38 旅2
†ジン†
あまりの暑さに目を覚ます。
全身を太陽にあぶられ、汗だくだった。
いつの間にか甲板に寝そべっていた。
寝ぼけ眼で周囲を見回すも、誰もいない。
異様に体が重い。
喉が渇く。
都合よく竹筒に入った水を見つけ、一息に飲んだ。
少し頭がスッキリする。
船室は無人だった。
ソテイラも船員もいなかった。
帆船は港に停泊していた。
すぐ近くに砂の吹き溜まりでもあるのか、桟橋には砂が散らかっていた。
そこに足跡を見つける。
どうやらソテイラは先に降りたようだった。
「起こしてくれればよかったのに……」
文句を言いながらも船を降りる。
桟橋を抜けると、砂でできた丘があった。
よじ登ると、……その先にも砂の丘があった。
「なんだこりゃぁ……」
奇妙な光景だった。
まず、砂の量が尋常ではない。
建物らしきものが見えるも、半分以上砂に埋もれていた。
建物自体も奇妙な形だ。
完璧な直方体をしている。
材質も石や木ではなく、なめらかな……、光沢のある何かだ。
壁につなぎ目もない。
こんな大きな板は見たことがなかった。
砂上には建物が等間隔に並んでいた。
見上げるほどの高さを持つものもあった。
そして、建物の間を縫うように、うねうねとした筒が伸びる。
街なのだろう。
人の姿はないが、特に広い建物の隙間は道路に見えるし、筒も帝都で見た回廊と思えば納得できる。
理由は不明だが、何らかの要因で砂に埋れたようだ。
ソテイラの足跡は建物群に向かっていた。
後を追う。
やがて大きな通りに出た。
その周辺は砂が少なかった。
黒い地面が露出している。
異常なほど平らな地面だった。
石を敷き詰めたようにも見えるが、詳細は不明だ。
ブーン、という音が聞こえる。
空を見上げると、何かが飛んでいた。
見たこともない形の物体だ。
大きさ的に虫でも鳥でもない。
人の十数倍はある。
街の上を飛びながら、人の声を発していた。
『――――』
理解できない言葉だった。
人の言葉を話す、空を飛ぶ、巨大な何か。
気味の悪いほど整った形の建物。
どうやってならしたのかもわからない地面。
違和感が募る。
急かされるように足跡を追う。
やがてそびえ立つ塔に行き当たった。
元はどれほどの高さがあったのか。
雲にも届く高さではなかったのか。
そんな塔が中程で折れ、無残に頭を垂れていた。
無理やりねじ切られたような折れ方をしている。
風に吹かれたのか、雷が落ちたのか。
どちらも違う気がした。
金属があんなふうに捻じ曲がるには、外から力を加えねばならない。
誰かが破壊したのだ。
破壊。
その視点で街を見ると多くのことがわかった。
建物の硝子は大半が割られていた。
地面に大穴が空いている場所があった。
焼き尽くされた馬車のような乗り物が捨てられていた。
生き物の気配はなく、ただ破壊された街があった。
ここは何だ。
ここで何があった。
「☆※■▼」
後ろから声をかけられた。
気配などまるでなかった。
風の音に紛れ、誰かに背後を取られた。
慌てて振り向く。
腰に下げていた剣を抜く。
「な、何だお前は!?」
背後には円筒形の物体がいた。
天辺が球体状になり、そこだけ回転するようだ。
胴体からは二本の細い腕があり、わちゃわちゃとうるさく振り回している。
生き物を模して作られた自動人形だった。
丸い穴が二つとお椀状の溝。
それがあるだけで笑顔とわかる。
よくわからないが、そいつは笑っていた。
「ルーベ大陸からいらっしゃったのですね。ようこそ、ミンダナへ!」
物体が言葉を話した。
甲高い子供のような声だ。
「どうして僕が話せるのかって? 自動言語推定機能があるからですよ。こう見えて、僕は二十四の言葉を話せるのです。おっと、自己紹介がまだでしたね。僕は何でもお手伝いするロボット、タスケルくんです。変な型番はついてないのかって? 記号と数字だけの名前なんて味気ないじゃないですか」
そいつは一息にまくし立てた。
半分以上は意味がわからなかった。
限界まで頭を働かせ、かろうじてそいつに名前があり、敵意がないことを理解する。
だが、剣は下ろさない。
……未知の場所で、未知の相手なのだ。
「お客様困ります。町中で剣を抜くのはマナー違反です。しまっていただかないと警備に通報してしまいますよ? いくら非常事態宣言が発令されているとは言え、一般人の銃刀の携帯許可は限定的なのです」
「お前は敵じゃないのか……?」
「敵? 僕はタスケルくんですよ!」
「……」
しばし考え、剣を納めた。
