24 呼び出し
†ネリエ†
翌日。
ネリエの下に手紙が届いた。
龍の紋章が押された封筒。
皇帝からの令状だった。
用件は概ね想像ついていたが、あえて足を運んだ。
以前に顔合わせをした謁見の間にはドラコーンを含め、龍の一族が揃っていた。
御三家からも留守居役が登城していた。
仰々しい空気の中、ネリエはドラコーンの前に座らされる。
「此度はなぜ呼ばれたか心当たりはあるか?」
宰相マンダが嬉々とした表情で言う。
腹立たしいから、あえて否定した。
「いいえ、わかりません」
「カナン殿の屋敷で起こった一件、ドラコーン様もすでにご承知だぞ?」
「何のことを言っているのか、わかりません」
「貴様の罪は知れているのだ。言い逃れは見苦しいぞ」
マンダの口調が荒くなる。
相手が皇女でも立場が弱いと知れていれば強気に出る。
そういう輩だ。
しかし、不思議と腹は立たない。
むしろ穏やかな気持ちだ。
黙っていても、どうせ処罰される。
そんな諦めがあるからかもしれない。
「白を切るも何も、私は何もやましいことなどしておりません」
「往生際の悪い……! 人間を天上街に連れ込んだばかりか、十二天将の前で友だと言い放ったそうではないか! 皇女たる者がなんと穢らわしい! 申し開きがあるのなら、今この場で述べよ!」
「申し開きなどございません。私は自身が潔白であると信じておりますので」
「な……!? なんと恥知らずな……。自ら罪を認め、謝罪をすればドラコーン様もお許しになられただろうに……! 貴様、この場を提供してくださったドラコーン様の恩義をなんと心得るか!」
「だから、申し開きなんてないって言ってんでしょ!」
しん、と空気が冷えた。
場が静まり返る。
皇族はもちろん、マンダもまた呆然とネリエを見ていた。
失態を犯した、という意識はない。
これは失態などではない。
主張だ。
「私が何をしたのか説明しなさい。ドラコーン、あんたは何と聞いたの? いつまで宰相に代弁させるの?」
矛先をドラコーンに向ける。
眺めていただけの彼は、意外だという風に顔を上げ、
「こいつ、許可もなく余に声を掛けるのか? 許されるのか?」
「答えろ、って言ってんのよ」
睨みつけると、ドラコーンはひるんで、
「……貴様が人間を連れ込んだと聞いておる」
「それのどこが悪いわけ?」
「悪いに決まっておろう! 人間とは穢れだ!」
「誰が決めたの?」
「元より決まっているのだ! 人間は地上を這いつくばる存在だとな! 奴隷として生かしてやっているだけだ! 人間なぞ屋敷に連れ込まれたら、屋敷ごと取り替えねば気が済まんぞ!」
「じゃあ、あんたは人間を見たことがあるのね?」
「……」
ドラコーンが固まる。
あるはずがないのだ。
皇子として育てられた以上、人間と接触する機会などあるはずがない。
「ないんでしょ? なのに、どうして人間が穢れだなんてわかるの? 自分で見て、確認しなさいよ。あんた、皇帝になったつもりなんでしょ? どうしてその程度のこともできないの?」
「き、貴様ぁ、ドラコーン様になんと無礼な……!」
「黙ってなさいよ!」
横槍を入れるマンダを一括する。
掴みかかってくる勢いだったので、突き飛ばして畳に転がす。
そして、ドラコーンの正面に立った。
「あたしは人間を救うために皇位が欲しい。あんたは? ただ、遊んで暮らしたいだけなら、その場所をあたしに譲りなさい。今までの生活を保証してあげるから」
「こ、こやつをつまみ出せ! もはや皇女とて許されん!」
マンダの号令で武官が部屋になだれ込んでくる。
一人がネリエの腕を掴み、謁見の間から排除しようとする。
「い、いたっ……!」
腕を無理やり引っ張られ、無理な姿勢で歩かされる。
着物の一部が無残に破けた。
その瞬間、腕を掴んでいた護衛が吹き飛んだ。
「うちの姫に、誰の許可があって触ってるんすか?」
いつの間にかティグレがいた。
拳を振り抜いた姿勢で止まっていた。
「邪魔立てするのなら容赦はせんぞ!」
何人もの護衛が速やかにティグレを囲む。
だが、ティグレは臆さない。
「勝てると思ってるならどーぞ?」
「……」
護衛が殺気立つ。
腐っても宰相の配下にいる手合だ。
ティグレでも無傷で退けることはできない。
「ティグレ、今日は帰ることにします。構えをときなさい」
「いいんすか? もう一発くらい殴っておかないと、着物代にもならないと思うっすけど」
