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55 来訪者6

長めなので今日の更新は一つです



    †ネリエ†


 前庭のざわめきが大きくなった。

 何か変化があったのだとネリエは悟った。

 しかし、コックピットの中では何もわからない。

 外の様子が映されるモニタはジンの前にある。

 下敷きになっているネリエに見えるのはジンの背中だけだ。


「来たみたいだな」

「来た? 何が? 近衛兵? ヤバイわよ、奴らは手練よ。あんたじゃ勝てないわ」

「皇帝だ」

「はぁ、なわけないでしょ、見間違いでしょ。ちょっとあたしにもモニタを見せなさいよ」


 無理にでも動こうとするが、体は少しも言うことを聞かない。

 狭すぎて体の位置を入れ替えることもできないのだ。


「う、動くなよ……。見たけりゃ、あとで見ろ」

「あとっていつよ?」

「俺が出て行ったあとだ。お前はここにいろ。一緒にいるとバレるとまずいからな」

「出て行くって、あんた、本気? ――――ちょ、ちょっと!?」


 ジンはハッチを開けて、外へ出る。

 何のためらいもなかった。


 正気か、こいつは。

 殺されに行くのと同じだぞ。

 話ができると思ったら大間違いだからな。


 思うことはいくつもあった。

 しかし、かけるべき言葉は一つだった。


 ――――行かないで。


 それすらも言えずに、ネリエはしばらくおかしな格好のままぼんやりしていた。

 体勢を変えて、モニタを睨む。


「どうなっても知らないんだから……!」


 皇城の中心に人間がただ一人。

 そんなのは歴史を振り返っても、一度としてなかった。

 何が起こるかはネリエにもわからない。

 ただ、行き着く果に待つものが地獄である可能性は、かなり高い。


 着座して、ロボットの操縦方法を調べる。

 いざとなったら、こいつを動かしてジンを連れ出すしかない。

 ネリエも半ばヤケクソだった。


    †ドラコーン†


 本殿前のざわめきが最高潮に達した。

 本殿から皇帝ドラコーンが姿を見せたためだ。

 本来であれば皇帝への謁見が叶わぬ身分の者もいた。

 そうした者を含め、全員が突然のお出ましに慄いていた。

 当然、履物を脱ぎ、平伏しなければならない。


 だが、誰一人として実行に移せなかった。


 反対側から男がやって来たからだ。

 そいつは人間だった。

 人間でありながら、皇帝の正面におり、目をそらすこともなかった。

 しっかりとした歩みで近づいていく。


 両者は一定の距離を保って立ち止まる。


 皇帝と向かい合う人間。

 それは、絶対にあり得てはならない光景だった。

 天と地ほどの身分差。

 純潔と穢。

 高貴と卑賤。

 対になる概念が同時に存在してはならないように、皇帝と人間も同じ場所にあってはならないのだ。

 しかし、そのことを咎められる者はなかった。


 あまりに非現実的だったからだ。

 何が正しいのかなど誰にも判断できない。


「お前がバサ皇国の皇帝か。俺はジンだ」


 人間が口火を切った。

 ドラコーンは静かに応じる。


「やはり貴様か。余を前にして頭を垂れぬとは、よほど肝が座っているな」

「俺はお前の奴隷じゃないからな。頭を下げる必要なんてない」


 人間風情が……、というつぶやきがどこからか聞こえる。

 さすがに皇帝の御前で飛びかかろうとする者はないが、つぶやくような悪口が漏れ始めた。


「黙れ。余は人間以外に発言の許可を与えておらぬ」


 ピタリ、とささやき声が止まる。

 静寂の中、皇帝は問うた。


「何故、皇城に参った? そのような無粋な巨人を従えて」

「頼みがあって来た」

「頼み? 人間が皇帝たる余に頼むだと?」

「そうだ。お前にしか頼めないことだ」


 ドラコーンは嘲笑を向けるも人間は動じない。

 恐怖の片鱗すら見せない。


 一体、こいつはなんなのか。

 ドラコーンは思う。


 皇帝とはバサの頂点に立つ存在だ。

 あまねく民が皇帝を前にして無力。

 故に皇帝を恐れぬ者はない。


 だが、人間は違った。

 奴隷身分でありながら、皇帝の前に立つなど。

 ヒヌカと同じだ。

 こいつらは根本的に何かが違う。


「言うだけ言ってみよ。聞いてやらぬこともない」

悪しき精霊(サイタン・マサマ)が復活する。俺はそれを止めたい。力を貸してくれ」

