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    †ネリエ†


 その日、宰相や重役(おもやく)、用心といった帝政の中枢に居座る面々が集められた。

 御前会議と呼ばれる集会は、皇帝に重要事項を通達する場だ。

 内容は多岐に渡り、地方領主の動向や改革の進捗状況など大きな案件も含まれる。


 マナロ時代は非常に重苦しい空気が漂う会議だったが、ドラコーンが即位してからは形式的な報告会となっていた。


 重役が適当に見繕った話をする。

 ドラコーンが肯く。

 その繰り返しだ。

 下手をすると、ドラコーンが聞いていないこともある。


 ところが、今日に限っては空気が違った。

 普段と違う参加者がいるためだ。


 カナン・ブラッソー。

 マナロの最後の時代を支えた側近。

 当時は宰相以上の権限を持ち、辣腕を振るった。

 現在も大臣相談役として帝政に残り、多方面に顔が利く。

 年齢は百六十を超えるはずだが、今なお眼光の鋭さは衰えない。


 カナンは隣にネリエを連れていた。

 御前会議に、反皇帝勢力の筆頭である皇女を連れてくる。

 重役たちはその意図を読めずに、額に汗をかいていた。


 ネリエも汗をかいていた。

 ついて来いとカナンに言われた。

 だから、ついて行った。

 まさか敵の中枢に乗り込むとは思わなかった。


 そんな空気で会議が始まる。

 最初に口を開いたのはカナンだった。


「このカナンは、第二皇女を鍛えてやろうと思うんだ」

「き、鍛えるですか?」


 宰相マンダが聞き返す。

 カナンは鷹揚に肯いた。


「おうとも。この甘っちょろい娘を一流にしてやるのが、このカナンの最後の仕事さ」


 カナンはあえてぼかした言い方をするが、意味するところは明白だ。

 宰相マンダの顔が青くなる。


 カナンがネリエ派についた。

 会議のあと、そんな噂が流れた。

 カナンを含むマナロの元側近は、ドラコーンが即位したあとも求心力を持ち続けていた。

 マナロの意志を継ぐ者として、一定数の信奉者がいるのだ。


 そのカナンがネリエに与するなら、皇城の勢力図は書き換わるのではないか。

 推測が推測を呼んだ。


 発言の裏に、ネリエがマナロの過去を調べたことがあるのは間違いない。

 あの夜、ネリエはカナンに調査結果を報告しに行った。

 門前払いを食らったが、内容は伝わったらしく、カナンは今日の会議にネリエを同行させた。


 味方になったか、というと怪しい。

 カナンから接触があったのは今日が最初だ。

 報告をしてから五日が経っていた。

 この五日は何度手紙を送っても返事がなかった。

 嘘をつかれたと最初は憤った。

 話を持ち込んだトゥービ・タンゴールを捕まえて問い詰めようかとも思った。

 そんな折に連絡があった。

 そして、いきなりの御前会議だ。


 カナンの真意はネリエにもわからない。

 鍛えると言うが、何をどう鍛えるかは聞いてない。

 御前会議後に二人で話す機会もあったが、カナンは修行内容を話さなかった。

 もっぱら天気の話をしていた。


 他者に思考を読ませない。

 上に立つ者のあり方を示しているのか。

 ネリエは好意的に解釈することにした。



 三日が経った。

 カナンの修行が始まった。


 まず、マーカとメリリが連れて行かれた。

 特別に鍛えてやるから、という理由で強面の男たちがやってきて、二人をさらっていった。


 一人になったネリエにも次々と課題が与えられた。

 カナンがネリエを鍛えると発言したことへの問い合わせ対応。

 カナンが出席するお茶会の手配。

 上流天上人を集めての詩歌の会開催。


 社交の手伝いばかりだ。

 これも好意的に捉えるとネリエの顔を売る機会を与えてくれたと見ていいかもしれない。

 機会があればだが。


 いずれの会合でもネリエは裏方に徹した。

 徹せざるを得なかった。

 そうしないと会が回らないためだ。

 忙殺だった。


 さすがにしんどくなって、実家に救援を求めた。

 カナンに阻止された。

 他人の手を借りるなと言うのだ。

