22 仲間探し4
†ネリエ†
その後、マティガスの妻からは随分と感謝された。
派閥に入ってくれるか尋ねると二つ返事で了承がもらえた。
他方、マティガスは代理決闘という体裁をよく思っていないらしく、難しい顔をしていた。
心意気はよいが、それで破産したら元も子もない。
ネリエはたっぷりとマティガスに説教をした。
それから、同じように犬や獅子に搾取される虎を集めるよう言った。
そうして集まった虎たちに代理決闘を提案した。
勝ったら派閥に入るという条件だ。
苦しんでいる虎は大勢いて、この作戦は成功した。
あっという間に虎だけで何十人という婦人会が作られた。
無論、犬や獅子も黙っていない。
ドラコーンにネリエの暴挙を止めるよう嘆願していた。
あるとき、御庭番を名乗る連中がやって来た。
代理決闘をやめなければ武に訴えるという警告だった。
ネリエはこれを返り討ちにした。
皇城内では霊術が禁止だ。
その条件下でネリエに勝てる者はない。
御庭番を倒した頃から、ネリエは武官に恐れられるようになった。
皇城を歩いていると、すれ違う男たちが道を譲る。
皇女だから当然だが、敬意を表するというより、恐れのあまり避けるという感じだ。
お茶会でも自動小銃が話題に上った。
代理決闘の話をしてやると、婦人たちはこぞって自動小銃を欲しがった。
昔から彼女たちは護身の手段が弱かった。
自動小銃は扱いこそ難しいが、霊術が禁止された環境では他の追随を許さない。
ネリエは自動小銃講習会を開こうかと画策する。
自動小銃は他の派閥にも影響を与えた。
今や香水や舞踊、詩歌の時代ではない。
婦人も武器を取り狩猟や射撃をする時代だ。
これからの時代は自動小銃なのだ。
†
まさにネリエは絶頂の時を迎えた。
何をしてもうまくいく。
仲間が自動的に増えていく。
追い風が吹いた。
そう思った。
……しかし、それは長くは続かなかった。
†
虎氏族の取り込みが順調に進む中、獅子氏族から接触があった。
十二天将トゥービ・タンゴールだ。
内々に話があるため、時間を作って欲しいとのこと。
獅子はベルリカ領主の氏族だけあって、仲間には加えたい。
ネリエは速やかに了承した。
そして、後日、ネリエは天上街の屋敷を訪ねた。
天上街では最北にある皇城が最も位が高いとされ、以降、南に向かうに連れて格式が下がる。
招かれた屋敷は皇城のすぐ南……、皇族以外の最高位とも言える場所にあった。
無論、トゥービの屋敷ではない。
その屋敷の主は、マナロの側近を務めたカナン・ブラッソ―という老女だ。
通常、皇族を呼び出すなど無礼極まりない行為だが、彼女ならば許される。
カナンはマナロが崩御してなお、その程度の影響力を持つ人物だった。
ネリエはティグレと共に茶室に通される。
使用人が慣れた手付きでお茶を淹れ退室する。
入れ替わりで猿の天上人が現れた。
ネリエが幼い頃から老女だったが、今も姿は変わらない。
顔には深いシワが刻まれ、髪も白い。
体つきは小さいが、目つきの鋭さはマナロを彷彿とさせる。
マナロが側近として取り上げた唯一の頭脳枠。
他人の考えが読めるとも、未来が見えるとも言われた。
だが、実際はとてつもなく賢いだけ。
……ネリエのような、勉強ができるだけの娘とは違う。
人生の中で唯一、勝てないと感じた相手だ。
「よく来たねぇ、あんたと会うのは、1522日ぶりだねぇ。人間になって逃げ延びたそうじゃないか。考えたね」
「ご無沙汰しております。……その節は協力してくれた親族がいましたので」
「叔母だったかな。あんたを助けたのは」
「……」
ネリエを人間に変えた人物は当事者しか知らない。
ネリエは誰にも漏らしていないし、叔母も同様のはずだ。
「驚くことじゃない。あんたの対人関係を把握していれば、自然とそういう結論が出る」
「……離宮に隔離された私のことまで、よく観察しておられるのですね」
「離宮かどうかは関係ないさ。皇城にいる奴らのことは、大体知ってるよ」
……大体と言いながらネリエの交友関係は把握されていた。
皇城には皇族のみならず、帝政に携わる役人が何人もいる。
地方領主が登城こともあれば、商人も出入りする。
一体、どれほどの人数を観察しているのか……。
「それで、あんたを呼んだのはね、聞きたいことがあるからなんだ」
「……何でしょうか?」
「あんた、皇帝になって何をするつもりだい?」
端的な質問が飛ぶ。
前置きも何もない。
それだけにネリエは反応に困る。
何をするつもりなのか、知られている?
