31 経典4
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†マナロ†
ルーベ大陸から船で四十日。
スーラ列島の無人大陸ショーグナに到着した。
存在自体は以前より知られていたが、長らく誰の手にも落ちない領土だった。
理由は三つ。
船舶での移動が困難であること。
ルーベ大陸内の戦争が激しいこと。
ショーグナ中央の火山が噴火していたこと。
特に噴火は近年まで続き、収まったのは約二百年前だ。
バサガーサでは無人大陸として知られていた。
しかし、いざショーグナに上陸してみると、すでに町が存在していた。
「マナロ様、無人という話では?」
「そのはずでした。……まさか人が住んでいたとは」
無人大陸と他国領では事情が違う。
後者の場合、受け入れ交渉から始めねばならなかった。
「話をしてきます。テダ様はこちらでお待ちを」
「いえ、僕も行きます。人間の代表ですから」
俺はテダと共に国家元首を探した。
同時に港町の調査も実施した。
調査にはアンドロイドも駆り出された。
アンドロイドには周囲の状況を把握する機能があった。
これは獣人の感覚機能の数十倍の性能があり、町一つの人口を一日のうちに調べ上げることができた。
調査の結果、港町は小規模だとわかった。
陸地側への街道もないことから、港で完結した生活をしているようだった。
国家元首と呼べる者もおらず、実態は難民らしかった。
「彼らはラーノ大陸から渡ってきたようです。ショーグナには同じように逃げてきた者が他にもいるのだとか。それぞれの生活圏が重ならぬよう少国家が乱立しているようですね」
「人間が呼んだ精霊のせいで……。申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「テダ様のせいではありませんよ」
責任を感じるテダを励まし、俺は内陸へ進んだ。
海沿いは人口過剰だと調査でわかったからだ。
新たに町を作るなら海岸沿いで、なおかつ川のある地形がよい。
多くの者がそう考える。
実際、テダの調査でめぼしい場所は軒並み先客がいるとわかっていた。
俺たちは居住地を求め川を上っていく。
テダは自ら召喚獣を操り、上空から陸地を調べた。
川や山の位置を把握し、自動で地図を作る装置を用いた。
これにより広い範囲を調べることができた。
最終的にラバナ山からほど離れた平野を拠点として選んだ。
霊導師ヤヤーによる占いでも運気のよい土地だとされた。
ヤヤーはバサガーサで精霊にまつわる仕事を一手に引き受けていた。
今回、俺に同道したのは、旅路を占うためだ。
無論、残って戦況を占うという道もあったが、バサガーサでは作戦に占いを用いる文化がない。
役に立てぬと判断し、ヤヤ―は俺についてくる方を選んだのだった。
「この土地は火山灰が降り積もっていません。農耕に適しているでしょう」
「ありがとうございます。テダ様のおかげでよき土地に巡り会えました」
「では、ここを拠点としましょう」
俺とテダは川沿いの丘を拠点とし、町を作った。
別に住むという選択肢は、そのとき頭になかった。
俺はテダと一つの国を作るつもりでいた。
思い返せば、無邪気な考えだった。
文化も言葉も種族も異なる者が一つの国を作る。
無謀とも言える試みだが、当時はできると信じていたのだ。
実際、人間と獣人は小さな衝突を繰り返した。
その度に俺とテダは頭を捻り、新しい決まりを作っていった。
最終的に緩い共生関係という形に落ち着いた。
無理に一緒に住む必要もなく、人間は人間で固まって暮らし、獣人は獣人だけの町を作った。
そして、互いに必要なものがあれば融通し合う。
また、ときに協力して事業に取り組んだ。
信頼があるからこそ、獣人の苦労を人間が背負い、人間の苦難を獣人が引き受けることができたのだ。
時間は瞬く間に過ぎた。
田畑を開梱し、街を作る。
一から国を作る経験は得難いものだった。
そして、同時に楽しい時間でもあった。
民の不満を組み上げ、町を設計し、実現する。
そうした工程は俺にとって得意なものだったようだ。
次々と舞い込んでくる問題を捌く日々に充実感を覚えていた。
他方、何もない大地に放り出されたからこそ、わかることもあった。
人間種のあり方だ。
開拓の中で、俺は人間と獣人の差を幾度となく目撃した。
人間は獣人と比較して力が弱い。
体も脆い。
しかし、科学を持っていた。
科学とは恐ろしい力だった。
留学中だったテダは、その本質の一部しか使ってこなかった。
無の大地に置かれた彼らは、科学の圧倒的な力を開放した。
「あの山を切り開いたのですか……?」
「えぇ、簡単なものですよ」
山だった場所が平地となる。
見たこともない建築物が次々と建つ。
それは俺が作る町とは比べ物にならなかった。
泥臭く努力していた俺の町では、開梱から一年が経っても商店がない。
食糧生産が第一の課題だからだ。
誰もが農業や狩猟に従事し、文化を取り戻す段階にはなかった。
テダの町は違った。
学徒は研究に明け暮れ、悠々自適な生活を送っていた。
誰も農業や狩猟に精を出さない。
汗水垂らして働く者がどこにもないのだ。
農業、建築、工芸。
いずれもアンドロイドが不眠不休でこなし、人間は実りを享受するだけでよかった。
俺は初めて科学を嫌悪した。
何かが違う。
本質的に誤っている。
そう感じた。
言い訳がましいかもしれないが、そのとき抱いた感情は、決して羨望からくるものでだけではなかった。
眼前の光景は生命のあり方に反する。
そう思ったのだ。
俺は科学への警戒を強めるようになった。
便利で豊かさをもたらすものだが、心が受け入れることを拒んだ。
幸いテダも人間の技術を安売りすることはなく、俺の町に科学が入り込むことはなかった。
双方の町は、緩いつながりを保ったまま、生活を続けた。
†
やがて四十年の月日が過ぎた。
俺の町もさすがに様になり、城を建てるに至った。
その頃になると、海岸沿いにあった少国家群も領土を広げ始めており、国境沿いで小競り合いが頻発していた。
まだ内陸への進行はないが、来るべき時に備え、俺は軍を編成した。
戦争経験のない俺が軍を作るなど、質の悪い冗談だった。
しかし、民を守るためには必要であり、兵隊にはうろ覚えの訓練を課した。
練兵を開始すると、俺は唐突に故郷が思い出された。
戦争が得意だった兄たちは元気だろうか。
悪しき精霊との戦いはどうなったのか。
ラーノ大陸が壊滅に追いやられるまで二百年の月日がかかった。
ルーベ大陸の戦争も勝つにせよ、負けるにせよ、同程度の時間がかかるだろう。
もちろん、兄たちには勝利を収めて欲しいと思う。
だが、厳しい戦いなのだろうという予感もあった。
案の定、予感は的中する。
その日、俺は霊導師ヤヤーより火急の呼び出しを受けた。
ヤヤ―が精霊より託宣を賜ったのだ。
間もなく悪しき精霊がショーグナへ上陸する、と。