54 来訪者5
†
皇城本丸御殿前。
玉砂利の敷かれた庭には数人の天上人がたむろしていた。
他愛のない話で盛り上がっていると、不意に空が暗くなった。
見上げると、巨大な何かが降りてくるところだった。
「あれは何だ……?」
「鳥だ!」
「穢魔だ!」
「違う、巨人だぁああああ!!」
「落ちてくるぞおぞお、逃げろぉぉおお!!」
ずぅん。
巨人は壮絶な地響きとともに着陸した。
足場となった敷石は無残に砕けた。
たむろしていた天上人は皆腰を抜かした。
バサ皇国建国以来、帝都ルンソッドに賊が侵入した事例はない。
まして、天上街の、皇城の、天守閣に賊が立ち入るなど、建国以前まで振り返っても一度もなかった。
それが、今日、起こった。
そして、降り立った巨人は言う。
『俺は人間王ジンだ! 皇帝と話をしにきた!! 出てこい!!』
拡声器をしようした大音声が本殿に響く。
やっちまった、とネリエは思った。
こいつは、ついに、やらかした。
取り返しのつかないところに来てしまった。
狭いコックピット内で、ネリエはジンの顔を鷲掴みにした。
「何てことしてくれてんのよぉぉおぉぉ!?」
「いでででで! 狭いんだから動くなよ!」
「うるさいぃぃいぃ!」
一人用コックピットに無理やり二人で乗り込んでいた。
体はべったり密着していて、身動きも取れない。
それでも言ってやらねば気が済まない。
「皇城に侵入! 皇帝の呼び出し! あんた、馬鹿なの!? 手順ってものを考えなさいよ!?」
「軍隊が必要なら一番偉い奴に頼めばいいんだろ!? 何がおかしいんだよ!?」
「なんでドラコーンがあんたのお願いを聞いてくれる前提なのよ!? どう考えてもおかしいでしょ!?」
「言ってみないとわからないだろ!」
「言わなくてもわかるのよ、馬鹿!!」
ネリエは頭を抱えるしかなかった。
叶うなら今すぐロボットを操縦して逃げ出したい……。
というより、逃げなければ衛兵がやって来てロボットを破壊するだろう。
いくら皇女でもここまでやって皇城を生きて出られるほど甘くはない。
確実に殺される。
詰んだ。
どうしてこんなことに……!
†ドラコーン†
同刻。
本殿の中も同様に騒がしかった。
近衛兵が皇帝執務室に参集し、ドラコーンの周囲を固めていた。
マンダを含む重鎮も、外出予定がなかった者は全員が集まっていた。
そして、全員でやたらと足踏みをしたり、咳をしたりと音を立てていた。
年寄りが集まって騒ぐ様は異様だが、近衛兵は見て見ぬふりをする。
「マンダ、外に来た者は余に話があると申しておるのか?」
「ドラコーン様、……そのようなことは決してありえませぬ! 気のせいでございます!」
「……先ほどから、うるさいぞ。何故、皆で足踏みをしておるのだ。やめさせろ」
「何をおっしゃいます! こうして音を立てていなければ、賊の声が聞こえてしまうではありませぬか! ドラコーン様のお耳を汚すわけにはいきませぬ!」
「構わぬ。余は賊の声とやらを聞いてみたい」
「なりませぬぞ! 聞くに値もしない、低俗な発言だったのでございます! お気持ちを害されるだけです!」
「だが……」
ドラコーンは確かに聞いていた。
爺どもが集まって騒ぎ出す前、賊は人間王ジンと名乗った。
その名前には聞き覚えがある。
ヒヌカの話に出てくる王の名だ。
その身に聖なる炎を宿し、知行政を次々と打ち倒した男。
更には、海の外へ出て大冒険を繰り広げたのちに帰還。
もし表にいる男が本物のジンであるのなら、ドラコーンはその姿をぜひとも見てみたかった。
「ささ、ドラコーン様。ここは危険ですので、場所を移られましょう。女どもがドラコーン様がいつ来るのかと待ち望んでおりますぞ」
マンダがドラコーンに立ち上がるよう促す。
さっさと別の場所へ行け。帰ってくるな。
顔にそう書いてある。
普段は気にならないが、今日は妙に腹が立った。
「どうされたのですか、ドラコーン様? 早く行かねば女どもが飽きてしまうかもしれませんぞ?」
「マンダ。余は表に出るぞ。賊とやらと話をする」
「ど、ドラコーン様!? それはなりませぬぞ!? お考え直しください!」
マンダがドラコーンの行く末に立ちはだかる。
「宰相の分際で皇帝の前に立つ。貴様、いつからそこまで偉くなった?」
「……! し、失礼いたしました!」
睨みつけるとマンダは弾かれたようにどく。
道を塞いでいた近衛兵も脇に避ける。
ドラコーンは自らの意思で外へ出る。