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41 旅5

今回も長いです


    †ジン†


 ソテイラはまるで幽霊だった。

 薄暗い部屋の中で、彼の着物だけが浮き上がっていた。

 手も顔も着物も羽もすべてが白い。


 そして、その白さを持つ者がもう一人。

 展示台の上に立つソテイラだ。


 近距離で観察しても違いなどわからない。

 どちらも本物だ。

 浮かべている表情すら同じだ。


「これは私の試作機(プロトタイプ)だ。残念ながら私ほど賢くはないのだが、よく似ているだろう? ……あぁ、そうか。試作機という言葉に馴染みがないのだな。試作機は、仕様を満たすものが作れるか確認するために開発するものだ」


 仕様。確認。……開発。

 わからない。

 言っている意味がわからない。


「どうした? 説明に不備があったか?」


 不備しかなかった。

 ソテイラの試作機。

 試作機は機械のこと。

 言葉通りに捉えたら、……ソテイラは、機械だ。


 冗談じゃない。

 今まで普通に話ができていた。

 違和感などなかった。


「…………お前、ロボットだったのか?」


 半ば否定されることを期待していた。

 笑われるならそれでもいい。

 そう思っていた。

 しかし、彼は肯いた。


「そうだ。私の名は(シャム)(ヒンディ)(ヒンディ)RZ(アーズィ)通称(コードネーム)ソテイラ。亜人型アンドロイドだ」

「亜人型、アンドロイド…………。なんでそんなものが……」


「無論、必要があったからだ。私の使命は亜人種(テンジョウビト)の中に入り込み、情報収集に徹することだった」


 それは斥候とも隠密とも異なる。

 天上人になりきり間諜として働くことだ。

 だから、ソテイラは天上人として作られ、霊公会の司教まで務めた。

 だが、目的がわからない。

 何のために情報を集めるのか?


「決まっているだろう? 戦争に勝つためだ」


 …………戦争。

 戦争とは一体どの戦争を指すのか。

 思い当たるものは一つもない。

 唯一聞いたことがあるのは、零ノ隠里で聞いた昔話だ。

 しかし、あの話はショーグナにおける戦いであり、この地とは何の関係もないはずだった。


 ソテイラは真顔で続ける。


「ここに至るまでに見てきただろう? ミンダナの有様を。破壊された塔、王宮、装甲車。炎で焼き殺された人間たち。いたるところに虐殺の痕跡があったではないか」

「あぁ、…………それは見た。見たけどよ…………」


 それらは決して戦時中のものではなかった。

 街は砂に呑まれ、人間は全滅した。

 むしろ戦後の様相だった。

 戦争など何年も前の話だ。


「それは誤解だ。情報基盤(データベース)によれば、ミンダナと亜人種(テンジョウビト)が戦争を始めたのは今から1507年前だ。そして、現在に至るまで続いている」

「続いている…………? どこかで誰かが戦っているのか?」


「最後に残存兵力の確認ができたのは496年前だ。以来、ミンダナは戦力を持たない」

「496年前? じゃあ、負けてるんじゃねえか……?」


「負けてなどいない。作戦司令部から状況終了の通達はなく、降伏の報もないのだ。これは現在も戦争が続いている証拠だろう?」

「……」


 ……証拠だとソテイラは言い張る。

 しかし、その理屈だと負けたと言わない限り、戦争が終わらないことになる。

 なら、負けたと言える奴が言う前にみんな死んでしまったら…………?

