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50 来訪者1

    †


 その頃、西の空には厚い雲がかかっていた。

 霊峰ラバナを中心に陽光すら通さぬほどの雲が広がり、一帯に雪を降らせていた。

 雪の色は鮮やかな赤だ。


 まるで血で染めたような雪が村や畑を埋め尽くしていた。

 そして、雪の降り積もった家屋は不思議と腐り、次々と倒壊していった。

 外に放していた家畜は死に、冬でも葉をつけるはずの木々が枯れた。


 人間たちは村を放棄して赤い雪から逃れようとする。

 地方都市に大量の人間が集まり、食糧事情が悪化していた。

 行政もこの現象には気づいており、帝政及び霊公会に助言を求めていた。


 特にラバナ山に近いノール領では被害が甚大だった。

 領都ヌーレは難民に溢れ、季節も相まって食料が不足していた。


 山脈に降り積もった雪は遠方から見ても不気味な赤をたたえており、それが一層、住民の不安を煽った。

 ノール領主は速やかに霊公会に相談した。

 ヌーレにはソテイラが司祭を務める司教座大霊殿が存在する。

 奇しくもソテイラは不在だが、代理の司祭が対応にあたっていた。


「本件、ソテイラ様は予見しておられる様子でした。すでに霊峰ラバナに入り、異変を鎮める儀式を執り行っています。不安に思われる必要はありません」


 司祭がそのように答えれば、ノール領主も納得する。

 また、帝政や霊導師にも話が通っているとなれば、彼にすることはない。

 彼は安心して任せることにした。


 だから、帝都にも現状を連絡しなかったし、助けを求めることもしなかった。


    †ジン†


 偵察に出ていたカルが戻った。

 伝え聞く話はどれも壮絶だった。


 カルはエリカの指示でラバナ山付近の偵察に向かっていた。

 情報収集は密偵の得意とするところで、彼らは素早く情報を集めた。

 曰く、ラバナ山付近には赤い雪が降るという。


 村という村が被害に遭い作物は全滅。

 住むところを失った避難民に溢れるという。

 無論、天上人は人間の事情など顧みず、村を脱走した人間は次々に餓死しているそうだ。


「最近は天候がおかしくなってて元々飢えていた人が多かったけど、今は拍車がかかって、天上人でも食料がないみたい」

「本当にやばくなってきたな……。なんでエリカは黙ってんだ? そもそも知ってんのか?」

「わかんない……。最近、連絡がないしね」


 エリカと話をしてすぐの頃はジンのところに手紙が来ていた。

 ところが、ここ数日は連絡が途絶えていた。

 会いに行ってもよいが、ロボットで来るな、と言いつけられたので、今は我慢している。


「きっと忙しいんだよ。エリカにしかできないことが多いだろうし」

「犯人がわかってんだぞ? 捕まえるだけだろうが」

「……そう簡単に行かないんだよ。今は指示されたことを頑張ろう?」

「けどなぁ」

「僕らが余計なことをしたらエリカに迷惑がかかるかもしれないよ?」

「…………わかってる」


 本当はわかっていない。

 犯人が明らかな時点で問題の九割は解決しているとジンは思う。

 あとの一割は犯人を張り倒すことで、実行には一日もかからない。

 なのに、十日以上も時間をかけるエリカの心中が謎だ。


「…………えーと、エリカの指示は何だっけ?」


 カルが無理やり話題を変えてくる。

 ジンは仕方なく、以前にもらった手紙を取り出す。


「ロボットを隠せ、司祭が長期ででかけていないか確認しろ、ラバナ山を監視しろ、悪しき精霊(サイタン・マサマ)が復活する話を人間に広めろ。以上」


 一つ目はすでにこなした。

 ロボットに隠れろと命じると、律儀に飛んでいった。

 今は帝都の北に浮かぶ、飛空要塞ワラン・ラマンの上にいる。

 見つかったら騒ぎになるだろうが、普段は誰もいないらしく、見つかる気配はない。


 二つ目と三つ目はカルがこなした。

 零の密偵を集め、暗躍させている。

 四つ目にはミトも一役買っている。

 針子の間では、悪しき精霊(サイタン・マサマ)の話がすでに広まったそうだ。


 ちなみにミトだけでは、あまりに不安なのでカルがヒヌカを補佐につけようとしていた。

 しかし、ヒヌカは、


「わたしは心当たりがあるから」


 と言って、ここ十日ほど一人で行動していた。

 なんだそれは、と思うも聞きはしなかった。

 ヒヌカはエリカに呼ばれて皇城に出入りした経験があるからだ。

 思うところあってのことなのだろう。


 以来、ジンたちはエリカの指示通りに動いてきた。

 集めた情報は執事だという虎の天上人に渡す手はずとなっていたが、彼も手紙を持ってきたのを最後に姿を見ない。


「なんだ、エリカに言われたこと、全部終わってるぞ」

「そうだね。じゃ、連絡を待つしかないかな」

「……」

「ねぇ、頼むから、ロボットに乗って皇城に行こうとしないでね?」


 カルがすがるように言う。

 目をそらすと、顔を両手で挟まれて目を覗き込まれた。


「ねぇ、聞いてる? 僕は本気で言ってるんだからね?」

「……」


「ジン、お客さんが来てるよ!」


 ミトが元気よく帰ってきたのはそのときだった。


「お、お客さんって誰?」


 カルは慌てて体を離し、ミトを振り返る。

 背後に二人の女を連れていた。


 女とわかるのは着物の帯と体型からで、顔はわからない。

 二人とも笠を目深に被っているためだ。


「……誰だこいつら?」

「さぁ? 私はジンの知り合いって聞いているだけだもの、知るわけがないわ」

「知り合いって言われてもなぁ」


 女の二人連れに覚えがない。

 本気で悩んでいると、女の片方が震えた声で話し始めた。


「あ、あの……、わたくしたちは、お願い? というよりは、命令があってわざわざ来てやった……、いえ、参りましたの」

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