすらなる。

 そのため、城壁内に招かれた避難民は天上人より人間の方が多いのが実情だ。


 野営地は今も拡張され続けている。

 名簿もなければ、住所もない。

 どこに誰がいるのかも不明。

 全体を見て回る役人も不在だった。


 こうした背景を踏まえれば、野営地の治安が悪化するのは必然だろう。

 誰もがそう思っていた。

 ところが、多くの役人の想像を裏切り、野営地には規律があり、天上人も人間も律儀に遵守しているのだった。


    †


 ログーは犬の天上人で、人間の売買を仕事にしていた。

 野良人間を捕まえては、奴隷商に売る。

 そうして得た小銭で日々を暮らしていた。


 趣味といえば、捕まえた人間をいたぶることで、相手が女であれば暴行も加えた。

 位階は十位。

 天上人の最底辺だ。

 この位階の天上人は人間との接触に躊躇がない。

 むしろ天上人の女からは相手にされないので、女と言えばもっぱら人間を指す。


 家らしい家は持たず、人間を脅して宿を取る。

 そんな生活を四十数年も続けてきた。


 今回の異変でログーは住処を追われた。

 帝都まで流れてきたが、彼の位階では城壁内には入れない。

 かと言って、野営地は商人や職人といった人種を中心に運営されており、流れ者が入る余地がなかった。


 加えて、彼は天上人が嫌いだ。

 彼の故郷では、貧民街の生まれには胸に入れ墨を彫る風習があった。

 十字の紋章は穢の証。

 天上人でありながら、生まれながらに別枠として扱われるのだ。

 同族からも疎まれ、かと言って人間にもなれない。

 弱い者から奪う以外に、彼は生きる方法を知らなかった。


 そんなわけで、ログーは人間だけの野営地を狙っていた。

 候補を絞り、中でも天上人の野営地から遠い場所を選ぶ。

 そこには一定距離を置いて小屋が立てられ、人間が煮炊きをしていた。


 天上人の姿はない。

 ログーのような天上人にとっては宝の山だ。


 早速、野営地の周辺を探し、似たような境遇の仲間を探した。

 ログーは単独行動を是としない主義だ。

 女を運ぶ係、奪った物を運ぶ係。

 最低でも二人はいる。


 仲間はすぐに見つかった。

 ログーと同じ十位の天上人たちだ。

 いずれも人間にたかることで生きてきたクズ揃い。

 信用はできないが、価値観を共有する相手としてはありだ。


 三人は早速、野営地をうろつく。

 真っ先に向かったのは支援物資が配給される場所だ。

 そこを襲えば、ひとまず水と食料には困らなくなる。


 配給所は城壁の近くにあった。

 通用門から運び出された木箱があった。

 中身はわからないが食料や衣類なのは間違いない。


 配給の時間ではないのか、誰も並ぶ様子がない。

 作業しているのは人間の女だ。

 それも一人で、しかも美人だ。

 色白で目が大きく、美人というより愛らしいという顔立ちだった。


 そのくせ、着物越しにもわかるほど胸があって、腰はくびれていた。

 決めた。

 あいつごとさらおう。


 言葉にせずとも三人の意見は一致した。

 さり気なさを装って、三人は女に近づく。

 女は木箱の中身を取り出す途中で、接近にも気づかない。


 女の真後ろに立つ。

 腕を掴んで振り向かせる。


「きゃっ」


 可愛らしい声が漏れる。

 間近で見ると、本当にかわいい。

 このまま嫁にしてしまおうか。

 そんな事を考えていると、はだけた胸元から何かが滑り出てきた。


 鎖で結ばれた金属板だ。

 銅製でなにかの紋章が刻まれていた。


「――――お、おい。まずいぞ!」


 仲間の一人が肩を揺さぶってくる。


「なんだよ。邪魔をするな」


 ログーは女の顔に夢中だった。

 そっとしておいて欲しかったが、仲間はなおも肩を揺さぶり、


「見ろよ、その紋章を!!」

「紋章?」


 言われて女の胸元を見る。

 谷間に視線が吸い寄せられるが、頑張って金属板を見る。

 そこには、……龍が描かれていた。


 龍。

 バサ皇国においては皇族を示す紋章だ。

 なぜそんなものが女の首に……。

 間抜けな思考を繰り返す。

 だが、何度考えても結論は一つだ。

 女が龍の紋章を持つのはなぜか。

 決まっている。


 この人間が皇族の所有物だからだ……!


 ログーは慌てて女から手を離す。

 三歩も後ずさりをして、腰を抜かした。

 離れた場所から龍の紋章を再確認する。


 本物だ。

 どう見ても偽物ではない。

 皇族の所有物は当たり前のように国で最も重要とされる。

 許可なきものが見ることで罰せられるとも聞くし、まして触ったともなれば……。


「ま、まずい……、俺たち殺されるぞ!?」

「馬鹿! 簡単に殺してもらえるわけないだろ! 拷問にかけられるぞ! だから、俺は嫌だって言ったんだ!」

「うるせぇ! 文句を言う暇があったら頭を下げろ! お、お助けぇ!」

「許してくだせぇ、許してくだせぇ……!」


 三人は速やかに平伏した。

 額で穴が掘れるほどに気合いを入れた。

 小悪党を自称するログーだが、皇族の所有物に手を出すほどの度胸はなかったのだ。


 すると、女は不思議そうな顔で、


「配給はまだなので時間が来たら呼びますよ?」


 そう言った。



 その後、三人は時間通りに配給所に戻り、お粥と干し肉をもらった。

 久しぶりの食事に涙が出た。

 小屋を建てるための資材ももらった。

 このとき、あれは人間ではないのだな、と思い始めた。

 なにせ皇帝の紋章を身につけているのだ。

 人間の姿をした精霊の眷属とか、そういうものに違いないのだ。

 あれほどの慈悲深さもそう考えれば納得できる。


 三人はそんな話をして肯き合うのだった。


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