 わからない……。

 ソテイラがどこまで本気なのか……。


「……ふむ、納得できていない様子だな。ならば、最初から説明しよう」


 ソテイラは語った。

 彼の五百年の歩みを。


「私が稼働を開始したのは今より502年前だ。襲撃者によりイリェラが制圧される前年だ。私の使命はショーグナへ渡り、情報を集めることだった」


 情報収集のために出世を目標とした。

 血筋を要件とせずに上位へ至る道として、霊公会を選択。

 科学技術を賄賂として使用することで、着実に出世を重ねた。


 すべては戦争を勝利に導くため。

 当時、人間と亜人種は戦争状態にあり、千年戦争と呼ばれる長期の戦いが続いていた。

 作戦行動中、ソテイラは首都イリェラ陥落の報を受けた。

 しかし、終戦宣言や帰投命令がなかったため、彼は作戦を継続。

 今日まで五百年もの間、諜報活動を続行してきた。

 そして、定期的に作戦司令部にバサ皇国の情報を送っていたという。


「その作戦司令部……、ってのは、どこにあるんだ?」

「王宮の地下に本部があった。残念ながら首都陥落の影響で機能を失っている」

「じゃあ、お前の送った情報はどこへ行くんだよ。誰が見るんだ?」

「それは私の関知しない問題だ。私は情報を集め送ることを使命とするからだ」


 それはそうかもしれないが……。

 誰もいないとわかっている作戦司令部に情報を送り続ける。

 ……いくらロボットでも異常ではないだろうか。

 いや、ロボットだからなのか。

 おかしいと思っていないのかもしれない。


 作戦司令部に中止を指示されない限り、ソテイラは動き続ける。

 そういう仕組みなのかもしれない。

 しかし、ソテイラに指示を出せる司令部はすでに存在しない。

 ……その事実を彼は知っているのだろうか。


「諜報活動はミンダナに有益な情報を次々ともたらした。中でも有益だったのは、始皇帝マナロこそがイリェラを壊滅させた張本人であることだ」


 霊公会序列第二位に上り詰めると、マナロに接近する機会も増える。

 これを活かし、ソテイラはマナロの遺伝情報を取得し、イリェラ襲撃者と同一人物であることを特定した。


「青い炎が敵の手中にある限り、戦争に勝利することは困難と判断された。私はマナロが死ぬときを待ち続けた」


 マナロは長命だった。

 ソテイラがバサに渡って、五百年も生き続けた。

 そのときが訪れたのは四年前だった。


「マナロ崩御に先立ち、私は皇位継承者の選定を行った。最も無能で、最も愚かな者を皇帝につけ、他を排除することとした」


 青い炎が継承されると面倒だからだ。

 有能な者が炎を持てば、再び死を待たねばならない。

 しかし、愚者に渡るのであれば、最悪の事態は回避できる。


 そうして青い炎の行く末を監視した。

 炎は人間の手に渡った。


高次元生命体(セイレイ)の現空間に与える影響は予測不能であり、私は最も留意すべき点と考えていた。厄介な青い炎が亜人種ではなく人間の手に継承されたことについても、現時点の私では事由を解析することはできない。しかし、これは事態が好転したものと見るべきだった」


 青い炎は絶頂期にあったミンダナを破滅させた実績がある。

 これが人間側にあるのであれば、戦争に敗北することはない。


「私は即座に作戦司令部の判断を仰いだ。だが、司令部より返答はなく、私は十分な時間を待ってから、作戦司令部における作戦立案及び承認権限が委譲されたものと判断した。私は青い炎を継承した人間と接触し、動向を観察した」


