53 来訪者4
†ネリエ†
離宮に閉じ込められ、数日が経った。
まず、その事実が恐ろしい。
あれほど貴重だった時間が水のようにこぼれ落ちていく。
かと言って、何ができるわけでもなかった。
離宮の正面には衛兵がつけられ、人が近づけないようになっていた。
面会や外部からの差し入れは禁止。
手に入る外の情報は、天気と風向きくらいのものだ。
頼みの綱のマーカとメリリからも連絡がない。
検閲で手紙が止められているのだろう。
こうなると手の打ちようがなかった。
ソテイラは召喚をどこまで進めたのか。
すでに成功してしまったのか、まだ間に合うのか。
……国が滅びの時を迎えている。
誰かは気づいているのだろうか。
もし誰も気づけていないのなら……。
居ても立ってもいられなくなる。
だが、ネリエにできることはなかった。
そんな折に一通の手紙が届く。
差出人はサンアー家当主、マーカたちの実父だった。
『娘たちは蛇龍の本家派へ転向いたしました。前もって連絡することができず、申し訳ございません。今後はお手伝いもできなくなりますが、何卒ご容赦ください』
短い手紙だった。
時候の挨拶も結びもなかった。
用件だけが記されており、そのことが内容に信憑性を持たせていた。
しかも、差出人が父親だ。
あの二人は不利益を承知でネリエ派に残ってくれたが、実家から圧がかかったのだ。
二人がここにいたのは、他に行く場所がないからに過ぎない。
蛇龍からすれば価値の低い二人でも、ネリエ派にとっては重鎮だ。
奪い取ることで利が生まれる。
派閥はお友達ごっこではない。
家と自身に利をもたらすためにある。
利益が大きくなるよう動くのは当然だ。
マーカとメリリが抜け、派閥はまた零人。
伝という伝が失われた。
自分以外に頼れる者はない。
……なんとしてでも外に出て、……次の手を打たないと。
最悪、皇女の立場を捨てることも考える。
罪を犯すことも厭わず、ただ国を救うために……。
唐突に叫び声が聞こえた。
表が騒がしくなっていた。
「何ごと……?」
窓から外を見ると、庭に巨大な影が落ちていた。
空を仰ぐと、そこには赤いロボットが浮いていた。
「うぁああああああぁあ!!」
「なんだあれはぁああああ!?」
衛兵たちが混乱する。
槍を空に向けているが、いくらなんでも無謀に過ぎた。
ゆっくりとロボットが降下を始める。
「降りてくるぞおおおぉお!!」
衛兵は持ち場もクソもなく逃げ出した。
ロボットの背中が開いて、人が降りてくる。
ジンだった。
ジンは衛兵には目もくれず、窓から顔を出すネリエの前に立つ。
「よぉ」
呆れるくらいにいつも通りだ。
「……よぉ、じゃないでしょ。来たら怒るって言ったでしょ?」
「おっと、それは俺に言うなよ。代わりに怒られる奴がいるからな」
「はぁ?」
「マーカとメリリだ。二人に頼まれて来た」
「……あの二人に?」
派閥を抜けたと手紙があったのに……。
一体どういう経緯でジンのところに行ったのか。
謎だ。
「それより逃げるぞ。周りがうるさそうだしな」
ジンが衛兵を見やる。
どうもこのままネリエを連れて逃げる気らしい。
永蟄居の罰を受けている最中なのに……?
