表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/199

49 対策4


    †ネリエ†


 ティグレに悪しき精霊(サイタン・マサマ)に関する資料を揃えてもらった。

 皇城の書蔵が焼け落ちた以上、大した資料はないかと思ったが、民間伝承という形で記述が残されていた。


 伝承には、マナロの日誌ほどの情報量はない。

 ただ、民の視点で悪しき精霊(サイタン・マサマ)がどう映ったかは貴重な情報だ。


 曰く、田畑の収量が激減した。

 天候不順が発生し、夏に雪が降り、冬に日照りが続いた。

 枯れ果てた大地を捨て移住する者もいた。


 そうした異常は数年に渡って続き、民は飢えていた。

 悪しき精霊(サイタン・マサマ)が上陸すると告げられたのは、そんな折だった。

 農民からも軍勢が集められた。

 飢えに続いて徴兵ともなると、村にとって壊滅的な打撃だ。


 残された女子供、年寄りでは食っていけない。

 何のための戦いなのか。

 悪しき精霊(サイタン・マサマ)より徴兵の方が悪ではないか。


 書には恨み言が綴られる。

 マナロの視界には決して入らない末端の話。

 しかし、今のバサ皇国でも起こっていることだ。


 別の書には民の不満は配給によって解決された、とあった。

 マナロの友が自国の食料を配布したというのだ。

 村の多くはそれで助かり、マナロとその友人に感謝した。


 友人とはテダのことだろう。

 人間の王族だが、ここでは友人としか書かれていない。

 焚書を免れたのもそのためだろう。


 また、別の書には悪雲を払うのに炎が有効と書かれていた。

 竈に青い石を飾り、炎に祈る。

 これにより家に加護があるという。


 炎を使う場所に青い石を飾るのは、今も行われる伝統だ。

 出自はやはりマナロ戦記と炎の精霊(イグルクス)のようだ。

 効果はさておいて気休め程度に普及させてもよいかもしれない……。


 コンコン。

 戸を叩く音。

 誰かが来たようだった。


「ティグレ」と呼んでから、自分が遣いに出したことを思い出す。

 離宮にはネリエ一人だ。

 いつまでも従者なしでは格好がつかない。

 そんなことを思いながら自ら応対する。


 戸口に立っていたのは、布衣に身を包む天上人だった。

 緑を基調とした無紋の着物。

 緑は評定所の文官が身につける色だ。

 位はさして高くないが、五人も現れると、さすがに身構えてしまう。


「私は評定議会所より留役を任ぜられたトドミと申す。突然の来訪、ご容赦願いたい」

「……どういった用向きでございましょう?」

「この度、評定議会所において、ネリエ様の永蟄居を申し付ける判決がくだされた旨、お伝えに参った次第」


 反応が遅れる。

 意味もなく反芻した。


「…………私が、永蟄居?」


 永蟄居。

 永遠に家を出ることができなくなる罰。

 極刑に値するような罪を犯しつつも、身分が高貴であるため裁けない場合に適用される。

 皇女なら適用対象だろう。

 が、そもそも思い当たる節がない。

 なぜ自分が……。


「どのような罪で裁かれたのかお聞かせいただけますか?」


 努めて冷静に問い返す。

 文官は懐より、罪状を取り出し読み上げた。


「罪状。悪しき精霊(サイタン・マサマ)の復活させ、国家転覆を目論んだこと。これをもって元第二皇女ネリエ・ワーラ・アングハリを永蟄居に処す。……ご署名はネリエ様を裁ける方がいらっしゃらないため、皇帝陛下が直々になさっております。どうかお確かめください」


 文官は罪状を見せてくれた。

 内容は読み上げられた通りだ。

 署名もある。

 法的に有効な書状だ。

 しばらく呆然とする。


「ご質問があればお聞きいたしますが?」

「いえ、何も」


 状況は理解できた。

 難しいことは何もない。

 これはドラコーン派の策謀なのだ。

 彼らはネリエに皇位を奪われまいと手を打ってきたのだ。


 忘れていた。

 ネリエの目的は皇位簒奪。

 周囲の者は誰もがそう考えていた。

 ネリエ自身、ジンが来るまでは目的としていた。


 だから、宰相マンダはネリエを蹴落とした。

 不審な行動を取り、隙を見せたから。


 悪しき精霊(サイタン・マサマ)が蘇るかどうかの瀬戸際だというのに。

 こいつらはいつまで派閥争いをしているのか。

 思わなくもない。


 だが、今回はネリエにも落ち度があった。

 いきなり仲間を集めようとせず、危機感の共有から始めるべきだった。


 国家存亡の危機となれば、派閥もクソもない。

 ドラコーン派にも声をかけ、協力を呼びかけるべきだった。


 ……いや、それもどうだか。

 内容の真偽に関わらず裁かれるに違いない。

 彼らとしてはネリエを裁いてから、対処を考えればいいだけだからだ。

 そして、手柄を独り占めすればいい。


 結局、蛇龍(イサン・アハス)とドラコーンがいる限り、ネリエは自由に振る舞えない。

 そして、彼らは霊公会と癒着しているため、ソテイラを糾弾できない。

 何をしても無駄な気もする。


「私は悪しき精霊(サイタン・マサマ)の復活など目論んでおりません」


 無駄と知りつつ反論してみた。

 文官は聞き遂げられないとばかりに首を振った。


「これより本離宮は評定議会所が定める武官の監視下におかれる旨、ご承知おき願います。また、蟄居中の建物へ他者が入ることは禁じられております。ティグレ様についてはお暇を与えるようお願い申し上げる次第です」


 事務的な説明を残し、文官は去った。

 こうしてネリエは離宮に閉じ込められた。


 外部とのやり取りも手紙のみに制限された。

 もはやできることはなかった。


 ……どう振る舞うのが正解だったのか。


 あり余る時間で考えても答えは出ない。

 宰相マンダは今でもネリエが皇位を狙うと信じている。

 狙っていないと言えば嘘になるが、今だけは皇位を捨ててでも国を救いたいと願う。

 だが、その気持ちは伝わらなかった。


 彼が真実に気づくのは悪しき精霊(サイタン・マサマ)の復活を見届けたときだろう。

 そうなれば手遅れだ。

 多くの民が死ぬ。


 そして、窮地が訪れたとき、天上人は真っ先に人間を見捨てるだろう。

 彼らは知らないからだ。

 ジンの炎だけが悪しき精霊(サイタン・マサマ)を打破しうる、と。

 知らずに人間を捨て駒にし、自身だけが生きようとするに違いない。

 それに故に滅んだなら寓話として申し分のない物語だ。


 そんな種族に救われる権利があるのだろうか。

 ジンに救ってくれと頼めるだろうか。


 ……ネリエにはわからなくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