「こちらも見苦しい振る舞いをした場面もありました。その程度は許しましょう」
「…………ふん。この場は皇女の慈悲に免じて下がるとしますかね」
ティグレは手のひらを見せ戦意がないことを示すと、ネリエを守るように謁見の間をあとにした。
背中にいくつもの罵声がぶつけられる。
本丸御殿内での暴力沙汰。
皇帝に対する暴言。
どう転んでも極刑だろう。
領主なら領地召し上げで家の取り潰し。
普通の諸侯なら親族まで含めて流刑。
それだけのことをしたが、いっそ清々しい気持ちだった。
やるべきことがはっきり見えたような、そんな気分だ。
……とは言え、やり過ぎ感は否めなかった。
離宮に戻り、ネリエはため息をついた。
ティグレの淹れてくれたお茶を飲み、自身の発言を振り返る。
主張はいずれ必要だった。
あいつらは頭が固いから、あれくらい言わねばダメだろう。
最善手だったのでは、と思えてくる。
故に後悔はない。
ないが、いくつかの約束が守れなくなりそうだった。
「明日には殺されるんじゃないっすかね?」
「そうね……」
ドラコーンは色仕掛けで封じていた。
いつまでも効果があるはずもなく、今日の一件で効き目は切れただろう。
マンダが丸め込み、ドラコーンは死刑を承認するはずだ。
もう一度、色仕掛け……、はマンダが許さないだろうし、そこまでしようとも思わない。
「身を隠すしかないかしら?」
割と真面目に検討する。
どこかに身を隠し時が来るのを待つ。
ほとぼりが冷めた頃にドラコーンを討つ。
……難しいが、それしかない。
「それは許されないみたいっすね」
いつの間にかティグレが部屋の外にいた。
誰かを連れて戻ってくる。
「あなたは……」
獅子の十二天将。
トゥービ・タンゴールだった。
彼は以前にもカナンの遣いとして離宮に来た。
力関係としてはカナンの配下なのだろう。
その彼が今更何をしに来るというのか……。
「どのような用件でしょうか?」
「カナン様より、伝言を仰せつかっている」
伝言。
またか。
……今度は何を言い出すつもりか。
「聞きましょう」
「――――マナロの過去を知れ。さすれば、カナン以下、元側近はネリエ皇女の便宜を図ろう」
「……」
耳を疑う。
トゥービの目を覗き込む。
そこに冗談の色を探して。
カナンと言えば、ネリエを自爆に追い込んだ張本人。
ネリエの便宜を図っても、その利がカナンにあるとも思えない。
しかも、元側近の全員を巻き添えにするなどただ事ではない。
「……なぜカナン様はそのようなことを?」
「委細は聞いておらぬ。が、カナン様はネリエ皇女を高く評価しておられる」
「まさか……」
あり得ない。
だったら、なぜ本心を語らせる場を用意するなどと言って、嵌めるような真似をするのか?
悪意があってのことではないのか。
「事実だ。カナン様は皇帝に直訴し、ネリエ皇女の極刑を撤回させておられる」
「……そうなのですか?」
トゥービは言う。
ネリエが退室してすぐ死刑が話題に上った、と。
反対の者もなく、満場一致で決まったそうだ。
そこへ現れたのがカナンだ。
彼女は、たった一言で皇族の決定を覆した。
曰く、ネリエの身柄はカナンが預かる、と。
「……どうしてそのようなことを?」
「わからなかったのだろう、ネリエ皇女の本心が。あの人をして、確認という行為を取らざるを得ないほど、此度の判断は慎重さを要したのだ」
何でも知っているカナンが、確認をする。
そうまでして、本心が知りたかった……。
そして、それを知ったから力を貸す決意をした。
……カナンは、…………いや、マナロは、もしかしたら。
わからない。
過去に何があったのか。
カナンが何を企んでいるのか。
それでも、断るには惜しすぎる申し出だった。
「わかりました。お父様の過去を調べ、ご報告に参ります」
「カナン様共々、楽しみに待っている」
そう言い残し、トゥービは去った。
ネリエは深く息を吐き、心を落ち着ける。
目指すべき道が見えてきた気がする。
「逃げる、という選択肢は消えました。マナロの過去を調べることとします」
カナンの目的はわからない。
けれど、機会が与えられたのなら、それにすがってみようと思う。
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名前:ネリエ・ワーラ・アングハリ
仲間:十人(ティグレ、ヒヌカ、セイジ、ミキ、ノリコ、その他ソテイラの奴隷たち)
派閥:二人
所持金:銀貨三百十枚(決闘の賞金)