…………いや、今更、罰も何もない。
どうせ逃げ出すしか方法はないのだ。
ジンに手を引かれ、ロボットの上に乗る。
混乱していた衛兵も、さすがにこれは止めようとする。
しかし、巨大ロボットを相手にして、霊術なしで対抗できるわけもない。
ロボットは大地を離れ、空高く飛び上がった。
随分、高い所まで来た。
下を見ると地面は、はるか遠くだ。
恐ろしいのでなるべく見ないようにする。
「で、説明はあるんでしょうね?」
「何の?」
「どこであたしのことを知ったわけ?」
「言ったろ。頼まれたんだって」
ジンは反対の手に座った。
ロボットの手は人が座れる大きさはあるが、掴まれる場所も限られる。
よく平気だなと思う。
「マーカとメリリに?」
「そうだ。なんか知らんけど、ナントカの機微で閉じ込められてたらしいな」
「何を言っているか全然わからないけれど、まぁ、概ねその通りね」
ネリエは端的に状況を説明した。
ソテイラの動向を探っていたこと。
その途中で蟄居となったこと。
仲間が一人もいなくなったこと。
「面倒だな……。俺たちだけで止めに行こうぜ。おかしなことになってるし」
「おかしなこと?」
「忍びが言うには、ラバナ山の周りに赤い雪が振り始めたらしい」
「いよいよってわけね……。けど、だったら、なおさらあたしたちだけじゃ危険よ」
あり余る時間を使って、ネリエはソテイラの持つ戦力を推測していた。
敵陣営の要はアンドロイドだ。
ベルリカ領主直轄地の事件で不気味な挙動をしていた村人。
あれがそうに違いない。
マナロの日誌には身体能力が高く天上人を凌ぐと記されていた。
索敵、連携、戦術の面でも優秀だ。
それが確認できているだけで数十はいる。
当然、武装もしているだろう。
ソテイラはネリエたち奴隷が作り上げた技術をすべて持っている。
加えてラバナ山付近に工場を保有する。
優秀な人間奴隷は工場へ行き、生産に携わるというのがソテイラのやり方だった。
彼らが何を作っていたかネリエは知らない。
しかし、凶悪な何かであるのは確かだった。
「火器や爆薬は実質無限と見ていいわ。忍びが相手するには荷が重い。あんた一人なら身を守れるだろうけど、……当然、敵にも天上人がいるはずよ」
騙された天上人たちはソテイラを守るために戦うだろう。
数も実力も全くの未知。
霊術戦になれば、ジンと天上人は対等だ。
多勢に無勢では勝ち目がない。
しかし、彼らは大義がソテイラにないことを知れば、味方にすることもできる。
「結局、天上人頼みってことかよ……」
「そういうこと。危険性を納得させれば、兵を捻出することは可能だし、ソテイラを糾弾できる。その方が確実なのよ」
「でも、失敗したんだろ?」
「……悪かったわね」
周囲はネリエの発言に耳を貸さない。
万事を派閥闘争に落とし込んで考えるため、検討するまでもなく虚言として切り捨てられる。
これを覆すのは容易ではない。
最悪、実物を見るまで信じてくれないこともあり得る。
そして、実物が顕現したら手遅れだ。
「本当にどうしようもない連中だな」
「あんたの気持ちはわかるけど、国政規模になると、人を動かすのは容易じゃないのよ。いろんな思惑の人がいて、それぞれが利害関係に従って動いてる」
複雑にからまった糸も同然だ。
解きほぐして、仲間を増やし、上位の者の許可を取る。
それを繰り返してようやく新しいことが始まるのだ。
面倒だと言われても、正攻法はこれだ。
やるしかないのだ。
「そうだ、俺にいい考えがあるぞ」
唐突にジンが言った。
こいつ絶対ろくでもないことを考えてるな、とネリエは思った。
「それ、やったら怒るからね?」
「なんでだよ、まだ何も言ってないだろ?」
「何も言わなくても危険だってわかるからよ……!」
「そんなことないって。まぁ任せとけよ」
ジンは自信たっぷりに言って、ロボットの進路を変えた。
どこに行って何をする気なのか、想像もつかない。
それなのに、恐ろしいことが起こる未来が見えていた。
やがてロボットが地上を目指し始める。
嫌な予感しかしなかった。
「絶対やめて、引き返して。あたしの国をどうするつもりよ」
言ってもジンは聞かない。
地表がぐんぐん近づいてくる。
進行方向には皇城天守閣、本丸御殿がそびえていた。