27 調査2
†ネリエ†
後日、マーカとメリリが見舞いに来た。
先日の一件以降、顔を合わせるのは初めてで、なんとなく気まずかった。
彼女たちが人間をどう思うのか。
ネリエをまだ支持しているのか。
聞かねばならないが、それを聞く勇気はない。
しかし、マーカは言う。
「派閥を抜ける? このわたくしが? どうして?」
聞かれると困る。
普通に考えれば抜けるだろう。
ネリエが人間を友と呼んだからだ。
「確かに驚きましたわ。もっと言えば、わたくしも人間によい感情を持ってはおりません」
「だったら、なぜ?」
「それ以上に、わたくしは一度これと決めたことを曲げるのが嫌いなんですの」
いかにもマーカらしい言葉だ。
彼女のワガママは、十七年もの間、友達を一人も作れない欠点だった。
が、それは同時に意志を絶対に曲げない強さでもある。
損得を一切考慮しない頑固さが今のネリエにはありがたい。
「ともかく皇城内で暗殺未遂とは穏やかではありませんわ」
マーカは暗殺の話を聞いて、すぐに兵を派遣してくれた。
おかげで離宮は今のところ安全だ。
「皇帝陛下はぁ、なんて言ってるのぉ?」
「建前上は全力で暗殺者を探せとおっしゃっています。……しかし、見つかることはないでしょう」
暗殺を命じたのはドラコーン派の誰かだ。
自演なら見つかる道理はない。
カナンは極刑を禁じたが、非合法な暗殺までは封じていない。
ドラコーン派がなりふり構わずネリエの命を狙うなら、ここからは時間との戦いだ。
「なんとしても、マナロ様の過去を暴かねばなりませんわね」
「……あれ? どうしてその話を?」
二人と会ったのは、カナンの屋敷以来だ。
トゥービの話を伝えた覚えはない。
「何を今更。話は執事からうかがっていますわ」
――――あいつはまた勝手に……。というか、二人が派閥を抜けてないと知ってたんなら、教えなさいよ!
睨むとティグレは春画本で顔を隠し、口笛を吹き始めた。
……これだから虎氏族は。
「それでね、あたしぃ、面白い話を聞いたの」
メリリは話を続けていた。
ティグレのことは放っておいて、聞くことに専念する。
「どのような話を?」
「あのね、マナロ様ってば日記をつけていたんだって」
「日記ですか……?」
「昔のことを書いた大きな本があってぇ、それはね、他の誰にも見せずにしまっていたんだって。でね、でね、その本を、いつも祭りの時に持ち出していたの」
祭り。
本。
脳裏に何かが浮かぶ。
「……マナロの経典」
「なにそれぇ?」
「祭りの時にドラコーンが持っていた書物です。封印のかかった巨大な本でした」
「それそれ! とっても大きな本で、封印がかかってるって聞いたもの!」
「では、あれが……」
マナロの経典。
そう言えば、ドラコーンも中身を質問していた。
そのとき、霊導師は日誌のようなものだと説明していた……!
「なんで忘れていたんでしょう……! あれに過去が記されているに違いありません!」
「けれど、経典などどうやって読むんですの? 封印もあるんですのよ?」
「封印は問題ありません」
真紅ノ盃があれば封印の類は解除可能だ。
問題はどうやって経典を手にするか……。
「皇帝陛下が持ってるんですの?」
「いえ、おそらく大霊殿です。祭りのあと、しばらくは青い炎と共に大霊殿に奉納されると聞いています」
「だったら、急がないとなりませんわ! もうすぐ、勇者ノ日から一月ですもの」
祭りが終われば、宝物庫で保管される。
皇国宝物庫の警備は大霊殿の比ではない。
残された時間は少ない。
「この際、手段は選んでいられませんね。ティグレ! 支度をしなさい!」
「本気で言ってんすかぁ? この間、殺されかけたってのに、今度は泥棒するんすか?」
「盗みはしません。その場で読めるものなら読みます」
「でも、忍び込むんすよね?」
「私が即位すれば、帳消しになる程度の罪です。問題はありません」
「はぁ……」
ティグレはため息をつきながら部屋を出ていく。
一刻後には大霊殿の見取り図を持って戻ってきた。
なんだかんだでできる執事だ。
春画本の間から見取り図を取り出さなければ、なおよかったが……。
†
決行はその日の夜。
大霊殿から人気がなくなるのを待ってから動いた。
昼のうちに移動は済ませていた。
日の高い頃からずっと大霊殿の近くに潜伏した。
離宮は四六時中、暗殺者の監視下にあるためだ。
今、離宮にはネリエにふんしたマーカが待機している。
こうして敵の視界から消え、大霊殿へと潜入する。
ティグレは元海賊ながら潜入も様になっていた。
虎という氏族の特性なのか気配を消すのがうまい。
ティグレを追って、奥へ進む。
やがて大聖堂へと到着した。
経典が奉納されているのは祭壇だ。
夜でも蝋燭の明かりに照らされている。
誰もいないことを確認し、ネリエは祭壇に立った。
経典は一抱えもある大きさで、木の皮にくるまれていた。
中身を取り出すと、古めかしい装丁の本が現れる。
鎖で縛られ、開くことはできない。
懐から盃を取り出し、祭壇の横を流れる水路から水を汲んだ。
鎖に水を注ぐ。
パキッという音がして鎖が勝手に解けていく。
……緊張して手が震えた。
深呼吸をして、経典に手を伸ばす。
そして、最初の頁をめくった……。