62 鬼滅討伐軍1
投稿する順番を間違ってしまい、間に挟み込むなどしたため、今日はたくさん更新されます。
2019/08/19 誤字修正
†アンソグ・ディーヨス†
十二天将アンソグ率いる鬼霊討伐軍は、通常二十日はかかる行程を、半分の十日で踏破し、ラバナ山東部に到着していた。
事前情報にある通り、付近には赤い雪が降り、この世のものとは思えぬ光景が広がっていた。
地面を覆う雪は血の色をしており、昼であると照り返しが眩しい。
目に頼ると距離感も掴めず、かと言って雪には独特の腐臭があり、嗅覚にも頼れなかった。
アンソグは決戦を控え、部隊に休息を命じる。
小走りで駆け抜けた十日だ。
必要なのは十分な食事と睡眠。
そして、宴だ。
士気を高めるには酒と相場が決まっていた。
大量に運ばせた酒樽を開け、アンソグは各大隊を回る。
帝都を出発したときは四千だった軍勢は、各領地から援軍が集まり、今では五万を越えていた。
それだけネリエを疎む氏族が多いためだ。
反ネリエで集まった者たちは意気投合し、人間や皇族の悪口で盛り上がった。
ネリエは演説で結束を呼びかけたが、結果的にその通りになったわけだ。
鬼霊討伐軍は今や皇国最大の軍だ。
犬、蛇、馬、鳥、猪。
これだけの有力氏族が集まり、勝てぬ敵などない。
翌日に控えた決戦を前に、士気は高まっている。
アンソグの頭では、すでに凱旋の宴で皇帝に感謝される様子まで浮かんでいた。
「将軍、帝都より使者が参りました」
「送り主は誰だ」
「ネリエ皇女です」
「なんだと?」
従者から手紙を受け取る。
内容は端的だった。
『儀式の本質は生贄を用いることにあり。
首謀者ソテイラは数多くの天上人を生贄とした。
遺体が積み重なる場所を探せ。
またソテイラは呪具の兵力を持つ。
調査団はこれに討ち取られた。
人の形をするものは力が強く、近づけば鋼鉄の拳を振るわれる。
筒を抱えたものは、筒より鉄の玉を飛ばす。
優先して倒すように。
最後に宙を飛び交う使徒は人の心を操る。
四本の腕を持った異形には決して近づかず、見かけ次第兵を引くこと。
検討を祈る』
「何様のつもりだ。あの小娘は」
時候の挨拶もなく注意書きが並ぶ。
初めて見る情報ばかりだが、理性より先に怒りが首をもたげた。
「こんなもの捨て置け。俺の手柄に横槍を入れるつもりだろうが、そうはいかぬ」
手紙を丁寧に破り、手近な焚き火へ放り込む。
折角、気分がよくなっていたのに、台無しだ。
「飲み直さねばやってられぬ」
アンソグは新たに酒を注がせ、一息に飲んだ。
翌日。
太陽が昇り視界が開けた頃。
アンソグを先頭とする軍勢は、赤い雪に対峙していた。
天気は快晴。
空には雲もなく雪が降る気配はなかった。
噂によれば触れると植物が枯れ動物が死ぬという。
そんなものをわざわざ踏んでいく道理はない。
「ぬぅうううう!!」
アンソグは霊術を解放する。
彼は”物”を操る能力を持つ。
命の有無を問わず、地上にあるすべての物体が操作の対象だ。
移動、生成、変質。
消滅以外のあらゆる操作を念じた通りに起こすことができる。
赤い雪も物である以上、霊術の対象となる。
雪を移動させ、ラバナ山の麓まで広大な道を作る。
半刻(約十五分)ほどで荒れ果てた大地が現れた。
背後の一団から歓声が上がる。
アンソグは剣を抜き、ラバナ山を示した。
「皆、我に続け!! 目的は敵将ソテイラ! 進めぇええ!!」
全軍が突撃する。
アンソグは作戦などという細かいことを考えてはいない。