 それがジンだ。

 当時のジンは亜人種を憎んでいた。

 ソテイラにとって好都合だった。


 ジンは亜人種を次々と倒した。

 王族の子孫ということもあり、ソテイラは高く評価していた。

 やがてはジンを将軍位に据え、バサと戦うことも視野に入れた。


 ところが、その目論見は失敗に終わる。


 領主とスグリが現れたためだ。

 二人は人間と天上人の共生を目指していた。

 その夢にジンが感化されることを、ソテイラは恐れた。


 故にシヌガーリンによる領主暗殺をそそのかし、それが失敗すると自ら手を下すことを考えた。

 領主一族を操り、領主とスグリを狙った。


「これが裏目に出たのは知っての通りだ。今、炎の担い手たるお前は亜人種への十分な憎しみを醸成していない」


 ジンはバサ皇国の滅亡を望まない。

 協力もしないだろう。

 ソテイラは策を練り直した。

 感情に訴えることができないのなら、理屈での説得を試みることにした。


「それがお前をここに呼んだ理由だ。真実を伝え、協力を請うために。この戦争を勝利に導くためにも、私に力を貸していただきたい」


 ソテイラは真っ直ぐにジンを見た。

 誠実さを感じさせる目だった。

 だからこそ、ジンは困惑する。


 ほぼ間違いなく、ミンダナという国はすでにない。

 ソテイラがバサに渡った直後、マナロに滅ぼされたためだ。

 仮に今も戦争が続いているなら、バサ皇国にも歴史が残る。

 だが、マナロがどこかへ出兵したという話は聞かない。

 零の隠里でも同じだ。


 マナロは人間を完全に滅ぼしてしからバサへ戻った。

 そして、そのあとは一度も人間と戦っていない。

 戦争が終わっているからだ。

 天上人が勝利したからだ。


 それをどうソテイラに伝えるべきか。

 そもそもソテイラは説得を受け入れてくれるのか。


「協力ってのは、具体的に何をすればいいんだ?」


 説得の言葉が思いつかず、ジンは質問で答えた。


「それは非常に有用な質問だ。しかし、お前に求めることは多くない。ただ、この地で朗報を待つだけでいい」

「待つだけ…………? それでどうなるんだ?」

「その間に私が単独でバサ皇国を攻略し、亜人種を根絶やしにする」

「……どうやって?」

高次元生命体(セイレイ)を利用する」


 ソテイラは語る。

 古来よりミンダナには特級秘匿指定を受けた技術があるのだ、と。

 その技術とは、次元の壁を取り払い、異なる世界との扉を開く方法だ。

 これにより人間はこの世界に近しい別の世界から次元の異なるナニカを呼び寄せることに成功していた。


 それが高次元生命体(セイレイ)だ。

 高次元生命体(セイレイ)は亜人種の間においても民間信仰の対象となっていた。


 元より世界間距離が近いため、人工的に扉を開くでもなく両世界は干渉しあっていた。

 高次元生命体(セイレイ)の姿を五感で捉えられる瞬間が、この世界には元々存在したのだ。


 秘匿技術が民間信仰と異なる点は、高次元生命体(セイレイ)の出現を操作できること。

 そして、ある程度、狙った高次元生命体(セイレイ)を引っ張りだせること。

 更に、


高次元生命体(セイレイ)の本体をこの世界に写像させることが可能なのだ」


 写像。

 すなわち、顕現だ。


 秘匿技術は千五百年前に兵器として運用された。

 そして、実際、呼び出された高次元生命体(セイレイ)により大きな戦果を収めた。


 だが、この技術は現在ではすでに失われていた。

 そのため、ソテイラは独自に研究を重ね、元来亜人種が利用していた魔術と呼ばれる手法を応用することで、同様の技術を復活させた。

 今回、ソテイラはそれを使おうというのだ。


高次元生命体(セイレイ)をバサ皇国の中枢へと召喚し、国土を蹂躙する」


 恐ろしい話に聞こえた。

 精霊がどんな奴かは知らない。

 だが、制御できない奴が出てきたらどうするのか。

 天上人どころか人間も皆殺しだ。


「無論、次世代を担う人間は救出する予定だ」


 次世代を担う人間は。


「…………ってことは、全員は助けねぇってことだな?」


 そして、助けられないほどの被害が出ることもわかっている。


「然り。その議論は私の中でも百年以上に渡って続いた。だが、人間を観測し、分析した結果、亜人種の奴隷であることに疑問を覚えぬ人間を助けたところで、新たなる人間国の興隆に寄与しない可能性が高いと判断された。であるなら、寄与可能性が高い人間を自らの手で育成し、次世代の礎とする方が望ましいという結論に至った」


「……お前の、奴隷のことか」

「慧眼であるな。彼らには亜人種に従わぬ自立心と問題を自身の力で解決する能力を育ませた。次代の人間種を牽引する存在となるだろう」

「お前が決めていいことじゃないだろ」


「いいや、私には権限がある。作戦司令部より作戦立案及び承認権限を移譲されたとみなされているためだ。そして、作戦には捕虜の扱いも含まれる。人命を第一義とせよ、という原則は存在するが、有事に際して原則の運用が困難である場合は、柔軟な思考が求められるだろう。今、最も求められるものは戦争での勝利だ。違うか?」


