57 再出発2
†ネリエ†
カナンの後ろ盾を得て、ネリエは実務の世界に飛び込んだ。
復活阻止作戦の必要性を訴え、ネリエは特別会議を設置。
ドラコーンの承認を得た。
カナンが各所を説得してくれていたので、立ち上げは驚くほど簡単だった。
人々の関心はネリエに集まり、一躍、時の人となった。
すべてカナンが書いた脚本通りだ。
自身は裏方に徹し、表舞台にネリエを立たせる。
カナンは最初からそう考えていた。
決して顔には出さないが、……たぶん、そうだと思う。
作戦会議立ち上げに際して、最後まで邪魔をする者がいた。
「ドラコーン様! なぜ! なぜマンダの言うことが聞けぬのです!? そのような女の戯言に耳を貸してはなりませぬぞ!」
マンダは元よりドラコーンを操り、宰相になった男だ。
今日までいいように振る舞ってきただけに地盤は固いが、敵も多い。
ドラコーンから見放されれば、苦しい老後となるだろう。
ならば、尚更ドラコーンのご機嫌取りに徹するべきだが、彼はやり方を変えられなかった。
ドラコーンとネリエの会議に割って入り、無理やり引き剥がそうとする。
ネリエさえ消えればどうとでもなる。
そんな思いが透けて見えた。
正直、邪魔だった。
とある日の御前会議。
ネリエは率直な意見をぶつけた。
「マンダ様は現状がわかっていらっしゃるのですか? 国が滅ぶかどうかの瀬戸際なのですよ」
「それが戯言だと言っているのだ!」
「千里眼で確かめ、霊公会も措定ら様の破門を決めましたが?」
「……どれもこれも貴様が弄した策であろう!」
マンダは譲らない。
人は追い詰められると自分の見たいものしか見なくなる。
考えを変える勇気がないのだ。
「マンダ、余は貴様に多大に世話になったと自覚がある」
ネリエがため息をつくと、代わりにドラコーンが口を開いた。
「ドラコーン様、であればすぐにでもご命令を!」
「うむ。マンダよ、貴様にしばらくの暇を出す。頭を冷やしてくるのだな」
「ど、ドラコーン様……!! ご、ご冗談を……」
「冗談ではない。世話になったからこその判断だ」
「そんな……」
マンダはその場に崩れ落ちる。
魂が抜け落ちたような顔だ。
……相当堪えたようだが、…………今までに受けた仕打ちを思うと同情はできない。
作戦会議の参加者はほとんどが身内だ。
元よりネリエに協力的だった、羊、牛、獅子の十二天将は加わった。
ひとまず、その状態で話し合いを始める。
現状、必要なのは第一調査団の報告を待たずに出立する第二調査団と、待ってから出立する討伐軍だ。
第二調査団は儀式の中断可否を判断するための情報収集が、討伐軍は儀式の破壊が目的だ。
前者が行軍の速さを優先するため精鋭で固め、後者は物量が勝負だ。
前者はまだやりやすいが、問題は後者だ。
人が集まらないのだ。
ドラコーンがネリエを認めただの、
人間が絡むだの、
巨人が現れただの、
霊公会の司教が悪しき精霊復活を目論むだの。
情報量が多すぎるのだ。
全派閥で意思決定機能が麻痺していた。
派閥の長は情報を伝聞で伝えられる。
確かに伝聞系でこれらを聞いたら、状況判断など不可能だろう。
積極的に動きたくないのは、理解できる。
それが派閥の命運を決めるとなれば、尚更だ。
派閥間の協力関係がないのもつらい。
派閥長の役割は、あくまで派閥の利を考えることであって、決して俯瞰的な意思決定をすることではないのだ。
超派閥的に振る舞えるのは、前皇帝派と呼べるカナンくらいだ。
他の者は全員が何がしかの派閥に属し、派閥の決定に従っている。
歴史的に敵国がなかった故の弊害だ。
バサには一つになる必要性がなかったのだ。
だから、国内の他派閥を仮想敵に設定し、各々が政治を行ってきた。