「何故、余が力を貸さねばならぬ? 貴様が止めればよかろう」

「俺だけじゃ無理だ。強い軍隊がいる」

「貴様は天上人を何人も倒すほどの手練だと聞くが? 勇猛なる伝説はどうした? 嘘だったか?」

「じゃあ、お前は一人で止められるのか?」


 人間は挑発するように言った。

 他者に力量を推し量られるなど、ドラコーンの人生で一度もなかった。


「貴様、余を測ろうというのか?」

「知るか。一人で止められるんならお前がやれ。できないんなら俺と一緒にやれ」

「人間風情が気張るな」


 ドラコーンは吐き捨てるように言う。

 ヒヌカの語る英雄像は、すでに霧散していた。

 眼前の男は、精霊に愛された勇者などではない。

 ただの野蛮な人間だ。


 しかし、ヒヌカの話がまったくの嘘だったとは思わない。

 人間は異様な圧力を放っていた。

 まるでマナロと対面しているかのようだ。


 いずれにせよ、この人間は礼をわきまえていない。

 皇帝と対話するには躾がなっていなさ過ぎる。

 故に、ドラコーンはジンに対する評価を下した。


「不愉快だな。万死に値する」

「それはお前の方だろうが」


 間髪入れずに人間が反論した。

 ドラコーンには意味がわからなかった。


「天上人は俺の家族を殺した。村も焼いた。全部、お前たちがやったことだ」

「天上人が奴隷たる人間をどう扱おうと自由だ。なんの問題がある?」

「だったら、ここで俺がお前を殺しても俺の自由だな?」


 人間が左手を掲げた。

 そこに青い炎が生み出された。


 そして、その炎はドラコーンと人間を取り囲むように壁を生んだ。

 炎に包まれる。

 外界と隔離される。


 人間の目は本気だった。

 本気でドラコーンを殺す気でいた。

 このとき、ドラコーンは初めて”死”の恐怖を味わった。

 足が震えるのを自覚する。

 助けを呼ぶべく声を張り上げようとする。

 だが、先に言葉を発したのは人間だった。


「お前は俺の村を知ってるのか」


 知るわけがなかった。


「だったら、なんで滅ぼすのが勝手なんて言えるんだ」


 人間が奴隷だから。

 それ以外に理由などない。


「それはお前が決めたことじゃない。違う誰かが決めたことだ。お前はどう思うんだ」


 その問は以前にも聞いていた。

 ネリエは言っていた。

 見たこともない人間をなぜ穢れと決めつけるのか、と。

 人間は天上人と並びうる者だ、と。


 実際、それが悔しくてドラコーンは自身の目で人間を見た。

 ヒヌカだ。

 愛らしく、無遠慮で、到底人間とは思えぬ作法を身に着け、しかし、強情な女だった。

 ドラコーンが普段相手にする軽薄な女とは根底から違っていた。


 認めよう。

 ヒヌカは好ましい女だった。


「余はヒヌカという人間を知っている。あれは特別な人間だった。あのような人間に限っては対等と考えてもよい」

「ヒヌカは俺と同じ村で育った。ヒヌカの家族を殺したのも天上人だ」

「……真か?」

「そうだ。でも、ヒヌカはお前を憎んでなかっただろ」

「当然だ。余はヒヌカの家族を殺しておらぬ」

「でも、お前は天上人の一番上だろ。天上人のしたことは、全部お前の責任だ」


 表情には出なかったと思う。

 ドラコーンは疑念に囚われていた。


 ――――天上人のしたことは皇帝の責任? 皇帝とはそのようなものなのか?


 今まで皇位に思いを馳せたことはなかった。

 与えられたから手にしただけだ。

 責任が生じるなど、聞いたこともない。

 しかもまったく知らぬ他人だ。


「なぜ余が責任を取らねばならぬ」

「皇帝だからだ。でなけりゃ、偉い奴の意味がないだろうが」

「……余はヒヌカに恨まれておるのか?」

「それはないな」


 人間は即答した。


「ヒヌカはそんな奴じゃない。お前のことも許してる。それが度量だ」

「……だから、余にも同程度の度量を示せと?」

「そうだ」


 人間から殺気が消えた。

 同時に二人を囲っていた炎の壁が消える。

 慌てた様子の側近たちが群がってくる。


 人間は覚悟を決めたような顔をしていた。

 そして、地面に膝をついた。


「――――仮にも王を名乗る者が、膝を、つくのか……?」

「それが覚悟を示すことだって教えてくれた奴らがいる。でも、本当は膝をつくべきじゃない。頭を下げるのもダメだ。それはわかってる。――――だけど、お前が力を貸してくれるなら、下げてもいいと思ってる」


