46 対策2
†ネリエ†
「無理にでも大霊殿に行った価値はあったわね」
離宮に退避し、法衣を脱いだ。
ティグレが淹れたお茶を呑み、一息つく。
老人は言大きな儀式とっていた。
大霊殿の司祭全員だから、実際、かなりの人数だ。
「儀式で悪しき精霊が呼べるんすかね」
「たぶん、そうだと思うわ」
人間は科学技術によっての召喚に成功した。
しかし、今は技術が失われているため、別の方法が必要だ。
ジンはその方法を聞いていた。
元来亜人種が利用していた魔術を応用する。
魔術。
つまり、禁呪のことだ。
「禁呪と言えば、ベルリカ領主の直轄地を襲った術も禁呪っすよね?」
「えぇ。あたしも聞いただけだけど」
大量の生贄から異形が現れた。
ジンはそう言っていた。
表向きは、ベルリカ分家の謀反で決着がついた事件だが、ソテイラが禁呪に手を出す者だとすると、話が変わる……。
「ひょっとしたらベルリカ領の一件は、別の側面があったかもしれないわね」
召喚された異形は精神を蝕む力を持っていた。
まったく同じ話がマナロの経典にも書かれていた。
悪しき精霊の使徒だ。
使徒は精神攻撃を仕掛けてくる、とマナロは記していた。
……ベルリカで召喚されたものが同じだったとしたら?
「ベルリカでの召喚は実験だったのかもしれない」
領主を追い詰めることは目的の一つでしかなかった。
真の目的は禁呪を試すこと。
ソテイラが本番に臨もうとしている今、その実験は成功したと見るべきだろう。
「……止めに行くんすか?」
「行きたいのは山々だけど、二人じゃ無理よ。然るべきところに相談するわ」
ネリエには仲間がいない。
真相を知っていても、力がなければいないのと同じだ。
力を持つ味方が必要だった。
†
カナンとの面談は速やかに設定された。
火急の案件と告げたためか、当初の予定を中止してまで時間を取ってもらえた。
「そうまでして作った時間で何を話すかと思えば、それだけかい?」
「はい。早急に調査をすべきかと思いまして、ご相談いたしました」
ネリエはかいつまんで事情を話した。
支離滅裂と思われるのは承知の上だ。
しかし、皇城にロボットが飛来したのは事実だ。
それが高度な科学技術によって作られていることも。
証拠はないが、信憑性に寄与してくれることを祈る。
「それじゃ、あんたのところに来たロボットとやらに人間王が乗っていたと言うわけかい」
「はい。ロボットは現在下町に待機させているそうです」
「知ってるよ。マンダが回収に向かわせたそうだからね」
「回収に……?」
「ふん、そんなことも知らないわけか」
「……も、申し訳ございません」
あれだけ目立ったのだ。
ドラコーンが動くのは当然と言えた。
ジンに警告すべきだった。
「証拠はあるんだろうね?」
「ソテイラ様の近況が不審なことなど証言は多くあります」
「普段と違うことをするだけで悪しき精霊を蘇らせようとしてると言われたらたまらないだろうね」
正論だが、証拠を用意する時間で儀式が完成する可能性がある。
「では、ソテイラ様の動向を監視していただくことは……」
「断る。やるなら自分でやりな。皇女だろう、あんたは。このカナンより位も上なのになぜ、こんなところに来る?」
「それは……」
動かせる者がいないからだ。
裏を返せば、ネリエの人望のなさでもある。
カナンには、努力もせず力だけ借りようとする奴に見えただろう。
…………急ぎ過ぎたのは認める。
筋が通らないことを言っているのも事実だ。
それでも、急を要する話なのだ。
形式にこだわるべきではないとネリエは思う。
が、カナンには伝わらなかった。
「どうやら鍛え方が甘すぎたようだね。一つ課題を増やそう」
「そんな……。今の課題だけで手一杯なのに」
これ以上増えると時間がなくなる。
証拠を探すどころではない。
「知らないね。二ヶ月以内に蛇龍から一人仲間に加えな」
しかも、無茶苦茶な要求だった。
敵対勢力を引き入れるなど、どう考えても無理だ。
「腕の見せどころだねぇ。できたら報告に来な。ただし、今までの課題は継続だ。並行してやること。この課題についても、達成できなかった時点でこのカナンはあんたから手を引くよ。そのつもりでやりな」
協力を取り付けるどころか時間を奪われた。
カナンは本気だ。
ネリエが課題をサボれば、手を引くだろう。
国と派閥闘争。
どちらが大切か。
そんなのはわかっているが、カナンに見限られれば、ネリエは頼る先を失う。
ドラコーン派の暗殺者が動き出すことになるだろう。
「……わかりました」
結局、カナンの力が必要だった。
皇女の立ち位置も重要だ。
権力がなければ、情報すら集まらないのだから。
現状を維持しながらソテイラの悪事を証明する。
悠長に見えて、堅実な方法がそれだ。
無謀な方法は後戻りが効かない。
残り時間がどれほどあるかも不明だが、……やるしかなかった。