共通敵が現れても、前例なき派閥間協力は難しい。
敵と戦うためには資金が必要であり、資金の捻出は少なからず派閥を弱体化させるためだ。
どうやって仲間を集めるか。
ここに知恵を絞らねばならない。
「まーた、派閥っすか。それで正しいことを言ってる方を罰して無駄に時間を使ったのを、もう忘れたんすかね? これで間に合わなかったら、どうすんすか?」
戻ってきたティグレが不満を爆発させる。
ネリエが離宮に幽閉されていた間、ティグレは牢にいた。
なんでも死ぬほど飯がまずかったらしい。
「……けど、バサでは何をするにも派閥単位なのよ」
女社会の派閥と男社会の派閥は鏡写しだ。
実務を担う男が手を組むには、裏側にある女の派閥同士が協力関係にある方が望ましい。
ここを間違うと、状況が複雑化し収集がつかなくなる。
「超派閥的に志願兵を募ればいいんじゃないすか?」
「誰かがやればいい。自分は協力しないけど、と誰もが考えるでしょうね」
悪しき精霊が復活するのは困る。
けど、金を出して弱体化するのも困る……。
各派閥の思考はこれに尽きる。
「んあ~、なんでそんなに自分勝手なんすかね。じゃ、志願者には春画を配るのは? そうしたら男は女なんか放り出して集まるっすよ」
「あんたが一万人集まったら、さぞかし心強いでしょうね」
「でしょう?」
自慢げに言うティグレを無視して、ネリエはため息をつく。
「結局、報奨金制度しかないのよね」
志願制で兵を集める。
個人の活躍度に応じて、報奨金を出す。
金は各派閥から等しく徴収する。
どうせ出資が決まっているなら各派閥は人の供出を認めるだろう。
「それ、いいんじゃないっすか?」
「問題があるんだけどね」
「どんな?」
「あたしたちの切り札はジンよ」
儀式が完成した場合、ソテイラを倒すことに意味はない。
術式そのものを破壊する必要がある。
これは青い炎にしかできない可能性が高い。
討伐軍の中心がジンだからこそ、天上人は選別しなければならない。
天上人が人間の補佐役に回ることをよしとするかどうか。
なんとなれば滅びを選ぶ者も出てくるだろう。
人間に救われるくらいならいっそ死のう、と。
多くの天上人にとって人間は穢れであり奴隷だ。
その価値観を一日で塗り替えるなどできるわけがないが、そういう者でなければ、戦争に連れていけない。
自らの体を張ってジンを守れる者でなければ……。
そんな天上人が存在するかはさておき、要件なのは事実だ。
もちろん、ジンの存在を秘匿する手もある。
炎を持つのをドラコーンだとかにして、人間の存在を隠し、すべてを天上人の手柄とする。
人は集まり、軍隊も簡単に結成できる。
が、嘘はどうしてもバレる。
バレたときの破滅度はもはや想像もつかない。
選ぶべきではない。
そんなふうに悩んでいた折、ドラコーンから連絡があった。
「どういったご用件でしょうか?」
皇城へ向かうと、謁見の間に通された。
最低限の従者ばかりで他の重役はいない。
「民の不安を解消すべく、皇族による演説を行うことになった。貴様がやれ」
端的に命じられた。
通常、皇帝が前に出るものだが、参謀はネリエだ。
花を持たせる気かと思いきや、作戦概要の説明もするようにとのことだ。
自分で話すのが面倒だから、という意図が透けて見える。
「構いませんけれど。民は反発するかもしれませんよ。私は人間を前面に押し出すつもりです」
「余は好きにしろと言った。勝手に決めろ」
ドラコーンはあの日以来、ネリエに裁量を与えてくる。
どういう心境の変化なのか。
わからないが、気にする余裕もない。
どう転ぶかはわからないが、ネリエは民の前に出ることとなった。