 人間は頭を下げた。

 地に額を付け平伏した。

 王を標榜する者にあるまじき態度だ。


 皇帝の権威に恐れをなした――――。

 そんな都合のよい解釈はできなかった。

 眼前の人間は青い炎を持つ。

 ドラコーンよりも強いのだ。


 だというのに、頭を下げた。

 炎を消し、衆目に醜態を晒してまで。

 どうかしていた。

 こいつは頭がおかしいのだ。


「実に度し難い男だな」

「……」

「度量を示せと言っておきながら、自らの度量を見せつけるとは何事だ?」

「……」


 人間は頭を上げない。

 平伏したまま黙っている。


「もうよい。頭を上げよ」


 人間が顔を上げる。

 あえて目を合わせないように背を向ける。

 どんな言葉をかけるべきか。

 様々な思いが胸中をよぎる。


 試されている。

 そうだ。

 ヒヌカのときと同じだ。


 奴らは自ら頭を下げておきながら、こちらのことを試しているのだ。

 度量を示せるかを。

 手を取り合う相手に相応しいかを。


 そのこと自体にもはや不快感はない。

 ただ、思いを馳せていた。


 自身が何を思う皇帝となるのか。

 皇帝という立場に伴う責任とどう向き合うのか。

 今日という日まで、一度たりとも自身で判断を下したことはない。

 何もかもを宰相マンダに任せていた。

 そして、責任を取ることもなかった。


 決めるということは責任を負うということだ。

 今、その重さを両肩で感じている。

 だからこそ、この判断に他者の思惑を交えたくなかった。

 一度でいい。

 自分が信ずることを口にしてみよう。


 風が凪いだ。

 音の消えた前庭に雪が降り始める。


 取りうる道を思い描く。

 熟慮し、そのうちの一つを選んだ。


「残念だったな、人間よ」

「……」

「ここで断りを入れるほど、余の度量は小さくない。せいぜい喜び咽び泣くといい」


 人間がハッとした顔でドラコーンを見る。

 その表情に優越感を覚え、ドラコーンは続けた。


「好きにしろ。止めてみせよ、悪しき精霊(サイタン・マサマ)とやらをな」


 今度こそ場の空気が凍る。

 庭にいた侍従たちが蒼白の顔でドラコーンを見た。


 降って湧いたようなささやき声が、奏上のために訪れていた者たちから立ち上る。

 次第に声が大きくなり、庭は騒然とした空気に包まれた。


 何人かが、慌ただしい様子で走り出す。

 速報を派閥の上層部に伝えるためだろう。


 好きにすればいい。

 皇帝たる自分が思った通りに動いたまでだ。

 何一つやましいことはないのだから。


 人間と、その辺にいる天上人のすべてを置き去りにし、ドラコーンは本丸御殿へと戻る。

 衆目を一身に浴びていたが、いつものことなので気にはならない。

 戻り際に、ふと空を見上げた。


 ――――意外な発見だったな。


 自分で考えて決めると実に気分がよい。


    †


「ドラコーン様、なぜあのようなことを!!」


 御殿の入り口でマンダが待ち構えていた。

 普段から青い顔が数段青くなっていた。


「人間の要求を飲むとは! ソテイラ様を裏切るおつもりなのですか!?」


 まくしたてるような言葉が煩わしい。

 心根は透けて見えていた。

 マンダは自分の思い通りにドラコーンが動かねば気が済まぬのだ。

 そうやって常にドラコーンを操ってきたのだ。


 気づいてしまうと、マンダという男に距離を感じる。


「マンダ、決めるのは余だ。何故、余の決定に口出しをする。異議があるのか?」

「め、めめめ滅相もございませぬ……! し、しかしながら、あの人間は無礼でして……! そう、せめて、あの人間を殺す許可を! 殺せとお命じください!」

「ならぬ。人間は逃がせ」

「どどどどど、どうして!?」

「余の決定であることに理由が必要か? 異論は認めぬ」

「ファッ!?」


 マンダは泡を吹いて卒倒してしまった。

 断れるのが、そこまで意外だったのか。

 あるいは何か思うところあってのことなのか。

 どちらにしても、興味がなかった。


 振り返り、人間を見る。

 ちょうど巨人に乗り込むところだった。

 一度だけこちらを見て、手を振っていた。


 隣にはネリエもいた。

 ドラコーンの決定が信じられぬのだろう。

 神妙な顔をしていた。

 そんな顔をさせたのが自分だと思うと気分がよい。


 ネリエは言った。

 お前は皇位を弄ぶ愚者だ、と。

 だが、今ならばお前とも張り合えるのだ、と胸を張って言えるだろう。


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