 頼っていいのは金と自分だけ。


 来週にはお茶会が二件ある。

 ちなみにカナンの要求するお茶会とは、ただお茶とお菓子と場所があればよいわけではない。

 準備は出席する者たちを調べ上げることから始まる。

 味の好みはもちろん、近況を予め熟知し、会に反映する。

 孫が生まれたのならお祝いを、不幸があったのなら悼みの言葉を。

 予め仕込み、会に驚きを添える。


 そう、驚きがなくてはならないのだ。

 これが非常にしんどい課題で毎回頭を悩ませている。


「あのババア、本当に仲間なんですの?」


 ある日、マーカの不満が爆発した。

 二人の修行は第一段階を完了したらしく、戻ることが許されていた。


「仲間と見てよいと私は思っていますが……」

「だったら、なんでわたくしたちがこんな目に遭わなければならないんですの!?」

「そうなの! と~~~ってもつらかったの!」


 マーカとサリリが声を揃えて言う。


「どのような修行だったのですか?」

「あのね、あのね! まずいお菓子を食べて、美味しいって言わないといけない修行なの!」


「なんだ、思ったよりまともな修行で安心しました」

「あれっ!? 今のは大変でしたね、って言ってくれるところなの~!」

「……あなたたちはお世辞の一つくらいは言えた方がよいですよ」


 忠告すると、マーカは胸を張って、


「ふん! そんなものはわたくしの流儀に反しますわ! 修行の内容など一晩も寝れば完璧に忘れましてよ!」

「そこは自慢するところではありませんが……」


 さすがにワガママさだけで社交界を追放された姉妹は違う。


「お嬢さん方、まーた、たくさんのお便りが来てるっすよ」


 そのとき、ティグレがやってきた。

 両手に抱えるほどの手紙を持っている。

 茶室の床にバサバサと放り投げた。


 ぞんざいな扱いだが、どうせ中身は脅迫文だ。

 ネリエが人間擁護を口にしてから、手紙が頻繁に届くようになった。

 ヒヌカのお披露目で派閥が半ば解散状態になったので、元々所属していた者たちが縁切りのために送っているのかもしれない。


 中には呪術的な意味合いなのか、呪文の刻まれた札が入っているものもあり、遊び半分では開けられない。

 大半はティグレが庭で内容を確認し、適切に処分している。


「またですの! どいつもこいつも! 何度シメたら学習するのかしら!」

「文句があるなら直接言えばいいのに~」


 マーカが拳を振り上げる。

 メリリも同調して頬をふくらませる。


「相手にする必要はありませんよ。騒げば相手の思惑通りです」


 ヒヌカを紹介したときから、ある程度は覚悟していた。

 天上人は人間を穢れと蔑む。

 慣れきってしまって、それ以外の見方ができない。

 マーカとメリリが特別なのだ。


 敵を増やす結果になったが、いつ裏切るかわからない仲間を一掃できたのも事実だ。

 カナンの修行(?)によりマーカとメリリも鍛えられているし、現状は悪くない。


 あとは自分が敵を味方に変えられるよう努力をすればいい。

 頑張ろう。

 気合を入れ直す。


 そう思ったそのとき、窓の外に轟音が響いた。


「何事ですの!?」


 マーカが障子を開け放つ。

 ネリエもつられて外に出る。


 離宮に影が落ちていた。

 思わず、頭上を見上げると、太陽を覆い隠すほどの巨体が空を飛んでいた。

 巨大ロボットとしか言いようがなかった。


 全長は二十トルメほど。

 人型だが、腕が長めに設計されているせいで猿のようにも見えた。

 がっしりした体格で全体的に赤を基調とした塗装がなされている。


「なななななな、なんですのあれは!?」

「わかりません!」


 ズシン……、と地響きと共にロボットが着陸する。


「お嬢さん方は下がっててください」


 ティグレに肩を押される。

 不躾だったが、文句は言わない。

 マーカとメリリを連れて、ネリエは室内へ戻った。


 間もなくロボットが前傾姿勢となり、背中から誰かが出てきた。


「よぉ」


 姿を現したのはジンだった。


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