「ご協力に感謝します。では、改めまして、ようこそミンダナへ。なにかお役に立てることはございますか? ちなみに僕は観光客の皆様をお手伝いするために作られているので、道案内なら得意ですよ」
ロボットが笑みを向けてくる。
聞いてもいないのに、ベラベラ話す。
「今日は一段とひどい砂嵐ですね。なにかお役に立てることはございますか?」
「……」
「本日の催し物は……、すみません、共用通信網に接続できないため、情報を更新できませんでした。なにかお役に立てることはございますか?」
「……」
深呼吸をする。
ジンはロボットに話しかけた。
「ここはどこだ」
「はい、ここは人間の王国ミンダナの首都イリェラです。イリェラについてご紹介しましょうか?」
「頼む」
「はい、イリェラのオススメ訪問地には、次のようなものがあります。まず、ショッピングでしたら王立公園周辺に百貨店がございます。流行のファッションを楽しんでください。ランドマークは、なんと言っても王宮です。伝統的なスタイルで建築された本館は、大変な人気です。けれど、すみません。今は非常事態宣言が発出されている影響で、一般人の見学はできないんです。高等市民証はお持ちですか? でしたら、優先的に待機列への申込みができますが」
わかる単語とわからない単語が半々だった。
総じて知りたいこととは違っていた。
質問の方向を変えて、
「なんで砂がいっぱいあるんだ?」
「砂嵐の影響です。イリェラの東は広大な砂漠となっており、風向きによっては砂が飛来するのです。しかし、ご安心ください。掃除ロボットが定期的に巡回し、砂を回収しているのです」
その掃除ロボットの姿は見えなかった。
街には砂が堆積し、半ば埋もれている。
「さっき、人間の国って言ったか?」
「はい、言いました」
「ここがそうなのか?」
「はい、ここは人間の国ミンダナです」
人間の国……。
その話を聞いて、まず、思い出すのは里長の話だ。
ショーグナの山中に作られ、五百年前に滅んだ。
ミンダナなんて名前ではなかったし、第一、ここは遠く離れた別の大陸だ。
ここはなんだ。
なぜ人間の国がある……?
おかしなところに来てしまった。
まるで御伽話に迷い込んたかのようだ……。
「ミンダナのオススメ訪問地をお話しましょうか?」
ロボットが問いかけてくる。
「いや、……それはいい。それより、」
必死に質問を考えた。
今知りたいことを端から聞く。
「人がいないのはなんでだ?」
「申し訳ありません。質問の意味がわかりかねます」
「みんなどこかに行ったのか?」
「申し訳ありません。質問の意味がわかりかねます」
質問を変えて、
「この方向には何があるんだ?」
ジンはソテイラの足跡が続く先を示した。
大通りを抜け、裏道に続いていた。
「はい、こちらには王宮がございます。王宮についてご紹介しましょうか?」
「いや、いい」
「そうですか。ところで、海外からお越しになったお客様には無料で翻訳機をお貸し出ししています。ご利用になりますか?」
「翻訳機ってなんだ?」
「翻訳機はラーノ大陸、ルーベ大陸、ピサヤ大陸の全二十四言語のすべてに対応しております。入力された言葉を即時に他の言語に変換することで、意思疎通の補助をします」
「そうか。全然わからないけど、とりあえず借りるぞ」
「では、お客様のお名前をどうぞ。声紋と指紋を取得させていただきます。収集した個人情報の規約についてお聞きになりますか?」
「俺はジンだ。ナントカについては聞かなくていいや」
「ジン様ですね。精霊とは、大変素晴らしい名前です。きっとご加護があるでしょう。おや、ロボットのくせに精霊を信じるのかって? 信仰は個人の自由ですよ。東部信仰は八百万の神々と言いますが、私は精霊の方が好きですね」
ロボットの胴体が開いて、つぶ貝みたいなものが出てきた。
それと眼鏡だ。
「こちらを耳にはめてください」
「……こうか?」
ロボットに教えてもらい、翻訳機を耳にはめる。
眼鏡もかける。
「こんにちは、これは試験用の音声です。現在、ミンダナ語で話しかけています」
「……お、なんか聞こえるな」
翻訳機から女の声がした。
使ってみて仕組みがわかる。
外国の言葉を翻訳機が拾って、ジンにわかる言葉にしてくれるのだ。
眼鏡の方は、読めない言葉を見ると、硝子の部分に読める言葉で書き直してくれる。
「すげぇな!」
「ありがとうございます。お帰りの際には、手近なタスケルくんに翻訳機をお返しください。それでは、よい旅を」
ロボットと別れ、ジンは裏道へ向かった。