敵が来れば返り討ちにし、敵将を討つまでだ。
「前方に敵影! 構えろぉおおお!」
人というには不気味な奴らが現れる。
腕が異様に長く、地面につくほどだ。
代わりに頭が小さく、足も短い。
全身を椿色に染められ、遠目には血がうごめくようでもある。
「我が名はアンソグ・ディーヨス! 十二天将にして誉れ高き犬氏族の長! いざいざ!!」
ありったけの力を解放した。
頭に浮かべるのは石臼。
あらゆる物が元の形を失うようにと敵陣をかき回した。
「おぉおお、……敵が跡形もなく……」
その一撃で敵軍は消えた。
砲撃だろうが、鋼鉄の拳だろうが、そんなものは何の役にも立たない。
攻撃をする余裕すらなく粉微塵となった。
こうして切り開いた道に全軍が突き進む。
これと言った障害もなく、ラバナ山の麓に到着した。
頂上を見上げれば、山の中腹より上に厚い雲がかかっていた。
上の様子はまるで見えない。
いかにも何かが潜んでいそうな気配がある。
「……」
黙考。
「軍を二つに分け、山を回り込め!」
そこでアンソグは一つの決断をした。
軍をラバナ山に登坂させず、両側から回り込むように指示した。
山頂が臭いと感じたからだ。
何がどう臭いかは説明が難しい。
しかし、犬の持つ直感がそちらは罠だと告げていた。
アンソグの軍は駆け足でラバナ山を回り込む。
道中、隠れていた兵に襲撃されたが、霊術をもって撃破。
大した損害もなく、山の南側に到着した。
このとき、太陽はすでに南中していた。
冬にしては暑い日差しを背中に受け、アンソグは自身の直感が正しいことを確信した。
「あれだ。あれが儀式の核に違いない」
枯れた森の奥深く。
起伏で巧妙に隠されているが、その一角には強い悪臭が漂っていた。
禍々しい力を感じながらも近づくと、……谷間に大量の遺体が落ちていた。
誰も彼もが怒りと憎しみを浮かべながら、折り重なるように死んでいた。
遺体の周囲には、ところどころ柱が立っていた。
柱の頂点には鈴がつけられ、風もないのに音が鳴っている。
「面妖な……」
あまりにも気味が悪い。
本来なら早々に立ち去る場所だが、奇しくもネリエの手紙が脳裏をよぎる。
一応、破壊しておくに越したことはない。
どうせ生きている者もいないのだ。
アンソグは周囲の地形ごと儀式の場を轢き潰した。
砂になるまで潰すと、ラバナ山にかかっていた雲が少しずつ晴れ始めた。
「潰して正解だったか」
理屈は不明だが、儀式を止めたことで何らかの変化があったに違いない。
ソテイラは見つかっていないが、あの近くにいるはずだ。
「全軍、雲には近づくな! 十分に攻撃を加えてから、突撃しろ!」
無論、雲が晴れたからと言って、いきなり突撃はしない。
あれは敵将の構える本陣だ。
本陣を高所に取るのは戦の基本であり、実際、下から攻める側が不利となる。
だから、まずは遠距離から霊術をぶつける。
ラバナ山の形が変わるまで攻撃を加えたのちに、制圧する。
雲へ攻撃すると、近くにいた敵兵がうようよと湧いてくる。
中には影のような形をした生き物とは思えない奴もいた。
空から降ってきたそれは使徒だったのだろう。
アンソグは霊術で使徒を轢き潰し、残る敵兵もすべて破壊した。
「霊術とは、まこと強い力よ」
かつてマナロはこの力で悪しき精霊を退けたという。
当時はまだ霊術を使える者がマナロと十二人の武人しかいなかった。
ここに集ったのは五万人もの霊術使いだ。
負けるはずのない戦だ。
アンソグは勝利を確信していた。