そんな疑念が頭を満たす。
人間の地位を向上させ、天上人と共生できる国にする。
その願いは誰にも伝えていなかった。
今の時点で口にすれば、周囲の反発は必至だからだ。
せっかく集めた仲間も離れるだろう。
だから、目標に向けて動き出すのは皇位を獲ってから。
そう決めていた。
知られるとしたらどこからか。
ネリエの本心は人間王と領主、その周辺の人物しか知らない。
領主から漏れるとは考えにくい。
ジンは……、聞かれれば答えるだろうが、マナロの元側近と接点があるはずもない。
知られているはずがない。
……そう信じて、ネリエは言葉を探す。
「私は皇帝となり、よい国を作りたいと考えています」
「具体的にはどんな?」
「腐敗した政治を立て直します。ドラコーンのように奢った者が上に立つなど見過ごせません」
「他には?」
「他には、ソテイラが独占している科学を国中へ普及させます。これによって民の暮らしは豊かになるでしょう」
「他には?」
「……他には」
一体、どんな回答なら満足するのか。
考えられる限りの言い訳は放った。
あとは反応次第だが……。
「それで終わりかい。そうかい」
「……何か気になる点でも?」
「そりゃあ、気になるだろうねぇ。嘘をつかれたんだから」
「私は、嘘など……」
「ついてるだろう」
カナンは断言した。
あまりに冷たい声にネリエは冷や汗をかいた……。
「このカナン、マナロから概ねの事情は聞いているのさ。なぜあんたに盃が託されたのかもね。虚言で人を動かせると思うなよ、小娘が」
……マナロがなんのために盃を託したか。
それはネリエですら知らないことだ。
今もわからない。
マナロが自分に何を求めていたのか。
……だが、カナンの言い方は、まるでネリエの本心とマナロの思惑が一致していると暗示するかのようだった。
マナロが人間をどう思っていたのか?
嫌っていた、蔑んでいたに決まっている。
だからこそ、人間を奴隷にしたのだ。
マナロ戦記などという歴史まで作って。
「本心は語れないのかい? なら、あんたはこれまでだ。残念だったね」
「ま、待ってください……!」
話を切り上げようとするカナンを、ネリエは呼び止めた。
行かせてはならない。
直感がそう言っていた。
カナンは今も帝政の中枢にいる人物だ。
彼女が、これまでだ、と言えば、それは事実になる。
マナロの元側近は中立派とされていた。
彼女たちがドラコーンに傾けば、ネリエの勝利は大きく遠のく。
それだけは避けたい。
「言います。本心を、……本当にしたいことを」
「そうかい。なら、場を整えようかね」
「え……?」
「あんたのしたいことを発表するんだ。派閥の全員を呼ばないといけないだろう。大丈夫さ、それくらいはこっちでやる」
「は、派閥の全員に……? 待ってください、それは、」
「それは何だい? 言う、とあんたは言った。皇帝になってすべきことをね。これは言わば公約だよ。派閥の連中に話さないでどうする?」
正論だった。
それだけに否定の余地はない。
……だったら、派閥の連中には嘘を話せばいいだけだが、
「次は真面目にやるんだね。このカナンには、あんたの嘘が見えてるよ」
釘を差される。
……カナンはネリエの裏を知っている。
根拠はない。
ないが、そう思わざるを得ない。
しかし、派閥の連中に人間のことを話したら、ネリエ派は終わりだ。
離脱者が大勢出る未来が目に見える。
嵌められた……?
……やはりカナンはドラコーンの手先だった?
いいや、マナロの元側近がドラコーンになびくわけがない。
彼らは今もドラコーンのみを主として、一定勢力を保ち、ドラコーンすら脅かしているのだから……。
わからない。
カナンの意図が。
「やるのかやらないのか、どっちだい?」
「……やります」
逃げ道はなかった。
こうしてネリエは仲間の前で本心を明かすこととなった。
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名前:ネリエ・ワーラ・アングハリ
仲間:十人(ティグレ、ヒヌカ、セイジ、ミキ、ノリコ、その他ソテイラの奴隷たち)
派閥:七十二人
所持金:銀貨三百十枚(決闘の賞金)