 違うに決まっていた。

 前提がおかしいのだ。


「戦争は終わってるんだ! 作戦司令部はなくなったんだろ? 負けたからだよ!」

「終わったという報告は受けていない以上、続いていると判断するのが妥当だ。呼び出す高次元生命体(セイレイ)悪しき精霊(サイタン・マサマ)と呼ばれる個体と決めた。本個体は歴史上、ラーノ大陸とルーベ大陸の双方を完全破壊した実績がある。青い炎を持たぬバサ皇国では、対処不能だろう。

 こうしてショーグナを死の大地に変化せしめたあと、私はピサヤに新たな人間国を作るつもりだ。私が自ら教育した人間たちは失われた科学を研究し、すぐに当時の技術水準を取り戻すだろう。そして、取り戻した軍事力を背景にラーノ大陸へ再上陸。人間を奴隷とする亜人国家を殲滅したのちに、以前からの悲願であった三大陸制覇に乗り出すのだ」


 これこそがソテイラの思い描く(ニンゲン)亜人(テンジョウビト)高次元生命体(セイレイ)の物語。

 かつての王が夢見た理想の世界だ。


 何もかもが狂っていた。

 もういい。

 こいつは何を言っても聞かない。


「俺が止める。お前の好きにはさせねぇ」


 宣言すると、ソテイラは驚いたような間を空けた。


「なぜ? 私は人間の勝利のために尽くしている」

「人間はそんなのを求めてないからだ」

「求めている。人間が求めるのは亜人種を屈服させることだ」

「誰が決めたんだよ、そんなもの!」

「私の創造主が」


 ソテイラ言った。

 彼を生み出した科学者は亜人を憎んでいた、と。


「そこの展示でお前も見たはずだ。亜人種は所詮、人間が遺伝子操作技術によって生み出した人工的な生命に過ぎない。それが大陸へ渡り、繁殖し、人間に反旗を翻したのだ。そして、なんの因果か高次元生命体(セイレイ)の補助を受け人間を打破した。許されることではない。お前こそ、なぜわからない?」


「わかるわけねぇだろ! 俺はお前たちの時代を知らないんだ!」


 過去の人間は、同じ人間でも他人だ。

 そいつらが何を思い、何を目指したかは、自分には関係ない。

 同じ人間だからわかれ、というのは無理な理屈だ。


「王族の血を引く者とは思えぬ態度だ」

「王族だから、昔の奴らの考えを理解しろって方が俺にはわからねぇ。俺には関係ねぇ」

「では、どうあっても賛同はせぬのか?」

「しない。俺はお前を止めるぞ」


 天上人も人間も昔は戦争したのかもしれない。

 今だって関係は最悪だ。

 しかし、今から変えられるはずなのだ。


 変えようとする奴もいる。

 変わってきてる奴もいる。

 昔話の延長で破滅させるわけにはいかない。


「お前の意見は理解した。しかし、計画の変更はできない」

「だったら、ここでどっちかが倒れるしかねぇな?」

「残念だが、私の本体はここにはない。ショーグナ本土だ。これは私の模造品でしかなく、破壊は無意味だ。そして、作戦遂行上の障害となりうるのだとしても、王族を殺害する権限は私にはない。よって、危害を加えるつもりもない」


「それで俺が黙ってると思うか?」


「先の宣言通り、お前にはミンダナに滞在してもらう。船はこちらで破壊させてもらった。私の本体が迎えに行くまで、お前はこの大陸から脱出することはできない。お前にはここで見届けてもらう」


 ――――千年にも渡る戦争の行く末を。

 それだけ言って、ソテイラの体から力が抜けた。

 その場に頭から倒れ込む。


「おい!?」


 顔を覗き込むが、瞬き一つしなかった。

 ソテイラだったものは完全に機能を停止していた。


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